暗雲

「アラン隊長、何時でも撃てます! 」


「俺がやる!

 そいつを貸せ! 」


 王城の会議室で異変が起こってから数分後のこと。

 その会議室に向けて、バズーカ砲を放とうとしている兵士達が居た。


 シルヴィアに送った手紙では中立の傭兵を雇うとしていたが、あれは当然嘘だ。

 此処に居るのは、7カ国がそれぞれに連れて来た精鋭達だ。

 だが、彼らはここで何が行われているのか、何をすればいいのか、そういうことを知らされていなかった。

 まさか、シルヴィアがああいう行動を取り、何処からともなくジークがやってくるとは、誰も予想だにもしていなかったからだ。


 しかし、流石は精鋭部隊、すぐに体制を立て直した。

 それを率いる隊長は、装填作業を急ぎながら、自身のスコープの先に映る建物を苦々しく見つめた。


(クソ、あの中に生存者が居たら、全員焼き尽くすことになるぞ!?


 だが、相手がジーク・アルトとは……!

 仕方ない、大義の為だ、南無三! )


「みんな、離れろ! 撃つぞ! 」


「待ってください、隊長! 」


「何!? 」


「司令部から手旗信号!

 攻撃中止! 攻撃中止! 次の命令迄、待機せよ! 」


「なんだと!? 何を考えている、こんな絶好のチャンスを!? 」


 だが、精鋭だからこそ、彼らは命令には逆らえないのだ。

 その二分後程だっただろうか、再び、射撃せよとの命令が発せられ、アランはバズーカを撃った。

 しかし、戦場での二分は遅すぎた。


「た、隊長、標的を排除できたでしょうか? 」


「ああ、そう信じよう」


(……手ごたえを感じなかった。

 逃げられたか。

 

 クソ、正規軍人故の敗北か。

 偶然か、これすらも、ジーク・アルトに予想されていたのか……)



 ◇



 王城から上がる煙を眺める者達が居た。

 あそこで犠牲になった者達は確かに重鎮たちであった。しかし、此処にも――此処、リカール学園跡地にも、また別の重鎮が居た。

 先程の彼らがナンバー2だとすると、彼らはナンバー1。ただし、ナンバー1の代理だ。

 7カ国から選出された将校達だ。何かあった時の為にこうして待機していたのだが、実際に何か起きたので、本国のナンバー1の指揮に従い、事態の収拾に取り掛かる為の人々が、皮肉にも前線司令基地として選ばれたリカール学園敷地内のとある施設にいた。



 7カ国の先鋭指揮官達。

 だが、なにやら、雲行きが怪しいようだ。



「目標の始末を確認できず。

 ……何故、攻撃に待ったをかけたので? 」


「何か不満があるなら言えば良い。

 だが、我が軍としては生存者の存在を確認せずに、攻撃をしかけようとする貴国の方がどうかしている。

 我が軍は、臆病者でも、薄情者でもない」


「我が軍という表現はやめて頂きたい、我々は統一政府軍として此処にいるのです! 」


「ふん、大声を出さないでいただきたい。

 これだから、短気な連邦の士官は……」


 不満、憤り、嘲笑、挑発……ジークを倒すために、一致団結し、使命感に燃えているという訳ではなさそうだ。

 そう、先程の政治家達も内心いがみ合っていた。

 しかし、彼らは茶番のプロ。相手がどれだけ気に入らなくても、報道陣の前ではにこやかな笑みで握手することができるプロフェッショナルなのだ。


 だが、軍人はまた別だ。

 彼らの責務はいがみ合うこと。大国対大国、表では仲良くしていても、矛先は向けあっている。槍兵を担う軍人たちはへらへらしているわけには行かない。

 かつての戦争で、殺し合っていた国すらもある。

 私怨だって当然ある。


 それに、彼らの上司、相手より優位に、自国のやり方を貫けと言う指導者達の命令でもある。

 一歩も引けない争い、この会議室では統一政府での駆け引きも行われていたのだ。


「しかしまぁ……よりにもよって、この場所でやるとは……。

 これではジーク・アルトの道化だ」


 悪い雰囲気の中、誰かがぼそりと呟いた。

 その言葉には、皆も同調した。


「あの女がこの条件でなければと、どうしても譲らなかった、と」


「聖女サラか……カルト教祖がそんなに偉いかね」


 学園のとある施設……此処は教会だ。

 かつては神の教えに敬虔な生徒、それから、教師の為に使われていた施設だった。

 が、今は大勢の身なりの悪い人々が祈りを捧げている。そして、彼らの信仰の先には神秘的な修道服の女性。女王シルヴィアのスペア、盲目の聖女サラが居た。


 将校達はそのミサの様子を壇上の一室から溜息と共に見下ろしていた。


「サラは自分が統一政府に協力する見返りとして、このリカールの地を貧しい人々に解放することを望んでいると」


「ちっ、ポスト・シルヴィアを狙う気か!

 まったく、偽善者め。

 ジーク・アルトにしろ、何にしろ意味不明な連中ばかりだ! 」



 だが、彼らは知らなかった。

 自分達が一方的に全てを見下していると思っているが、遥か眼下の壇上の上の聖女サラも彼女の目を覆う黒い布の下から、彼らを見つめていることに。


 この戦い、正義と悪の戦いで済まされることはなさそうだ。



 

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