エピローグ(1) 茶会
リストニア連合王国は滅びた。
その国土を引き継いだのは、新生国家、自由アーゼンだった。
しかしながら、やはり、当初はかなりの反発があった。
武力で国を統治するのは間違っているだの、正式な継承を行っていないアーゼンを国家としては認めない等……いや、こういう声を上げた者達は多分そんなことは考えていない。あわよくば、リストニアの国土・利益が欲しいだけだ。
しかしながら、この問題は解決済みだ。
シルヴィア・ヴィン・トリスタンの一声だ。
トリスタンの言う通り、実際にリストニアに幽閉されていた彼女は若干の疲労の色は見せたものの、健康状態に全く異常はない状態で国際社会の表舞台に姿を現した。
その中でシルヴィアは、自分という存在が居たのにもかかわらず、リストニアでの悲劇を止められなかったのは極めて残念。これ以上の悲劇を増やさないためにも、アーゼンの秩序と平和をトリスタンが保障する、と発言した。
アーゼンにしては朗報。
なんと殆ど見返りも求めない経済的な支援をもらえるだけではなく、トリスタンが政治に関与してくるわけでもない。
多くの人々も、シルヴィアこそが、自分の国の政治家のように私益を追うことが無い、最も誠実で理想的な指導者だと、彼女を称賛した。
流石に、あのトリスタンが背後にいる国を表立って非難することは出来ず、野望を抱いていた大抵の国は肩を落としつつも、諦めるしかなかった。
だが、しかし。
一部の大国を含んだ国々は、これに異を唱えた。
流石に上手く行きすぎなのでは?と。
ラッセル地区での大規模戦闘、アーゼン地区での独立運動、トリスタンが突如発表したシルヴィアが幽閉されているという事実、そして、それを陰から支えた武器を持った有志たち。
これはシルヴィアが裏から仕組んでいるのではないか、そう鋭く追及する声も上がったが……逆にそれに意を唱えたのは、人々だった。
今まで、何もしてきてないのに何を言っているんだ?
うちの国の政治家は無能だから、シルヴィア陛下に嫉妬しているのさ。
老害たちは女性が活躍するのを良く思ってないのよ、等。
追及の声も、世論には逆らえず、こうして、シルヴィアのやり方は通ってしまったのだ。
と、ここまでが、表の世界の話だ。
◇
時間が少しだけ戻る。
激戦の果て、リストニアの敗北が事実上決定した。
しかし、囚われの塔は全くの無傷だった。
ニムバスやその派閥以外でも、シルヴィアの身柄を確保できれば、トリスタンとの交渉に持ち込めるはずだ、と考えた者達が居たが、彼らは全て阻まれた。
囚われの塔付近には様々な出で立ちをした者達が群がっていた。
背広姿から、工員の姿まで、様々な容姿をしているが……彼らは全員武装しており、その眼つきは刃物のように細い。
彼等はシルヴィアがこの国に囚われていると知り、女王を護る為に立ち上がった有志の民間人達。
全然、一般人には見えないし、止せ集まっただけのはずなのに統率も取れているが、これはあくまで自分達の意思で立ち上がった人々なのだ。
決して、トリスタンが用意したものではない……ということになっている。
ネズミ一匹通すまいと鋭い眼光で警戒していた彼らだが、ある者が来た時には一斉に道を開けた。
「オオカミが到着、繰り返す、オオカミが到着した」
コードネーム、オオカミ。
ジークは避けていく人波に動揺することなく、塔の中へと進んでいった。
◇
そして、シルヴィアたちが囚われた部屋では茶会が行われていた。
「どうでしたか、戦争は?」
「……まぁまぁだったよ」
いつもの社交的な場で見せる穏やかな微笑みとは違い、シルヴィアはニコニコとした楽しそうな笑みを浮かべながら、そうジークに尋ねた。
ジークはカップに入った珈琲にこれでもかという程砂糖、そしてミルクを入れ、スプーンでかき混ぜながら答えた。
「そんなに砂糖好きだったっけ?」
「いいや、そこまで。
だが、アーゼンの珈琲は薄い癖に、砂糖、ミルク皆無で最悪だった。
きっと、カルシウムが不足しているから、戦争なんてことを始めるんだろうな」
「いや、ジーク君のせいだよ」
「まぁ、半分そうだな。
だが、残念、俺一人で戦争は出来ない。
俺達が出来るのは、地雷原でタップダンスをするぐらいだ」
「でも、良い曲が流れているではありませんか?」
シルヴィアは耳を澄ませる仕草をして見せた。
緩やかな茶会だったが、窓辺からは、銃声と悲鳴、そして確かな歓声が風に運ばれてきた。
「結局、圧政に苦しんでいたアーゼンの人々は、逆に苦しめ返すことに快楽を覚えています。
ですが……とても美しい。
やられては、やりかえす。
どうしても赦せない相手と、手と手を取り合うなんて、武力の無い話し合いなんて、それこそナンセンス。
"戦争を綺麗ごとにするな、狂気が戦争を美しくするんだ"、そうですよね?」
「は……?
狂気が戦争を……なんだって?
なんだ、その三流小説みたいな寒い台詞は?」
「えっ……?
ジークさんの言葉ですよ」
「……全く、覚えてない。
とにかく、戦争をすることしか頭にないから、煽れるだけ煽ってるだけだ。深く考えるなよ、そんなこと」
「そんなことって……初めて、ジークさんと私があった時の大事な思い出なのに……」
シルヴィアは、消え入りそうな声を出し、テーブルに顔を埋めて、肩を震わせた。
社交的な場での振る舞いからは全く想像できない仕草だ。
「あー、あー、ジーク君、やっちゃった、あー、あー」
「うるさいぞ、エリー。
お前程、俺が中身がない奴だって知ってるやつはいないだろう?
あと、シルヴィア、ウソ泣きはもう止めろ。下手か」
「ふふ……私の演技を見抜けるのは、貴方ぐらいですよ。
ごめんなさい、ちょっとふざけました。
なんだか、最近、会えてない気がして」
シルヴィアは一転して、はつらつとした笑みを浮かべると、窓辺に立ち、黒煙が立ち上る街並みを見下ろした。
そして、誰にも聞こえないよう、小さな独り言を呟いた。
「この戦争が終わってしまえば、また憂鬱な日常へと……私は女王に戻らなければなりません。
でも、もうすぐ。もうすぐの筈です。
もうすぐ、みんなが笑って暮らせる世界が……」
……彼女が想像する皆が笑って暮らせる世界の住人は、たったの三人だけだ。
窓の向こうに目を向けながら、シルヴィアは自分の思い描く未来を想像し、幸せそうな微笑みを浮かべた。
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