エピローグ 立つ鳥鉤爪跡を濁す
月が昇る夜。
リストニアの首都は燃えていた。
だが、それでも、瓦礫に埋もれながらも、戦い続ける者達が居た。
「宰相閣下が亡くなられたというのに、何故、戦わねばならぬのです!」
「黙れ、戦え!」
「アルフレッド大佐の言葉を忘れたのか!?
前方から来る連中を見てみろ!
連中は自分を被害者だと思い込んでるが、見ろ、奴らがやっていることは暴動となにも変わらないではないか!? 」
「いいではありませんか、もうそんなこと!?
自分は死にたくない、死にたくないんだ!」
「なら、お前だけ降参してこいよ!
武器を置いて、奴らの前で、今まで悪かった、これから仲良くしようと、握手して来いよ!
出来るわけないだろ、もう、俺達は戦うしかないんだよォ! 」
「――砲撃だッ! 逃げ――!」
しかし、もう、時間の問題の様だった。
◇
それは彼らにしても、同じだった。
「チャーリ―陣地、制圧、了解!
よし、そのまま、進み続けろ!
敵陣地をまた破壊しました! 」
「勝利は目前です! エミリー少佐!」
「落ち着け。
目前だからこそ、油断してはならない。
此処ですべてが無駄になったら、死んでいった仲間に顔向けが出来ない」
「とはいえ……休息は必要だ」
「……ジーク少佐」
市街地に立てこもる残存リストニア軍を大きく取り囲み、勝利は確実のものとなったアーゼンとトリスタンの連合軍。
幾ら連合を組んだとはいえ、リストニア軍は意外にも激しい抵抗を見せ、それを組み伏せるのはたやすいことではなく、それを実現したのは、エミリーの不眠不休の指揮があったからだ。
「ジーク少佐、私の許可なんて要らない、休息なら――」
「いや、お前も人に説教できるような顔をしてない。
酷い顔だ、過労死寸前だな」
「そうです、エミリー少佐、まるで休まれておられないではありませんか。
我々にお任せください、油断するつもりはありません。
さぁ、お休みになられて」
「すまない……わかった、そういうことならば」
周りの兵士達にも促され、エミリーとジークは前線から引くことになった。
これは隊員達の気づかいでもある。
彼等にも、エミリーの気持ちは分かっていたのだ。
負傷兵や弾薬を運ぶ者、前線に向かう者、その群れとすれ違うように、二人は安全で、なるべく静かな、持ち主が逃げてしまった廃宿で仮眠を取ることにした。
「うん、壊れる心配はないようだ……寒さはしのげそうだ。
この建物で仮眠を取ることにしよう。
私は1時間程度でいいが、ジーク、君は好きなだけ寝てていい――」
「1時間程度……そんな隈をしていてよく言う。
なんというか、クソ真面目だな、お前は」
「……真面目な人間は、嫌われるものなのだろうか?」
「いや、俺は案外嫌いじゃない。
ただ……俺の周りでは珍しい。うん、エミリー、お前はかなり珍しい存在だ。
こんな
ま、偶には酔えよ」
ジークが差し出してきたのは、酒瓶だった。
「これは民家から窃盗して来たモノじゃないか?
……国際法的にはアウトだ」
「アーゼンはまだ国じゃないからセーフだ。
丁度いいだろう、建国記念の一杯だ。
乾杯」
「その、酒は苦手なんだが……乾杯
んんっ……これは、なかなか・・・・・」
ジークの持ってきた酒は、かなり強かったようで、エミリーは少しむせてしまった。
そして、直ぐに酔いも回って来た。
ベッドに腰かけていたエミリーだが、耐えきれずに、横になった。
「なるほど……寒さが少し和らいできた。
確かに、睡眠薬には、よさそうだ……。
なんだか、目が回って来たよ……。
ジーク少佐、ちょっと、話したいことがあるんだが」
「ん、なんだ?」
「まるで酔ってないじゃないか、君は、不公平だよ。こんなの……。
君は……トリスタンと、アーゼンどっちがいい?
いや、今、答えは聞かない。
でも、私はこの国を正しい国にするつもりだ。
強い軍隊に、それを愛する人々。
強くなるために努力したものが、報われる国に……君のような、ほんとうは誠実な人が、報われるべきなんだ。
シルヴィア陛下に負けないぐらい、頑張って見せる。
だから、それを君にも……見ていて、欲しい……傍で。
……ジーク……?」
朧げなエミリーの意識がジークの気配がなくなっていたことに気が付くのと、その意識が完全に堕ちたのは、同時の事だった。
◇
エミリーが目を覚ました時には、もう既に、8時間が経ち、朝日が昇っていた。
そして、隣にいた筈のジークの姿は無かった。
何処に居るのだろう、エミリーは謎の息苦しさを感じながら、顔見知りの部下に話しかけた。
「二等兵!」
「少佐殿、お目覚めになられましたか!
起こすかどうか迷ったのですが、あまりに熟睡しておられたので……しかし、ご覧ください、悠々と風に舞う我々の国旗を!
我々の勝利です! 」
「あ、ああ……皆、良くやってくれた。
それはそうと……誰か、ジーク少佐を見ていないか?」
「は?
い、いえ……一緒におられたのでは?
わかりました、探してまいります!
皆、手分けして探すぞ! 」
まさか、敵に捕らわれて……いや、あんな戦況ではとてもあり得ないし、ジークが囚われるなんて……だったら、何故?
エミリーの心臓は、以前、囚われたときよりも何倍もバクバクと騒いでいた。
そんな時、一羽のカラスがエミリーの肩に舞い降りて来た。
そして、嘴で肩をツンツンと叩いて来た。
「これは……」
そして、自分の肩に目を落としたエミリーはあることに気づいた。
自分が今着ているのは、今まで着込んできた指揮官用の軍服ではなかった。
一つサイズの大きくて、色あせた外套、王国の紋章が描かれたパッチ……それはリカールの軍服だった。
用は済んだとばかりに、肩に止まったカラスは朝日に向かって飛び去った。
「……そうか。
行ってしまったのか、次の
リカール大隊、悪夢の大隊か……本当に、夢のようだった。
ただ、忘れたくない夢だったな。
……さようなら」
結局、ジークは消えていく。
何もかもに鉤爪を残して、飛び去って行く。
エミリーだって、自分の
だから、エミリーの頬に一筋の涙が流れたのは、きっと、眩しい朝日を見上げたからに違いない。
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