好敵手


 7カ国の精鋭達。

 優れた能力と、誇り高き愛国心で、いよいよジークにトドメを指すはずの勇者たち。

 だが、彼らは大いに荒れていた。


「……我が隊が引き受けると言っている!

 大人しく引いてもらおうか! 」


「一体、貴方に何の権限があって命令している!? 」


「なんだその態度は、私は中佐だぞ!? 」


「もういい! 話にならない! 」


 何も知らされないで此処に連れてこられたという理不尽。

 自国の要人があっさりと殺害されたという恐怖。

 そして、仲間が仲間のはずのものに殺されたという怒り。

 それでも、彼らの上司たちは厳重な警備が敷かれた会議室の中でパイの取り合いに夢中になっている。



 結果、その怒りの矛先を彼らは誤った。


「近寄るな! 撃つぞ!」


 友軍殺しの騒動現場に集まった彼らの一人が恐怖と怒りの間で友軍に銃口を向けると、一斉にそれぞれが互いに銃口を向けあった。


 そして、次の瞬間、銃声と共に一人が膝から崩れ落ちた。






 ――しかし、その射撃は予想外なところからだった。





 ◇



「あっ……」


「肩に命中、致命傷に成らず。

 動きは止まった、照準を頭部に修正。

  

 ……撃って」


「……っ」



 ふっと口を噤む音、バンっ、という音が響き、滑らかな金髪がふわりと風圧に浮かび、薬莢が床に落ちる。

 優しき女王、シルヴィアがのぞき込むスコープのその先で鮮血が飛び散った。


「ヘッドショット……お見事っ」


「はい、次は? 」


「ん、じゃあ、今転んだおバカさんで」


 シルヴィアが狙撃銃を構え、エリーがその横で観測し、ジークが適当な椅子に腰かけていた。


「職業軍人が色々とストレスが溜まるのは、良くわかる。


 だが……雑務に囚われて、此処が戦場だということを忘れてもらっては困る。

 ぶち殺せ、シルヴィア」


「はい、大隊長」


 ジークは戦争が停滞したのを肌で感じた。

 だが、ジークはそれに乗じて逃げる気も無ければ、その様子を嘲笑しているだけのつもりもなかったのだ。


 因みに、シルヴィアに撃たせているのは、シルヴィアのポテンシャルを感じたからだ。

 狙撃というのは繊細な技術を要する射撃。

 それに風向、風の強さ、湿度、気温、重力……様々なことを考慮し、判断するIQも必要で、それと同時に戦場でそれをやり遂げるというタフさも必要だ。

 その点、シルヴィアは孤立していた無垢な女王時代、大国からの圧力、民衆からの厳しい追及、さながら綱渡りのような状況を駆け抜けて来た実績を持つ。


 実際、此処から標的までは500m前後。決して遠くはない距離だが、建物から建物の間の視界の悪い中を通り抜けるような難しい狙撃をシルヴィアはやってのけた。


「ああ……敵が見えなくなりました。

 こちらの方角がばれてしまったようです」


「ううん、凄いよ。

 二人も殺せるだなんて……」


「女子会なら後にしろ。

 さっさと次のポイントに行くぞ。


 ……ん? あれは」


 先程、狙撃された地点には二人の人間が転がっていた。

 もしかしたら、生きているのかもしれないが……狙撃を恐れて誰も彼らを助けようとはしない、その筈だった。


 だが、そこに一人の男が駆け寄り、倒れている仲間を引きずろうとしたのだ。

 ジークはシルヴィアから、狙撃銃をひったくるようにして奪うと、その勇敢な男に照準を合わせ、引き金を引いた。


 だが、銃弾は幸運な突風に煽られ、命中することは無かった。

 逆に、その勇敢な男は仲間を引きずって遮蔽物の向こうに隠れた。




「突然の風……幸運な人だったようですね。

 ですが、それも偶然。次は……」


「いや、それはどうかな」


 ジークの狙撃が外れたことをただの悪運ととらえ、励まそうとしたシルヴィアの言葉を遮ったのはジーク自身だった。

 ジークの目には狙撃が外れたことを苛立ったり、驚いた様子はなかった。


「あーあ、まーた、始まったよ。この人の悪い癖」



 エリーが面倒くさい面倒くさそうに、それでも何処か嬉しそうな口調でそう言った。

 長い付き合いだから、エリーには分かるのだ。


「ああ、心が躍るよ」


 ジークの目は、を見つけて歓喜に震えていた。





 ◇



「クソ、運が良かったぜ……!


 おい、手を貸せ! 」


「しかし、アラン隊長!

 そいつは共和国の――!? 」


「知るか、そんなこと!

 あんな化け物相手じゃ、戦力は一人でも多い方が良い!

 そこのお前もだ! 

 手を貸すんだ、早く! 」



 某国から派遣された精鋭の一人、アラン隊長。

 確かに精鋭だが……ジークに特別確執も恨みがあるわけでもないし、何か特別な運命や家柄があるわけでもない、ただのモブ。


 ただ、国籍・人種に差別意識を持たず、散りゆく命を見逃せない、勇敢で心優しき男。

 それだけだ。



 だが、それだからこそ。


 どうしようもない絶対悪のジーク・アルトには、最高の好敵手として目に映った。


 無論、アランはそんなことを知る由もないが。












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