新しい時代の為の話し合い

 

 とある極寒の地で。


 そこには死体が点々としていた。

 兵装を見る限り、どうやら、影のプロフェッショナル、特殊部隊の人員の様だった。

 だが、彼らは朽ち果て、今や極寒の吹雪の中、野良狼たちの餌となっていた。

 餌が手に入ったぞと、仲間を呼ぶ為に、狼は何処までも届きそうな遠吠えをした。


 そして、その遠吠えは、吹雪の中でも忽然と佇む、小山の洞窟迄辿り着いていた。


「雪……止まないね」


「そうだな」



 二人は遭難しているわけでは無い。

 この二人が、ジーク・アルトとエリー・トストという事実は、あの特殊部隊たちを殺めたのはこの二人なのだろうという確信を与えてくれる。


 二人は身を寄せ合っている。

 エリーはどこかぼーっとしてジークの方にゆだねているが、ジークは気にも留めず、ナイフを石で研いでいた。

 厚い防寒着の上から、厚い毛布、その上、二人で密着している。二人の寒冷地帯のいつものスタイルだ。

 大隊時代やそれ以外の時でも、こうして身を寄せ合う二人を嘲笑したりする者たちはいた。恥ずかしい奴ら、臆病者、戦場にでてくるなと。

 尚、そう言う者達は凍えて死んだ。


 雪山の寒さは厳しいのだ。



 と、その洞窟に侵入者が現れた。

 か細い悲鳴と共に……寒さに凍えた狼の親子だった。

 二匹は洞窟にいる二人の気が付くと、一拍遅れて、身体を震わせながらも、歯をむき出しにして威嚇した。


 ジークは二匹をちらりと見やったが、直ぐに視線を刃に戻した。

 脅威にならないと判断したのだろう。

 だが、エリーは二匹の姿を見ると、柔らかな笑みを見せ、手招きをした。


「おいで」


 始めは警戒していた狼達であったが、その声を聞くと、"ああ、何だ。人間かと思ったら、同族だった"といわんばかりの態度で、警戒を解いて自然と二人の毛布の中へと入っていった。


「……狭い」


「でも、皆で居たほうが温かいよ」


「一理あるな」


 実際、集団で固まって寝ることで、寒さから身を護る獣は多い。



 エリーの小さなハミングが響く洞窟の中、ふと、ジークはある方向を見上げた。


 洞窟に阻まれて見据える先を伺うことは出来ないが、ジークがその方向を間違えるわけがない。


 その方向には――。




 ◇



 お忍びの外交。


 ということで、純白のドレスではなく、ベージュのコートに、目立たない眼鏡をかけたシルヴィアは、約束通り僅かな部下を連れて、手紙で指定された場所へと向かった。

 が、そこには各国の重鎮は待っておらず、待っていたのは、会合の場所が変わったという伝言のみだった。

 しかも、それだけにもとどまらず、二転三転と、日を跨ぐほどだった。


 そして、ようやくシルヴィアは最後に言い渡された場所へとたどり着いた。


 シルヴィアがその扉を開けた瞬間、皆が立ち上がった、



「陛下、ご機嫌麗しゅう」


「ご足労、申し訳ありませんな。

 何分、この動きを誰にも察知されるわけには行かなかったもので」


「いえ、構いません……ですが、この地で行うのですね」


「新たな時代を決める話し合いに、これ以上うってつけの場所はありませぬ。

 さぁ、お疲れでしょう、席にお座りください」


 そこは、リカール王国の王都が存在した場所だった。

 旧リカール王城の敷地内にあった王国議会。

 あの悪夢のような出来事で、半壊していたこの場所だったが、会議が出来るほどぐらいには修復されていた。

 そこの円卓に各国の要人が募っている。

 国のトップという訳ではないが、ナンバー2や3、影の権力者までいる。

 だというのに、皆、それぞれの護衛は傍におらず、最小限の護衛のみが議会の外を警備している。


 円卓の中には、当事者と数名の執事のみ。

 腹を割って話そう、ということなのだ。


「新しい時代の話し合い……具体的には何をお話しするのでしょうか?


 国際組織の発足ということであれば、残念ではありますが、我がトリスタン王国は慎んでお断りいたします」


「ふむ……いえ、今回は話したいことはそうではありません。

 陛下、少佐という言葉に聞き覚えは? 」


 老眼鏡をかけた老人が鋭い視線で、シルヴィアを見やる。


「少佐、ですか……?

 申し訳ありませんが、我が軍には大勢の将兵が居ます。

 その中の少佐の階級を持つ者を全て暗記しているわけではありませんので」


「成程。

 では、ジーク・アルト少佐という人物をご存じでしょうか、いえ、陛下は彼を御存じですね。」


 老人は執事に合図をする。

 すると、執事は、シルヴィアの元へと歩み寄り、恭しい態度で、彼女の手元に一枚の写真を置いた。

 それを目にし、シルヴィアの形のよい眉毛が僅かに跳ねた。


 明らかに望遠から隠し撮りされたその写真。しかし、良く映っていた。


 そこにはシルヴィアと、その隣に佇むジークが映し出されていた。



「……ジーク・アルト。

 リカールの悪魔、大戦の亡霊……つい最近で言えば、モチュールを引き裂き、リストニアの歴史書を破り割いた男……。


 誰もが憎しみ、恐怖する獣……そんな男と随分と、仲がよろしいようで。


 ご説明、頂けますな?」

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