宣戦布告

「ご説明頂けますな、陛下?」


「……」


 シルヴィアは、老人の問いかけに応えない。

 彼女はただただ、自分の前におかれた写真を、無言で見つめている。


「偶然、という言い訳は通用しません。

 貴国、それから貴女様ご自身が、この者に支援をしていたというのを我々は存じ上げています。

 証拠だってある。


 優しき女王シルヴィア、だが、裏では……ジーク・アルトと手を組んでいた。

 もし、これが世の中に知れたら、人々はどう思うかな?」

 

「何が……お望みですか?」


 顔を俯かせたまま、消え入りそうな声を出すシルヴィアの姿をみて室内の者達は内心安堵した。

 計画通りだと。

 その計画通り、尋問官と化していた老人は険しい顔を、やわらげた。


「そう、警戒なさらないでください。

 実際、今日の世界。

 貴女の働きによって世界が落ち着いていることは疑いのないような事実です。


 それに、貴女の生い立ちも、同情できるものです。

 戦争や飢饉、国民の不満……それらを前にしたときに、あの男が現れた。そうでしょう?」


「……ええ」


「ええ、同情できますとも。


 だが……ジーク・アルトは別だ。

 あの者が何名の尊い命を奪ってきたか、看過できるものはありません」


 ジーク・アルト。

 度々、こういう上の世界の住人達にも囁かれたその名前。

 しかし、だから、ジークを消し去る、という動きは中々本格的には動かなかった。

 ジークが起こす戦争は、化学技術の発展や金の動きを大いに加速させ、ある視点から見れば結果的にはプラスになった点も少なくなかった。


 だが、ジークとシルヴィアが接近してきて以来、世界の動きがより不鮮明に、読めなくなってきたのだ。

 もうギャンブルは必要ない。


 彼等は安定を求めたのだ。


「ですから……シルヴィア陛下、貴女に要求したいのは二つ。

 世界にジーク・アルトの悪行を陛下のお言葉で伝えるのです。

 さすれば、世界はリカールの悪夢から脱却するべく、一致団結するでしょう。

 

 そして……これからの、明日の世界の為に、女王陛下、我々に力を貸して欲しいのです」


「アルタイル連邦も同じ気持ちです。

 陛下、過去に過ちがない国なんてありません。

 

 だからこそ、それを償い、ともに歩んでいくのです」


「長らく続いた無秩序にお別れをしましょう。

 我々が力を合わせれば、100年継続できる世界秩序を生み出すことだってできる。


 我々は言葉の分からぬ獣ではなく、人間なのですから」


 議会にいる者達がシルヴィアを赦し、励ますような声を上げ始めた。

 終いには、拍手すらも巻き上がった。

 意義を唱えるものなんて一人もいない、全会一致の拍手。



 その拍手に励まされるように、俯いていたシルヴィアはゆっくりと面を上げた。


 その表情に写るのは、赦されたことに対する驚きと安堵が混じった表情だった。








 ……と、誰もが確信していた。




 が、シルヴィアの表情は予想と大きく反していた。


 笑っていたのだ。

 いつもの公の場で見せる微笑みでもない、自嘲でもなければ、愛想笑いでもなく、ただただ楽しそうに。


 そのどこか皮肉気な笑みは、何処かの誰かさんの笑みにそっくりだった。


「……何が可笑しいのです、陛下?」


「可笑しいですよ。

 何もかもですよ、何もかもが」


 何が可笑しい、何もかもおかしい、その返答もそっくりだった。

 先程まで、追い詰めていることを確信していた人々はシルヴィアの豹変に驚きを隠せていない。

 形勢逆転とばかりに、シルヴィアは面白そうに語る。


「だって、そうでしょう?


 ……貴方方は、本心では私が目障りでしょうがなかった。

 でも、私を追い詰める証拠を得たというのに、こうして頭を垂れている。


 面白いですよ、貴方達は」


「陛下!

 先程も申し上げた通り、これからの世界を決める話し合いの場ですぞ!

 場をわきまえてもらいたい! 」


「ああ、そうでした。

 これからの世界を決める話し合いでしたね。


 世界の支配者になりたいんでしょう、皆様?


 でも……貴方達は支配者にはなれませんよ、影でコソコソ話をしている陰湿なおじさま方。

 ご自身が良く分かっている筈。

 今までの世界で、貴方達は何もしてきませんでしたもの」

 

 シルヴィアの挑発的な態度に、何名かが顔を憤怒にゆがめた。

 だが、彼女の言っていることは図星なのだ。

 シルヴィアは表の世界では、誰もが愛しする世界の女王なのだ。

 一方、この者達は、世界で愛されるどころか、自国民からの人望もない典型的な政治家たちなのだ。


 この者達は、自分は他者より優れていると思っている人間達だ。

 実際、庶民とは違い権力も富もある彼らだが、それ故に「明日から世界の事は我々が決める」なんて言えば、大批判どころではなく、革命運動にすらつながりかねない。


 だからこそ、誰もが愛する「女王」の存在と、憎むべき「ジーク」の存在は絶対的に必要だったのだ。



「成程……しかし、陛下。お忘れか?

 我々には、動かぬ証拠がある。


 幾ら、トリスタンが大きかろうが、此方は7カ国。

 結果は火を見るよりも明らか――」


「あら、そちらこそお忘れで?


 貴国は苦しんでいる国を助けたことがありましたか?

 私は女王、困っている人には手を差し伸べてきました。

 貴方達が見捨てた人々をね。

 そんな彼らは貴方達がいうその証拠を果たして、信じてくれるでしょうか?


 それだけではなく、私が困ったとき、もしかすると、彼らは助けてくれるかもしれませんよ?」


「貴様ァ! 

 貴様は国際テロに加担したテロリスト、あの男と同族だ!

 こちらには大義名分があるんだぞ!

 そちらがその態度を取り続けるなら、我々は貴国への宣戦布告も辞さない! 」


 誰かが、強い口調で、宣戦布告を示唆した。

 だが、シルヴィアは動じることは無かった。


「あの人と……同族ですか。嬉しいことをおっしゃってくれますね。


 その熱い気持ち、お受けします。

 私も、私たちはこの瞬間を待っていましたから。

 

 チェス盤のような退屈なフィールドではない。

 私達が始まったあの戦場に戻れる今日の日を。

 

 皆様方……此処までの道中、たくさんのお手紙、有難うございました。

 どうか、この私のお手紙もお読みになって下さい」



 シルヴィアはコートの内ポケットから、事前に書いてあった手紙を取り出した。

 彼女は微笑んだ後、その内容を読み上げた。



「私、シルヴィア・ヴィン・トリスタンは宣戦を布告します」


 

 

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