おかえり、戦場へ


 夜が近づいて来た。


 リカール学園にも月が昇る。

 しかし、そこに静けさは訪れてはいなかった。


「シルヴィアは既に大罪人。

 我々には大義がある。

 あの女を排除するのは、至極、自然。


 何故、貴国は躊躇うのですか? 」


「法の下で裁いてこそ、民衆に大義を示せる。

 それが我が国の考えだからだ。

 

 そもそも、此処は議論の場ではないことを理解していただきたい。

 我々は代理なのだ」


「代理だろうがなんだろうが、方針を決めなければならない。

 我が国の首相は、この場での解決を望んでいる」


「はーっ、こうしている間にも逃げられてしまいますぞ」


 シルヴィア・ヴィン・トリスタンをどうするか。

 それの議論の決着が着かないのだ。


 利用したい者、始末したい者、事なかれ主義の者。

 ジークの悪行を世界に知らしめた上で、それを裁くことで大義を示そうとした統一政府だったが、予期せぬイレギュラーの出現で、次の選択を迫られていた。


 熾烈な攻防戦が続き、皆が疲れ果て、黙り込んだ頃合いに、一人の女性が立ちあがった。


「では、私はこれで」


「ああ……どうぞ」


 その女性は、会議に同席していたサラだった。

 統一政府の意向で本当に同席させられていただけで、何も発言していない。実際、聖職者なので軍事に関しては全くの無知なので、発言しようがないようだった。

 だが、サラの本心は、目を覆う黒い布によって隠されているので分からない。


「我々も……小休憩を挟みますか? 」


「結構、議論を続けよう」



 サラは再度臨戦態勢に入った男達を尻目に、付き人と共に退出した。


 だから、誰も気が付かなかった。


 そのサラと付き人の間で交わされた会話を。



「皆で協力しなければならない場面なのに……嘆かわしいことに、此処にはユダがいます」


「ほーん、で? 

 俺にどうしろと? 」


「ですから……。


 貴方には……十二分な報酬は与えた筈。それにリスクをとってまで、このリカールの地を選んだのは、貴方がそれを望んだからなのですよ。


 私は聖職者なのです、このようなことを言わせないでください。


 ……障害を排除しなさい、ルーグ」



 ◇


「いいか、我々の任務を再確認する」


「了解」


 闇夜に乗じて、月明かりの荒廃した街に潜む黒ずくめの男達が居た。

 足元には屈強な兵士の音もなく殺された死体が転がっていた。

 死体は7カ国の精鋭のものだが、それを排除した彼らは7カ国の兵士達の味方ではない。


 ジーク・アルトを抹殺するという意思を持っていないのだ。


 彼らは、彼らの祖国はジークを欲しがっていた。


「ミスター・アルトと接触し、その身柄を確保する。

 しかし、忘れるな。

 彼に危害を加えてはならない。

 数多の戦場と、戦術、そして戦争の真相を知るミスターの存在は、他国への牽制にもなる。我が国の将来に絶対的に必要な人材だ。

 

 我々の任務は他国軍が彼を暗殺する前に、彼を説得し、彼の身柄を保護することだ。その為なら、いかなる障害も、それが我が国の兵士であっても排除する。

 

 いいな?

 ……これより、行動を開始する。

 ブラボーポイントへの移動を開始する。

 何か異議がある者は? 」



「ああ、異議ありだ」



「なっ――!? 」


 まるで気配を感じなかった背後からの、突然の招かれざる客の声に、隊長格の男が驚愕の呻き声をあげた。

 背後にナイフを一閃しようとしたものの、自身の後頭部に何かが付けつけられていることを知り、なすすべなく部下に抵抗するなと伝え、自身も両手を挙げた。


 黒ずくめの男達はプロフェッショナルだ。

 そんな彼らがいとも簡単に背後を取られた。

 もしかすると、かもしれない。

 そんな懸念が黒ずくめの男の脳裏によぎった。


「貴君は……ミスター・アルトか? 」


「いや。

 そいつの知り合いだよ」


「……彼の仲間か?

 ならば、我々を彼に会わせて欲しい。

 足元の死体を見れば分かるだろう、我々は貴君らの敵ではない」


「はっ、敵も味方もあるかよ」


「何が……何が望みだ? 」



 その問いに、そいつは下らないと言わんばかりの失笑を漏らした。

 そして、ふざけたようにこう言うのだ。


「戦争だ。

 俺達は果てのない戦争を求める。


 ――そういうことだ、じゃあな」


「……!? 」


 男の後頭部に放たれた物は鉛球では無かった。

 だが、致死的なモノだった。

 グレネードランチャーの焼夷弾だ。


 男の後頭部に当たると、こつんと音を立てて落下し、その辺一帯を灼熱の炎で焦がした。

 黒ずくめの男たちは逃げる暇もなく、業火に抱かれ、彼らの火葬の様子は町中の兵士達に目撃され、謎の黒ずくめ達の死骸と彼らが殺めた別の死骸は更なる恐怖、憤り、困惑を呼び寄せることになった。




 そんな中、たった一人だけ、呑気に月を見上げている男が居た。

 黒ずくめを仕留めた張本人。


 ルーグ・アインリッヒ。




「この戦場を、あの強敵を……誰にも奪わせてたまるか。


 兵士諸君……お帰り、戦場ラクエンへ」















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