さぁ、起きて

 兵達は静かに、区議会へと侵入していった。


 その廊下には展示台が置いてあり、そこは高そうな絵画に、芸術品が飾られていた。

 至る所に大理石や黄金が埋め込まれている。

 そして、定期的に、壁に満面の笑みを浮かべた宰相ニムバス・アイロットの肖像画が張られていた。


 エミリーは、その肖像画が目に入る度に、腹立たし気に目線を逸らしていた。

 他の者達もそうだ。

 この地区に配備された兵達は、皆薄給だ。自分達から税として搾り取った上に、それが給料になる筈なのに、殆ど還元せず、こうして豪勢な建物で過ごしている者達が居る。

 腹立たしくない筈がない。


 深夜二時とだけあって、区議会は暗い。

 だが、廊下の向こう、微かに光が漏れている。そこに向け、彼らは静かな進軍を続けた。

 重厚な両開き扉から漏れて来る声、アーゼン区を襲った悲劇を二度と起こさせまいと、対策の為に夜遅くまで討論を続けている……わけでは無いようだ。


 ジークは、無遠慮に扉を開け放った。


「なんだこれ……こ、こんな……」


「なんだぁ! お前達はぁ!? 」


「いやん、私、こわーい!

 ねぇ、エデン様、たすけてー!」


「儂に任せろ!

 おらおら、ぞろぞろと無礼だぞぉ! 我らは議員閣下だぞ、控えろ!」


 エミリーが絶句の声を漏らしたのも無理はない。

 そこには、豪華な食事と世界各地の名酒、明らかに泥酔した議員たち、彼らの配偶者にしては若すぎる下着姿の女たち、そして、部屋中にばらまかれたありったけの紙幣がまかれていたからだ。


 兵達はあまりに下品で酷い光景に絶句するしかなかったが、ジークだけは議員のよっぱらいパンチをひらりと受け流すと、散乱した書類が広がるテーブルへと近づき、一枚の紙を手に取った。


「労働組合員との会合、要求予算500万……日付は今日だ」


「まさか、会合っていうのは、これのことか!?」


 皆が愕然とした。

 たった一日の会合……しかも、どう見てもそんな会合なんてやってないものに、自分達の年収以上の額が使われていたのだ。


「……なんだよ、これ。

 これだけの額があったら、何人が今年の寒い冬を越えられたか……!」


「腐敗してるのなんて、承知だったが、これ程なんて……」


 だが、兵達のどうしようもない憎しみは、議員たちお気に入りの水商売の女によって嗤われた。


「えっ、えっ、何?


 兵隊さん、もしかして、自分達がいいように利用されて他の知らなかったの?

 こちらのエデン様が今日私にくれたネックレス、貴方達の給料をこっそり引いたお金だって自慢してたよ。

 でも、仕方ないよね、貴方達は飼い犬なんだから、ご主人様の言うこと聞かないとぉ」


「そうだぞ、チーナちゃんの言う通りだぁ!」


 チーナと呼ばれた露出度が高い女は、勝ち誇った表情で兵士達を見下す。この女は権力の盾が自分を守ってくれると思っているのだ、


 いや、自分の容姿で意のままに操れる権力者こそが自分の武器だと思っているのだ。


 が、チーナはとある一人の存在に気が付くと、その人物に近づき、顔の覆面を取り去った。

 そして、一瞬、顔を嫉妬に歪ませたが、直ぐに表情を取り繕い、エミリーの前に立ちふさがった。


「へぇ……女性兵士っていうの、珍しー?

 でも、でも、向いてないと思うよ、そんな泥臭い仕事ー。

 結構かわいいし、泥臭くなる前に……脱いじゃえば」


「そうだ、そうだ、脱げ、脱げ!」


 エミリーをはやし立てる男達、飛び交う紙幣、エミリーは俯いたまま、何も答えなかった。


「んー? どうしたの? 

 もしかして、自分のことを誇り高い軍人だって思ってる?

 あっは、馬鹿丸出しじゃん。


 ほんと、真面目な奴ってバカ。


 いいように使われて死ぬだけなのに。


 どうせ死ぬんだったらさ、私みたいにはっちゃけちゃったほうが――」



「じゃあ、死ね」


 俯いたエミリーから、出た言葉は信じられない程ぞっとするものだった。

 そして、チーナが後ずさるよりも早く、しなやかな動きで顔面に拳を叩き込んだ。

 そのまま真後ろにばたっと倒れこむチーナ。

 彼女の自慢の顔はへこんでしまったようだ。


 女性に対する容赦ないショッキングな暴行……それを目の当たりにした議員たちは、ようやく酔いから冷めた。


「き、貴様ら、どういうつもりだ!?

 そもそも、何しに来た!?」


「酔いを醒ましてさしあげようとしただけですよ。

 あなた方は、まだまだお目覚めになられていないようだ。我々がその眠気まなこを開けて差し上げよう。銃剣で瞼をこじ開けて差し上げよう。




 ――状況、ガス」


 ジークがそう言うと、事前の訓練通り、慣れた手つきで、兵士達は一斉にガスマスクを付けた。

 恐ろしい、そう感じた議員と女たちは、警備を呼ぼうと、逃げ出そうと、様々な努力をしたが、忍び寄る白色の煙からは逃れられず、意識を持っていかれてしまった。



「……お役人の方々は、お疲れのようだ。


 運んで差し上げろ」


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