無茶苦茶


 引き金を引いた。

 この歴史的な悲劇を表すのに、それだけではあまりにそっけないというのなら。


 たった一人の侵略者に対し、誰も有効な対象を取ることが出来なかった。

 執事兼護衛は、流石にプロだけあって素早く銃を構えることは出来たが、円卓上の会議場ということが災いし、机上に降り立ったジークを狙えば誰かに当たってしまうリスクがあるということが脳裏に浮かび、発砲を躊躇ってしまった。


 しかも、此処に居るのは超一級の要人ばかりだ。躊躇うのも無理はない。


 一部の護衛は、咄嗟にシルヴィアを人質に取ろうとする頭の切れる人間もいたが、シルヴィアを拘束し、その頭部に銃口を突きつけた護衛だったが、ジークは即座に発砲した。

 その発砲に戸惑いや、焦燥感があったとすれば、シルヴィアの頭部を撃ち抜くリスクも十分にあったが、銃弾はシルヴィアの滑らかな髪を潜り抜け、護衛の眼球を撃ち抜いた。


 戦力を排除すると、ジークは外へとつながる扉のノブを撃ち抜き、変形させることで外部と内部を遮断し、7カ国連合側の援軍を阻止すると、部屋に残された人々に向き直った。


 大臣、長官、副宰相、議長……そういった錚々たる面々を円卓上から見下すジークは、さながら王の風格を醸し出していた。




「……待て。

 今、貴公が目の前にしているのは、今までの連中とは違う。


 よく考えろ、止めておくべきだ。

 自分の為にも、彼女の為にも」


 一人の大臣が冷や汗をかきながらも、冷静に諭した。

 シルヴィアを巻き込んだ説得……政治家お得意の綺麗ごとで、とりあえずこの場を切り抜けようとしたのだ。


 が、しかし。


「自分の為……か。

 そうだな、確かに大事だな。

 どうも、ありがとう。


 なら」



 死ね、とまでは言わなかった。

 だが、その代わりにジークは引き金を数回にわたって引いた。

 その度に、この世界で最も価値のある命の一つが、鮮血と共に散っていく。

 その度に、確実に世界の秩序が崩れ去っていく。


 しかし、ジークは淡々と全てを散らし尽くした。


 そして、円卓上に座り込み、自身のライフルから立ち上る硝煙をふぅと散らしながら弾を再装填した、そのまま後ろを見ずに背後のシルヴィアへと話しかけた。


「お終いだな」


「何がです? 」


「全部だ。

 天井裏で聴いてたが、この……誰だか知らんが、お偉いさん達の言う通りだ。

 

 女王オマエを愛していた人々は失望する、あそこまで育て上げたトリスタンと同盟国は完全に崩れ、後ろ盾を失う。

 

 ギロチンで済むものか……シルヴィア、お前、碌な死に方しないな。

 例えば……」


 ジークは横目でシルヴィアを一瞥すると、一笑した。

 そして、ホルスターから拳銃を取り出し、それをシルヴィアへと向けた。



 裏切り。

 戦争の舞台は整った、だとすれば、もう女王の存在はジーク・アルトにとって重りであり邪魔……だからなのかもしれない。




 だが、自身を助けに来た筈のジークに銃口を突きつけられたシルヴィアは、とても穏やかで、柔らかな微笑みを向けた。




「もしも、此処で貴方に撃たれて散れるというのなら、それは私にとって、この上ない程幸せな最期でしょう。


 もしも、貴方に見捨てられ、下郎たちに捕まり、衆人たちの前で嬲られ、理性を失い、この首が斬り落とされ、この身を燃やされたとしても……私はこの決断を後悔することはありません。


 正義の味方を名乗る人達に、人間じゃないと言われ続けて来た私ですが……何かを残すことが一匹の獣としての役目なら、私はそれを成し遂げたのですから、後悔はありません。

 幻想の桃源郷トリスタンも、それの引力に引かれた世界中の愚民達も、そして、今日から朽ちていくこの世界……貴方に差し上げます。


 ジークさん、最後に一つだけ、どうか、発言をお許しください」



「なんだ?」



「私を滅茶苦茶にしてくれて、ありがとう」

 


 そこに錚錚たる世界の女王、シルヴィア・ヴィン・トリスタンは居なかった。

 あまりにも無責任で、どうしようもない無邪気な笑みを浮かべるただの少女、シルヴィアがそこに居た。

 シルヴィアは口づけを待つように、静かに目を閉じた。


 ジークは暫し、それを一瞥し、そして、引き金を引いた。




 パンと、乾いた音が響いた。






 そして、シルヴィアの顔面に色とりどりの紙吹雪が散らばった。

 比喩表現ではない。





「……え?」



「っ……くっ、はは、ははははははっ!


 ああ、笑った。笑った。

 いや、悪い。

 これは只のパーティグッズだ。尤も、俺の知り合いはニセモノに騙される素人は殆ど居ないから、何の役にも立たなかったんだが……まさか。此処でこうも……くっ、ははは」


 本気で死を受け入れていたシルヴィアは、騙されていたこと、そして何よりもジークが声を上げて笑っていることに驚いた。

 だが、それよりも、自分の行いが想い人を喜ばせたことに、彼女は耐え難い幸福を感じていた。


「もう……折角、私の一世一代の告白でしたのに……貴方はいつも、何もかもを滅茶苦茶にしてしまう……。


 ねぇ、ジークさん。

 もちろん、責任とって下さいますよね?」



「まさか、取るわけないだろう。

 いつも通り、何もかも無責任に、滅茶苦茶に壊すだけだ。



 ……そろそろだ。

 そろそろ、別の会議室で、俺達を狩り殺すのが多数決で決まる頃だ。


 行くぞ、新兵。

 前線へ」


 

 



 




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