芽生え
かつて鉄道の車両基地だった場所。
経年劣化のせいで、抜け落ちつつある天井に残されたフレームの上で、ピヨピヨと呑気な小鳥たちは歌を歌っていた。
そのさえずりの下、役目を無くし、白骨化していくように灰色に染まっていく列車たちの一つに、ジーク達は居た。
「さてと、現状を説明する。
我々は敵の司令部があるであろうリカール学園を目指して進軍してきた。
杜撰な指揮の下で動かされる敵兵たちの包囲網は甘く、予想よりも順調に事は進んでいた。
……しかし、だ……」
「しかし? 」
「不思議なことに、彼らは団結し始めた。
幾つかの小規模なゲリラ戦術で、敵の心理を揺さぶろうとしたが、彼らは俺達の罠に惑わされることなく、手と手を取り合い、断固たる意志で進軍してきた。
そして、我々は逆に追い詰められ、リカール学園に向かうどころか、こんな王都中心部から離れたガラクタ博物館に逃げ込む有様だ」
「追い詰められちゃったか―、これはむのーな指揮官のせいだね」
「ほう……これも、か? 」
「ふふ、さぁね」
エリーは自嘲気味な微笑みを浮かべた。
ジークも似たような小さな笑みを浮かべると、エリーの腹部から針を抜き取った。
「シルヴィア、ガーゼを一枚。
これで血は止まる。痛みは我慢しろ」
「ありがとね」
エリーは自分で捲っていたメイド服の裾を戻すと、恥ずかし笑いを浮かべた。
だが、エリーの細いウエストには、その戻したメイド服越しでもわかる鮮血の跡が付いていた。
建物内での戦闘中、砲撃の至近弾で吹き飛ばされたガラス片が腹部に突き刺さったのだ。
なんてことはない、戦場では当たり前のことだ。
運がいいとも言える。
仕立て屋の老婆特製メイド服は、エリーの臓器を護り、致命傷は避けられたのだから。
実際、この場で動揺しているのは、顔を真っ青にしたシルヴィアぐらいだ。
その整った顔立ちには、明らかな怒りも見て取れることが出来た。
そんなシルヴィアに対し、エリーは再度メイド服をまくって見せた。
「そんな怖い顔しないでよ、シルヴィアちゃん。
見てよ、此処にも傷があるから、一つぐらい増えたところでね」
「私は赦せません……この機に及んでも、命令されないと動けない人形のような人達等に、私の大事な人が傷つけられるのは……!
ジークさん、私に教えてください。これでも色んなことを上手くやってきました、きっと、銃の使い方も上手くできます、そしたら……! 」
シルヴィアが目じりに涙を溜め、ジーク懇願する為、手を握ろうと腕を伸ばした。
だが、ジークは、その細い腕を取ることなく、ライフルをコッキングすると立ち上がった。
ジークの聴覚は別のものを捉えていた。
数人の足音だった。
「ああ、後でな。
その前に、お客さんの相手をしてくる」
「こんな時に……!
……ごめんなさい、少し冷静さを失っていました」
迫り来る様々な状況に冷静さを欠き始めたことを悟ったシルヴィアは俯き、唇を噛みしめた。
「いや、それでいいと思う」
「え? 」
「他の奴は知らない。
ただ、俺が冷静だった事なんて一度もない。
冷静に、何事も完璧にやれるんだったら……そもそも俺は、俺達は今
この戦場に立ってない。
感情が制御できないなんて、今に始まった事じゃないだろう?
焦って、地団駄踏んで、怒りも抑えきれず、憎しみも堪えきれないで暴れ回ってきた、それが俺たちだろう?
今更、健常者ぶるなよ」
兵装を整えながら、ジークは肩をすくめた。
なんてことなさそうに、それどころか、本当に楽しそうな様子だった。
「今のって……私を励ましてくれたんですか? 」
「どっちかというと貶しているだろう?
おい、エリー。まだ置物でいる気なら、お前の弾と銃を貸せ」
「はいはい……。
なんか、このまま行かせちゃうとジーク君死んじゃいそうだね。
……死なないでって言ったら怒る? 」
「怒る。
せっかく、今からやりあうのに興が削がれるじゃないか」
「じゃあ……その銃、貸してあげるけど返してよね。
それ、大事な奴だから、敵さんに拾われるなんてしたら、私だって怒るよ」
「大事って……はっ、こんなものがか? 」
ジークがエリーから手渡された銃は、ジークがカスタムしたグリーズガンだった。
ジークは失笑しつつも、お客さんの相手をすべく、ゆっくりとした足取りで列車から出た。
が、その瞬間、ジークの足取りは止まった。
何かあったわけじゃない。
三人での会話の影響か、ちょっとした心境の変化があっただけだ。
「……二度と終わらせたくないな、
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