準備(2)

 田舎の仕立て屋で、少女が買い物を終えたころ。

 此処はまた別の国の街。

 田舎とは程遠い、巨大な街だ。


 ただ、労働者や、婦人たち、それから子供達が行きかうようなにぎやかな街ではなく、レッドカーペットの敷かれるカジノや高級レストラン、少し路地に入ればマフィアの取引現場に鉢合わせる、そんな危険と隣り合わせで、スリリングな魅力に満ちた、夜の月が良く似合う夜の街だった。


 その街の一際大きい、辛い香辛料を使った大陸風料理と呼ばれる食事を提供するレストラン――東洋の隠れ家という店に一人の男が足を踏み入れようとしていた。

 男の存在に気が付くと、出入り口付近で待機していた店員が、恭しく拳を手で包みながら頭を垂れる、東の大陸風の挨拶だ。


「いらっしゃいませ。

 当店は一見様お断りとなっております。

 御紹介状、若しくは、予約を為されておりますか?」


「ジーク・アルトだ」


「……此方へ、どうぞ」


 店員は少し目を逸らした後、通常のテーブル席ではなく、一見従業員用の扉に見える無骨な金属製の扉へと男を案内した。

 男……ジークが、扉の中に入ると、そこは華やかな店内とは違い、コンクリートむき出しの狭い部屋だった。

 そして、まるで閉じ込めるかのように、直ぐに扉は鍵ごと閉められた。


 部屋の中には、2m10cmはあるであろう片目眼帯の大男が居た。

 直立不動の男は俯いていて……そして、その両手にはククリ・ナイフが逆手に持たれていた。


 ジークが一歩近づこうとした瞬間、大男は動いた。


「――ハっ!」


 大男は片目に滲み出るような殺気を纏わりつかせ、その長い足を生かした力強い踏み込みで、一気にジークに迫った。

 大男がクロスしている腕の先のナイフがジークの顔面を襲う。

 が、そのナイフ先端がジーク顔面を薙ぎ払うことは敵わなかった。

 大男はピクリとも動けない。

 クロスした腕をたったの片腕でガードされているからだ。

 ジークは突っ込んでくる大男相手に逃げずに、そのまま力勝負を選んだのだ。

 やがて、大男の喉元から呻き声が上がった、この身長差でもジークが押し勝っているのだ。


 だが、此方も只者では無いようだ。

 早いバックステップで、ジークとの距離を取ると、両手のナイフを投げ去った。

 臨機応変で、巧みな奇襲攻撃……だが、高速で投げられたナイフはジークの両手の人差し指と中指でキャッチされてしまった。


 その瞬間、大男は跪き、頭を垂れた。


「無礼をお許しください、ミスター。

 貴方様の名を語る不届きものが居る現状、これは貴方様が、本当に貴方様かを確かめるための身分照会なのです、どうか、お許しを」


「頭を上げてくれ、支配人。

 目が悪いのなら、仕方のないことだ」


「は……感謝の至り」


 実は、この大男”支配人"の目を抉ったのは、他でもないジーク本人なのだが……まぁ、関係のない話だ。

 彼らは今ではビジネスの関係なのだから。

 支配人は先程の従業員のようなお辞儀をすると、また別の扉へとジークを案内した。

 その先には、昔、貴族たちが宴を開いていたかのような、長テーブルが並べられた色とりどりに飾られた、広々とした宴会場が現れた。

 だが、そんな大部屋には人の気配はなく、テーブルの上にもご馳走はなかった。


 支配人が、パチンと指を鳴らすと、奥の扉から従業員たちが、食事の配膳を行う台車を押しながら入って来た。

 尤も、彼らが机に配膳していったのは、食事ではなく、様々な国の銃火器だったが。


「手前のお机から、拳銃、軍用ナイフ、短機関銃、そして、自動小銃、狙撃銃……あちらには、対戦車砲類も。中央大陸諸国正式採用小銃からトライアウト中の新型、伝統的民族の古くから伝わる山刀まで。

 もちろん、粗悪なコピー品はありません。全てオリジナルです」


 支配人の言葉を聞きながら、ジークは満足げに頷いた。

 バイキングのように、机の上の銃を眺めるジークは童心に返ったように楽しそうだ。


「お気に召されたようで、何よりでございます。

 お好みに合わせて、カスタマイズ致しますので、何なりとお申し付けください」


「試し撃ちがしたいな」


「お任せを。

 ……連れて来い」


 支配人が、再び指をパチンと鳴らすと、扉の向こうから、囚人服姿の男が現れた。その男は首から罪状の書かれた木の板がぶら下げられていた。"11件の殺人強姦、死刑判決"。


「ほう、実戦的な的だな」


「俺には裁判を受ける権利が――!」


 ジークはおもむろに一つの拳銃を取ると、その囚人の頭部に向けて乱射した。

 バタリと倒れた囚人の頭には、5つほどの風穴が開けられていた。


「流石大口径、風穴がしっかり開いている。

 そして、この精度……見事だ。整備が行き届いている。

 とりあえず、スライドをもっと強いものに変えてくれ。



 ああ、やっぱり、この店は良い。


 よし。

 此処にあるもの、全部、頂こう」


「お買い上げ、感謝いたします。

 お支払いは、如何なさいましょう?」


「女王につけといてくれ」


「お荷物になるでしょう、どこにお運びいたしましょう?」


「前線へ」


「承知致しました、ミスター。

 当店、東洋の隠れ家をご贔屓を賜り、厚く御礼申しあげます。


 では、良い旅を」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る