餌付け

 夜。極寒。

 そこは王都から離れた雪が降り積もる寒い土地だった。

 だが、ルーグにとって始めての場所では無かった。


 ルーグは荷台から転がるように放り出される。

 雪の積もった雪原を転がって、転がって、大の字になって制止した。

 星が瞬く寒空を視界一杯に見上げながらつぶやいた。


「……帰ってきちまったなぁ……」


「稀……いや、初めてだな。此処に帰って来た大馬鹿野郎は」


「はっ……俺も王都でいろんなクソガキを見てきたが、アンタ程のクソガキは居なかったよ」


ジークは、倒れたままのルーグに手を伸ばした。


「早く立て、戦争が待っている」


 ◇


 ルーグには、どうしても確かめたいことがあった。

 例のあの二人と、ジークは何が違うのか。ということだ。

 あの二人のしようとしていたことは無謀なことだった。だから、当然失敗した。

 だが、ジークのやっていることも大概だ。幾多の前線へと無謀な命令を背負いながら突撃、どれだけ敵が強力だろうが、味方からの嫌がらせで補給が減らされようが、味方が目の前で吹き飛ばされようが、今、こうして健在している。


 しかも、それでもまだ戦場を欲している。

 異常以外の何物でもない。


 一体、何が違うのだろうか。

 ルーグは別件で、ジークに簡易的な指揮官室へと呼ばれた際に思い切った質問を投げかけて来た。


「なぁ、大隊を率いて王都に殴りこむとか、そういう妄想したこと無いか?」


「ある」


「……即答かよ、お偉いさんが居たら……いや来るわけないか、こんな隙間風が吹き荒れる処に。

 まぁいいや、それは……復讐の為、なのか?」


「そうかもしれないし……なにより王都はこの世界で一番大きな都市だ。

 燃え上がるだろうな」


 ジークは恐ろしく不謹慎なことを、何ともあっけらかんに言い切った。

 ただ、ジークの顔は無表情、事務仕事をしながらの空返事のような返答だった。

 しかし、ルーグはその返事に違和感を持った。


「ち、ちょっと待てよ。復讐がしたいんだろう?

 具体的には何をするんだよ?」


「具体的……? 

 迫撃砲で王城を砲撃したりとか、逆に反撃されたり。

 あんな大きな都だ。銃火器が発達して以来の大規模な市街地戦になるだろうな。

 あの迷宮のような王都大図書館を占領して立てこもるか? いや、それとも初手で全て木っ端みじんにして守備隊の地の利を崩すか? だったら……」


 ジークの戦争スイッチが入ってしまったようだ。

 完全に別世界に思考が飛んでしまっていた。


「いや、いや、待て、待て。

 そうじゃなくてだな、俺が言いたいのは……誰にどう復讐したいかって言う話で……」


「それは二の次だ。

 戦争がしたい」


「……OK、分かった。

 んで、もしも連中に勝ったとしよう。そしたらどうしたい? 」


 紆余曲折あったが、ようやくルーグが聞きたかったことを聞くことが出来た。

 だが、ジークの顔には疑問符が浮かんでいた。


「いや、別に……戦争の後なんて、興味ない。次の戦場を探すさ」


「は?

 まさか、嘘だろう?


 貴族のガキに嵌められて、学園から此処に飛ばされたんだよな?だったら、貴族を奴隷にして、女を好き勝手に弄ぶとか」


「興味ない」


「……そうだよな! 暗すぎるよな、やっぱ最後は正義の味方だよな!


 うわさで聞いたけどさ、隊長って炭鉱で働いてたんだろう?

 だったら、そいつらとか、他の奴隷たちや民衆の為の革命にするとか、いっそ王様にでも――!」


「炭鉱の連中は、餓鬼だった俺から少ない駄賃を奪い取る連中しかいなかった。

 その他の連中も知った事か。

 

 それよりも、やるなら王都で一心不乱の大戦争がしたい、誰もやったことが無いような殲滅戦をな」


 ルーグは唖然とした。

 色々と上手く行かなかった頃、ルーグは復讐物の小説を読み漁ったものだ。

 例えば、嵌められて、闇に堕ちた主人公は復讐を開始する。

 皆から嫌われ、恐れられる主人公。だが、何処かのタイミングで主人公の潔白や努力に共感する人々が現れ、最終的にはそのことの元凶になった者が逆にどん底に陥り、主人公が成り上がるのだ。


 そして、読者は痛快な気分でざまぁみろと快感を感じるのだ。

 あの二人の奴隷たちにもそういう志があった。


 だが、ジーク・アルトにはそれがない。

 何かが欠落している。


 ルーグの脳裏に名門リカール王国、そして先の奴隷の姿、あの広場での出来事、副官エリー・トスト、そしてリカール大隊の面々が思い浮かんでは消えていき――結論に辿り着いた。


「アハ……ハっハハハハハ、ハハハハァ!

 リカール王国め、とんでもない化け物を育てやがったな! ハハハ! 」


 目の前で困惑するジークを無視して、ルーグは腹を堪えながら笑った。

 ルーグは合点がいったのだ。

 何故、ジークがここまでおかしいのか。

 ここまで破綻しているのか。




 簡単だ。



 ジーク・アルトは戦場に来るまで、一切の優しさとか同情とかの善意を受けて来なかったのだ。

 彼を取り巻いていたのは純度100%の悪意、彼を発掘したスカウトマンに善意など無く仕事をしただけ、そしてその仕事はジークの愛すべき学友によって存分に友好的に利用された。


 本当に、奇跡的に悪意だけがいつも彼の周りに渦巻いていた。


 だから知らないのだ。何もかも。

 物語の主人公が思い浮かべるような楽園をイメージする為の材料すら持ち合わせていない。

 努力をすれば報われると思っていた。しかし、その先に何があるかなんて知らなかったのだ。


 知っているとすれば、自分を踏み台にしていた人々が脚光を浴びる光景。


 多感な思春期を全て悪意で過ごしたこの男に、どうして人の言葉が通じるだろうか?

 この先通じるだろうか?




 悪意の塊で作り上げたこの存在ならば、一体どれだけのことが出来るのだろうか、ルーグは知りたくなった。



「ハハハ……ハハハ……。

 なぁ、隊長。実は王都のお土産話があるんだ。

 聞きたいか?」


ルーグは王都で収穫してきた自身の成果を、ジークの目の前に放り投げた。

まるで、動物に餌付けするかのように。




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