戦没船
会議室がバズーカ砲で消し飛ばされる寸前、ジークとシルヴィアの二人は、ダストシュートからの脱出を果たした。
そして今、爆音と爆風の余波に囲まれながら。ジーク達はリカール王都を駆けまわっていた。
リカール王都王都、黒歴史、誰も関わりたくない、国際社会のタブー。荒れ果て、無人となった過去の遺産……と思われていたその地だったが。
「はぁ、はぁ……ジークさん、これって……? 」
「ああ。
驚いたな、さながら、戦没船じゃないか」
そう、此処には人が居たのだ。
彼らは何処から生えて来たのか蔦が多い始めるようになってきたレンガ造りの高層住宅街からコソコソと外で何が起きているのかを探ろうとしている。
ジークが言う通り、今のリカールは、海戦で沈んでしまった戦艦のようだ。
生きるのにすら必死な程弱い小魚たちは身を護る為に、人にとって尊厳も、機能も失われた沈没船を利用する。
王国としての尊厳も、機能も失われたリカールでも同じことが起きていた。
此処で生きる人々は、たかだか海を這いずる魚のように惨めなのか、それとも煌びやかな魚のように美しいのか、そんなシルヴィアの感傷は中断を余儀なくされた。
「止まれ。
回収ポイントだ」
「……え? 」
「たーだいまっ! 」
「ああ」
小路地の脇の建物の屋根から、エリーが降って来た。
中から降って来たエリーの小柄な体は、すっぽりとジークの腕の中にお姫様だっこの形で収まった。
エリーのメイド服はやや汚れが目立ってきていたが、エリー本人はジークの腕の中で晴れ渡るような笑みを浮かべていた。
無論、お姫様抱っこが目的ではないので、直ぐに振り堕とされたが。
その様子を見て、シルヴィアは心底満足した。
実際、胸は苦しいし、脚も痛いし、本能の恐怖から心臓は激しく振動している。
最低最悪だが……だが、この戦場には裏も表もない。
女王として見渡してきた世界、接してきた人々、豊かで、着飾られていたそれらにはあまりにもおぞましく、汚らわしい裏があった。
国と国の間にはもちろん、二人の男女の間ですら、優位性を争い、欠点を探し、互いを蔑み嘲笑する異常な世界。それと比べれば、この生死が極限まで軽くなったこの世界の方がまだ正常なのではないか。
人には様々な最期の形があるのだろうが、シルヴィアにとっては、年老いて病室で医師たちに看取られるよりも、此処で燃え尽きて死んでいくのが最も安らかな死なのだろうと感じた。
「10時方向から足音、10人規模の歩哨隊だね。
どうする? 」
「そうだな」
ジークは路地の途中で突如、後を止めると、倒壊した家屋で道がよく見えないのにもかかわらず、瓦礫を足で退かし、その中から用水路を見つけ出して見せた。
最初に、エリーがバールのようなもので素早くふたをこじ開けると、そこに身を隠し、シルヴィアはジークに手を引っ張られ、共に身を隠した。
蓋の向こう側、丁度兵士達が通り過ぎるところだった。
「此処にはいないようだ」
「待て、判断が早すぎる」
「いや、逃げられた方が厄介だ。
捜索範囲を広げつつ、包囲網を構築するのを優先すべきだ」
「……了解」
果たして、彼らは通り過ぎていった。
「あの部隊、同じ国の人達じゃないね」
「共通語を話していましたが……あの訛りは連邦と共和国の……」
「あの二つか、犬猿の仲が俺という存在で、一致団結するとはなんとも光栄だな。
いや……」
暗い側溝の中、ジークは含み笑いを見せると、エリーの肩を叩いた。
エリーは頷き返すと、側溝の蓋をゆっくり持ち上げた。
そして、上半身だけ外に出すと、余裕をもって、遠ざかっていく彼らの背中に照準を突きつけた。
「後方、クリアー」
「
右側、右側の5人だけ殺る」
「りょーかい」
ジークの命令と共に、射撃が開始された。
セミオートで放たれた正確な狙いの数発の銃弾は、兵士達の半数の命を奪うには十分だった。
「伏せろ! 射撃だ! 」
「立て、交戦するんッ――」
「駄目だ、連邦兵がやられた!
――使えねぇ!
全員、一旦、伏せるんだ! 」
「よし、離脱するぞ」
「今なら、残りも仕留められるよ」
「……全滅した連邦人と、皆ピンピンしている共和国人。
不思議だと思わないか? 」
「敵に傷を負わせるだけでなく、敵の信頼関係をダメージを与えるだなんて……。
くすっ……やっぱり、酷い人ですね」
「
さてと、此処から大通りの用水路まで行く。
エリー、道は覚えてるな? 」
「当然っ、地元だからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます