フルコース


 


「う、うーん……」


 誰かたちの囁き声、それによって混沌させられていたチーナを含む人々は起こされた。


 朧げな視界に写るのは、豪華な食事や酒が並び、金が満ちるこの世の天国からうって変わって、無機質なコンクリートで四方を固められた光の届かない地獄のような場所だった。


 そして、両手、両足には拘束具。


「な、なんだ此処は!?」


「これって、サプライズパーティか、何か?

 そう、そうなんでしょ!?」


「誰か説明しろ!」


「わかった、ならば、この私、エミリー・アイロットが説明させていただく」


 混乱に陥っている彼らの前に進み出たのは、エミリーだった。

 その背後には統一間隔で、整列した兵士達。

 そして、その奥の壁には、大きな翼を広げた真黒なカラスのエンブレム。


「あなた方が無造作に置いていた資料……色々と調べさせてもらった。


 脱税、不法な取り立て、賄賂、ラッセル地区との闇取引……しかも、そこのコンパニオンもそれに関わっていたとは、あきれるばかりだ」


「だ、だから、どうした!?

 ならば、我々を裁判所に連れて行くがいい!

 地位の差っていうのをわからせてやる、裁かれるのは貴様らだ!


 さぁ、それが嫌なら、我らを自由にしろ、この女狐!」


「……何を勘違いしているのか、分からないが……。

 敵に益を与える行動、国家反逆罪には死刑しかない。

 此処で、あなた方に選択権は無い」


「何をふざけたことを、上から目線で言い続けているんだ!

 私は、100年前からこの地を治めて来た由緒ある一族――」


「もういい、構え」


 エミリーが命じると、統一間隔に並んだ兵達が一斉に銃を構えた。

 自分は特別だと思い込んでいた愚かな上流階級の人間達も、ようやく、この光景が銃殺処刑であるということに気づいた。


「ま、待て!

 政治的に止む無しだったのだ!


 話せばわかる、こっちに銃を向けるのはやめんか! 話せばわかると言っているだろう!」


「往生際の悪い奴だ……」


「いや、待て。

 ……そうだな、話を聞いてみよう」


 万事休すか、と思われた時、流れを変えたのは暗がりから進み出て来たジークだった。

 思わず、ほっと息をついた議員と女たち。

 だが、ジークはそちらに背を向け、銃を構えている兵士達に向けて口を開いた。


「話を聞くとしよう。


 栄えあるリストニア軍人の戦友諸君、眼前を見ろ。


 此処に居る人間は、諸君らの母君を飢え死にさせ、愛すべき隣人たちを狭い物置以下の掃きだめに押し込め、子供達から希望を奪った」


「だ、黙れ!

 違う、嘘ばかりほざくな!

 我々は合理的で、平等な政治を行っている、民に還元だって……!」


「そう、奪ってばかりではない。

 女たちには金をばら撒き、親愛なる敵の方々には戦車すらをプレゼントする寛大さぶりだ。

 さて、どうする? どうしたい、この方々を?


 この方々のお陰で、叶わなかった夢も、恋も、約束もあるだろう。


 俺は部外者だ。だが、諸君らの日々の誠実な態度に感動した。


 正しく、正義の味方だ。


 そんな諸君ならば、どんな裁判長よりも正しい判断を下せる筈だ。さぁ、諸君らの正義は、何を望んでいる?」


「少佐殿……指を一本ずつねじ切りましょう」


「火炙りにも」


「鞭」


「水攻め」


「よ、止せ! 私に逆らうと――」


「ア、アイロット……エミリー・アイロット、思い出したぞ、宰相閣下のご息女ではないか! いや、御息女ではありませんか! 私を覚えておりませんか、宰相閣下とはよくさせていただいている!」


「お願い、私は見逃して!

 ねぇ、エミリーさん、私は男たちに躍らされていたの! ねぇ、ねぇ!?」



 どんな言い訳も、命乞いも、全ての声は誰にも届かない。



「胃を引きずり出す」


「髪の毛をむしり取る」


「痛めつけて冷水に付ける」


「液体窒素」


「硫酸」



 エミリー・アイロットを始めとする60人規模の誰にも見向き去れなかった名無しの中隊改め、クロウ隊は一心に一人の男に視線を注ぎ、その言葉を待った。


 ジーク・アルトは、パチンと指を鳴らした。




「……全部フルコースで」








 ◇




 アーゼン地区に、日が昇る。


 目を覚ました市民達は驚いた。


 あの貴族たちの豪邸、区議会が燃えているではないか。


 野次馬として詰めかけた人々は、更に驚いた。




 一心に燃える屋敷、消火活動すらも忘れ呆然と立ち尽くす警備員達、美しい庭には役人たちの不正を示す証拠書類と、人っぽい何かが散乱し、そこら中にカラスが群がっていた。


 そして、地面には、黒いスプレーで荒々しいカラスのシンボルと、「鴉は知っている」との文字が書かれていた。


 衝撃から我に返った人々は、悲鳴でも、怒号でもなく、喝采を上げた。




 ざまぁみろ、と。






 ◇




 一方、リストニア王都では。



 ようやく、独自の部下を潜入させることに成功したアリス。

 真っ先に得られた情報は、議員を含めた十数人が何者かに殺害された。統率された集団による犯行の可能性が極めて高いという衝撃的なものだった。


 自由奔放で、出歩きまくる宰相への連絡はとても難しい。

 だから、雨の降る中、アリスは、父でもあるニムバスの邸宅で、彼を待った。


 待つこと、10時間あまり。

 月が昇ったころ、ようやくニムバスは宴を終え、ヘロヘロになって帰って来た。


「宰相閣下、お聞きになりましたでしょうか?

 アーゼン地区の区議会が燃やされ、死傷者多数との情報が入っています」


「うーい……知らん、どうでもいい」


「……議員の方々が、亡くなられたのです。

 それに、我が国が何者かによって侵されているのかもしれません、手を打たねば……!」


「知らんと言ってるだろう、いちいち、この女は仕事の事ばかり、ええい、うっとうしい奴だ……!


 まぁ、良い。

 全ては私の掌の中だ。あそこにいる連中は気に喰わなかった。顔が気持ち悪かったり、背が低かったり……ぐふふ、気に喰わない奴らだった。死んだってどうでもいい、いや、気分がいい!」


 話は終わったとばかりに、アリスを押しのけ、ニムバスは邸宅に入ろうとした。


「宰相閣下! ……お父上、貴方はこの国を――! 」


「今、なんと……?

 この私のことを、父と呼んだかぁ!?


 大体、お前はあの小娘のサインは取れたのか、この役立たず!」


「しかし……それどころではありません、何かが起こっています。

 シルヴィア陛下に関しては、今回は諦めるべきです!


 どうか、私のことを信じて――!」








「うるさい、黙れ! 役立たずの無能!


 その目が気に喰わないんだよ、生まれた時から! 」








「――っ! 」




 ニムバスは捨て台詞と共にアリスの持っていた傘を薙ぎ払った。

 そして、まるで口直しのように、持ち帰って来た女の身体を撫でまわしながら、邸宅の中へと消えていった。

 アリスは地面に落ちた傘を手にすることも忘れ、ただただ、呆然と立ち尽くしていた。




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