エピローグ(2)犬

 新生国家、自由アーゼンでは綽々と建国への道筋を歩んでいた。


 新たな政治体制の確立や、争いで焼き払われた土地の修復等、新たな創造が始まった。と、同時に、過去の清算も行われた。

 ニムバスを始めとした首脳陣営は戦死したものの、それ以外の大勢の政治家・資本家・高級将校は逃げだせる勇気も無ければ、身を護る為に戦う覚悟も無く、大勢が降伏した。

 後ろ盾が居なくなった彼等の身辺を洗ってみると、まあ酷かった。

 汚職や資金流用は当たり前、児童売買や婦女暴行等……特権階級でなければ、赦されざる行為を働いていた者も少なくなかった。


 だが、自由を謳うアーゼンはそれを許さなかった。

 皆に平等に罪を課し、贖いきれないような罪を犯した者には極刑があった。

 もしも、罰から逃げ出そうとした場合には、カラスの裁きが待っていた。


 しかし、そんな彼等にも、どう罪を課すか、悩むべき存在が居た。


 アリス・アイロットだ。


 気絶していた彼女は瓦礫の中から発見された。

 敵の将兵、一時はアーゼンの兵によりその場で処刑されるところだったが、宰相を殺害したのは、他でもない彼女自身だということが状況証拠から発覚し、一先ず、身柄を保護された。


 だが、気絶から目を覚ました時には、アリスの片手は切断を余儀なくされ、記憶の殆どが失われていた。

 取り調べに対しても、全て無言を貫き、さながら、糸の切れた人形のようだった。



 最終的には、血の繋がった姉妹であるエミリーが、アリスと対話することになった。


「……姉さま、久しぶりだね」


「貴女は……誰だ?」


「っ……そうか、私のことも忘れてしまったのか……」


 その後は、やはり、腑の抜けたように、取調室の窓から見える太陽を眺めていたが、諦めたエミリーが立ち去ろうとした時、アリスは突如呟いた。


「陛下に……シルヴィア陛下に会いたい……」



 程なくして、アリスに対する裁判が始まった。

 エミリーは一切口出しできない公平な裁判だった。


 アーゼン地区の困窮の原因を作った一人なのだから罪を与えるべきだ。

 彼女だって一人の軍人。国家の命令を聞いていただけの人物を罪に問うのは、国家としてどうなのか。

 最終的には、アリスはアーゼン側に利となる行為をしたので、情緒酌量の余地はある。

 それでも、過去は取り消せない。

 事実として、アリスは一切の不道徳的・犯罪行為は行っていない。


 そして、出された結果。









 ◇



「陛下、承っていた命を遂行致しました.

 こちらをご覧ください! 」


「あら、もう終わったのですか。、流石です。

 貴女はいつでも私の為に尽くしてくださいますね。


 いつも、ありがとう、アリスさん」


「……っ!

 勿体なきお言葉、有難うございます!


 私は常に陛下の忠犬であります、何でもおっしゃってください!

 

 では、私は、アーゼンとの国交条約文の草案をまとめて参ります! 」


 頭を下げ、意気揚々と退出するアリスを見送るのは、微笑を浮かべたシルヴィアだった。

 それはまるで飼い主に尻尾を振る犬と、それを愛でる飼い主の姿だった。



 ここはトリスタン城。

 最終的に無罪放免となったアリスは、トリスタンへと送られた。


 この動きには、エミリーが関与していた。

 無罪判決を受けてもなお、アリスの状態は日に日に悪くなっていっていた。

 そこで、エミリーは、駄目元でアリスが赤子が母を呼ぶように口にしていたシルヴィアに相談したところ、是非とも、トリスタンにお迎えしたいと返事があったのだ。


 人形のようになっていたアリスは、シルヴィアと再会した途端、息を吹き返した。

 元々持ち合わせていた処理能力をフルに発揮し、トリスタンの内務を支える即戦力となったのだ。


 任された責務に、これ以上ない幸せを感じながら、城の通路を歩いていたアリスは、少佐のワッペンを付けた軍服の青年とすれ違った。


「なんだ、良い眼をしているじゃないか」


「……?」


(今のは、誰だ?


 ……どこかで見たような、知っているような……?

 まぁ……思い出せないのなら、そこまで考える事でもないか……)


  失ってしまった片手は痛々しかったが、それでもアリスの表情は明るかった。

  リストニア王国の犬から、トリスタンの犬に成り果てたというだけなのに。

 だが、もう飼い主の手を噛み切ることはなさそうだ。












 これは、余談なのだが、アリスの裁判に当たって、他国から呼び寄せられた中立な精神科医がアリスの精神状態を診断した。

 結果的には、非常に重度の精神障害を抱えていると診断された。

 だが、奇妙なことに、アリスがその精神状態に陥ったのは、宰相に謀反を起こしたつい最近の事ではなく、とっくの昔から、幼少期からのことだった。




 とっくの昔から狂っていたそうだ。



 


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