正義の味方気取り
飲み屋の二人の姿が見えなくなり、数日たったある日の朝。
彼等の復讐を心待ちにしていたルーグだが、王都発行の新聞を見てがっくりと項垂れた。
稚拙な反逆者、あっけなく散る。
そんな見出しが載っていたからだ。
ルーグは彼らの名前なんて知らなかったが、20代前半の男女の二人組、そして庶民ということでピンと来た。
彼等は二人では大掛かりなことできないだろうと考え、鉱山で強制労働を課せられている他の奴隷たちと接触した。
しかし、二人の申し出を聞いた奴隷たちは、そんなこと無理に決まってる、ほっといてくれと突っぱねた。
そしてこうも言ってしまった。
復讐する気力があるだなんて、大した仕打ちもされたことないだろう、と。
そこから口論に発展し、あろうことか彼らは殺し合った。
ほんの少しの身分の違い、価値観の違い、どちらがもっと不幸なのか、不幸自慢の末路がこれなのだ。
結果的に、騒ぎを起こしたどちら共々王国軍に制圧され、男の方は射殺。女の方は……詳しくは書かれていないが、見た目はよかったため、性奴隷としてどこかに売り渡されたのかもしれない。
ルーグは天井を仰ぎ見た。
悲しくはないが、虚しい気分だった。
違う、こんな無様なものが見たかったんじゃない。
ふと、周りを見渡すと、職場には誰も居なかった。きっとお偉いさんと会食にでも行ったのだろう。
上司である弟はルーグに仕事を投げ出しており、何も把握していない。
何か咎められた時は、書庫で書類整理でもしていたと言えばいいだろう。
ルーグは空虚な気持ちで、
◇
当てもなくふらふらと王都を歩き回り、お日様が空高く上って、やがて沈みかけた頃にはルーグは広場にたどり着いていた。
ぼーっとしたまま、ルーグはベンチに腰掛ける。
広場を行きかう人々の喧噪。その中には幼い声もあった。
「薄汚い庶民が! お前には荷物持ちの仕事を与えてやる!」
「感謝しろ!」
「うっ……うっ……」
ルーグがそちらの方に視線を向けると、そこには10歳程度の少年たちが居た。荷物を持っていない子供は皆、肌色もよく、髪も整えられている。逆に目いっぱいの荷物を一人で持ち、今にも潰れそうになっている少年は肌色も悪く、髪もボサボサだ。
会話の内容を聞く限り、貴族と庶民のようだ。
違いなど無いのに、とルーグは思った。
王国の王政、ひいては貴族制は現在窮地に瀕している。
限界が来ている。身分制など時代錯誤ではないか、という声が国内外から上がっているのだ。
王国では不満を和らげるため、国に一定額を収めれば貴族として認める法を定めたり、身分格差を是正したり、庶民と奴隷共々最低限度の人権はあると国王自らが宣言したり等……様々な取り組みをしてきたわけだが、貴族の立ち振る舞いも、平民や奴隷の恨みも変わらないままだ。
国は悪くないなんて、とてもじゃないが言えない。
だが、この国の人々をお互いに憎しみ合わせているのは、誰でもないこの国民本人達だ。
その時、ルーグの視線の先で、荷物持ちの少年が重さに耐えかねて地べたに倒れこんでしまった。
この瞬間を待っていたかのように、貴族たちは少年を取り囲んで蹴り始めた。
しかし、誰も止めようとはしない。
ふと、ルーグは思った。
今まで、色々やって来た自分だが、正義の味方って言うのに成ったことが無いなと。
ルーグは子供達のところへと歩み出た。
「その辺にしとけよ」
「あ? なんだ、お前!
……うわ、ぐんたいだ!」
「おれ、知ってるぜ! この銀色のばっちをつけてるのは貴族なんだ!」
「……どうでもいいだろう、俺が貴族かどうかなんて。
いいから、その子を離してやれよ」
今読んだら笑ってしまうような話、だが、昔は確かに目を輝かせて呼んでいた物語の正義の味方のように立ち振る舞う。
貴族の子供とはいえ、流石に兵隊、しかも貴族の人間相手には大きく出れないようだ。彼らは怯えながら、互いに顔を合わせ、謝った方が良いのだろうかと目線で会話する。
一方の荷物持ちの少年は、眩いものを見るかのようにルーグを見上げていた。
広場の喧噪が消え、あたりは水をうったように静まり、ことの成り行きを伺っていた。
ルーグが、もう一度口を広げようとしたその時だった。
「ほぅ……私の孫息子に良い度胸ではないか? 」
「爺ちゃん!」
広場の向こう側から、仕立ての良い背広を着た老人とその護衛らしき男たちが現れた。自分の家、アインリッヒ家よりも遥かに高位な貴族だと、ルーグは一目で理解した。
しかし、権力に屈服する正義の味方がいるだろうか?
「爺さん、お孫さんにきつくしかっとけよ。
弱い者いじめはしちゃいけませ――」
「無礼者!」
顔を真っ赤にした老人は持っていた杖を全力で、ルーグへと振り下ろした。
頭に激痛が走る……だが、戦場帰りのルーグはこれだけでは卒倒しないほどに鍛え上げられていた。
けれども、わざと地面に倒れ込んだ。
「この儂に……コーカサス家の知らぬというのか、愚か者め
正義の味方を気取りおって!
よいか、本当の正義と言うものを教えてやる!」
老人は、護衛に何かを指示した。
すると、屈強な護衛は持っていたバックから札束を空へとばら撒いた。
宙に舞った紙幣が地面へと舞い散り、広場の皆が目を丸くした。
「皆の集! これをくれてやる!
ただし、条件がある!
金を持って行っていいのは、この男を殴った者だけだ!」
静寂。
誰もが、何かを伺うように視線を交錯させる。
だが、結論が出るのにそう時間は掛からなかった。
「……クサイんだよ、正義の味方気取りが!」
「そうよ、これだから貴族は!」
「思いあがりやがって!」
皆が、老若男女全てが、ルーグによってたかった。
誰も容赦しない。
赦しも乞わない。
口々に罵声を叫びながら、痛快そうに。
ルーグの意識はゆっくりと堕ちていった。だが、それでも口元は悲しそうに笑っていた。
老人は、そんなルーグの様子にも気が付かず、自分の言う通り上手く行ったと勝ち誇った笑みを見せた。
「がははははは! これじゃ!
金こそ、資本こそが正義なのだ!」
老人が愛孫を連れて帰り、広場に居た人々も嬉しそうに懐に金をしまい去っていく。ルーグの所に最後まで残っていたのは、荷物持ちの少年だけだった。
なんだ、正義の報酬はたったこれだけかと、ルーグは自嘲した。
しかし。
「……よお、坊主、無事だった――」
「ふざけんなよ! ださいんだよ、お前!
やるんだったら勝てよ! 明日から学校にいけないじゃないか! 」
最後の一撃を加えたのは、この少年だった。
傷だらけになったルーグに手を差し伸べるものは、結局最後まで現れなかった。
◇
ボロボロになったルーグを基地で出迎えたのは、顔を真っ赤にした弟君だった。
「き、き、貴様、よりにもよってドミニク公に無礼を働くとは――」
胸ぐらを掴まんとする勢いで迫り来る弟の顔面に、ルーグは何の躊躇もない右ストレートをお見舞いした。
◇
上官への二度目の暴行……こんな重罪許されるわけが無い。
死刑か、若しくは……裁判長が木槌を叩いた。
「被告、ルーグ・アインリッヒ!
貴官には懲罰部隊への編入を命ずる!
この王都に二度と帰ってこれると思うなよ!」
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