シルヴィアが幽閉されて2週間程、そして、ラッセル解放戦線の襲撃があって、二日が経った。

 だが、シルヴィアがリストニアの要求に屈したとの報は入ってこないし、ジークも半ば放置されているようだった。けれでも、長らく膠着状態だった解放戦線との対立関係は急展開を迎えた。

 長いようで、短い間隣にいたエミリーには分かる、この異常現象を巻き起こしている台風の目はジーク・アルトだ。


 その張本人ジークは、今日も早朝から日課のトレーニングにいそしんでいた。

 半袖、半ズボン姿で懸垂を行うジークの肉体に、エミリーは思わず、感嘆のため息を漏らした。

 服の上からでもわかるような人々を熱狂させるような筋肉の塊はジークは持ち合わせていない。

 だが、ジークの筋肉は非常に洗練されていた。細すぎも無く、太すぎも無く、ただ俊敏性と力を殺人行為にフィットさせた筋肉。

 そして、これも何度も改良を重ねたからくり仕掛けの無機質な義足。


 自堕落気味だったこの部隊も、最近はジークの姿に感化され、一転して指揮旺盛となった。


 暫くジークに見とれていたエミリーだったが、やがて、意を決したように声をかけた。


「ジーク少佐……君はこの国に何かをしに来た。

 違うか?」


「何かって言うのはなんだ?」


「……この国を、宰相を――いや、そんなことはいいんだ。

 なんでもいいんだ。とにかく、君のやること全てに協力したいんだ」


 エミリーは、灰色の空を見上げ、言葉を続けた。


「多分、私も、この地区も、いや、この国も君たちの手によって踊らされているのだろうな。

 大勢の人間が死んだのにこういうことを言うのは不謹慎かもしれないが、君の手によって滅茶苦茶にされていくこの世界は、正直楽しい。

 今まで、私達の仕事のことを知らなかった人達が、私達を認めてくれるようになった。

 部下たちだって元気になった。


 今まで、どんな上官にも冷たくされてきた。だが、君だけは違った。

 ……私を君の駒ポーンにしてくれないか」


「優しい勇者、正義の味方になりたかったんじゃないのか?」


「正義だとか、大義だとか、そういう綺麗ごとを常日頃から言っている者達に私は手を差し伸べられなかった。……結局、私を、いや、地獄の底からこの部隊を助けてくれたのは、君だけだった。


 使い切りの道化でも構わない、頼む、私を使ってくれ」


 エミリーは、上目遣いで、だが確かな決意の眼差しをジークへと向けた。

 ジークはトレーニングウェアの上から、軍服を羽織ると、エミリーの方へと向き直った。


「人を集めてくれ、全員だ」


「……承知した!」


 飼い主の命を受けた犬のように、エミリーは顔を輝かせて、走り去っていった。

 だが、彼女は些細なことを見逃していた。

 ジークの軍服はこの地を最初に訪れた時のトリスタンの正規士官服とは違っていた。

 何処か薄汚れた、けれども何度も修繕した後のある使いこまれた軍服。


 リカール王国のものだということを。


 ◇


 深夜二時、ジーク率いる部隊は、とある場所に来ていた。

 働きアリたちの巣のように、多くの低所得者が狭い集合住宅に押し込まれているこのリカール地区。だが、此処は違う。

 棘が付いた重厚な金網が庶民たちを威嚇するように並んでいる。

 それが取り囲む大きな敷地内には、美しく整えられた芝生、そして純白の壁に金の装飾が描かれた巨大な建物があった。


 大富豪の豪邸ではない、信じがたいがこれは公共の施設、此処はリストニアの議員たちが募るアーゼン地区区議会なのだ。


 兵達は皆、目出し帽を付け、フェンスの一角で待機している。


「……警備は? 」


「巡回中の警官になら、議員の方々をお守りする為に、強化パトロールを実施中だと言っている。

 此処を護る警備員は……この国のお偉いさんご贔屓の天下りのカス集団だ」


「わかった、了解」


 ジークはエミリーと言葉を交わした後、兵達の方に向き直った。実は何をするかを言っていないのだ。ともあれ、兵達も薄々感づいていたが。


「戦友諸君、任務を説明す――」


「お待ちを、ジーク少佐」


 一人の兵が、ジークの言葉を遮った。エミリーが咎めようとする前に、別の兵が言葉を投げた。


「言葉は不要です。

 少佐殿、我々は貴官を信頼しています」


「皆が同じ気持ちです。

 貴方は我々に、失った軍人の誇りを取り戻してくれた」


「説明は要りません、どうか、我らにご命令を」


 何時か、何処かでみたような光景。

 ジークは空に浮かぶ月を見上げた後、命令を下した。


「おねんねしている豚共を叩き起こしに行くぞ」


 命令を受けた兵達は、確かな熱意をもって、だが、音を立てずに無音で、フェンスを工具で破り始めた。

 ジークやトリスタン騎士団と共に戦場を経験し、そして、レクチャーを受けてきた彼らは、最早、一般部隊とはいえない技能と実力を有していた。


 続々と音もなく、俊敏に敷地に潜入していく兵員隊。

 最後に、ジークとエミリーも彼らに続こうとした時、フェンスにカラスが降り立った。


「……そういえば、この部隊に名称は無いのか?」


「無い、な。

 お前らのような部隊に、名前などもったいないわと酔っぱらったお偉いさんが勢いで決めてしまったんだ」


「そうか、じゃあ……鴉はどうだ?」


 カラスが鳴くと人が死ぬ。

 これは何処かの国の迷信だ。




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