ようこそ、戦場へ
そして、あの日がやって来た。
「だれか、助けてくれ!
アインリッヒ様は何処へ!? 」
「こんなことになるなんて……! 」
「一体、何処が攻めて来たんだ!? 」
当然ながら、実戦を一度も経験どころか想定してすら居なかった王都の司令部はパニックに陥っていた。
ルーグの土産話は役に立った。
彼がジークにもたらした王都の防衛機密は、リカール大隊の進撃に大きく役立った。
最初から杜撰な防衛計画であったが、それすらも初手で機能を失ってしまえば目も当てられない。
それだけではない、ルーグの王都での仕事は目を見張るものがあった。
とある一室で、砲弾の音が鳴り響く中、一人の士官が必死に書類の束を捲っていた。
「お、おい! まだ見つからないのか!?」
「探してるから! 静かにしてくれ!」
彼が血眼で探しているのは、緊急時の予備武器庫の場所。
本来使っている武器庫は殆どが吹き飛ばされてしまった。
その為、旧式の兵器が眠る武器庫を利用しようとしたのだが……残念ながら、誰も場所を把握していなかった。
だからこうして顔面を蒼白にさせながら、馬鹿みたいに必死にページを捲っているのだ。
「あ、あった! このページの筈だ!」
ようやくお目当てのページが見つかったらしい、だが、勢いよくページを捲った先には――。
黒塗り、黒塗り、黒塗り、そして――。
『お探しのページが見つかりませんでした』
「だ、誰がこんな悪戯を! ふざけるな、こんな! 軍法会議ものだぞッ!
……ちょっと待てよ、書類整理って確かあの男が……!
皆、聞いてくれ! 裏切り者の名前が分かったぞ!
そいつは――!」
――砲弾、着弾、爆散。そして、彼は堕ちて来た天井に押しつぶされた。
こうして、王都の守りを直接指揮する司令部、それに王国軍の大勢の参謀が募っていた円卓会議室がほぼ同時刻に破壊されたことで、王国の命運は尽きた。
◇
王都の空が晴れ、そして夕焼けになり、それから燃え上がり始めたころ、とある豪邸の前でこんなことが起きていた。
「手筈は整っております! さぁ、早く馬車へ!」
「流石は自慢の息子だ……!
最低限の貴重品だけを持っていけ! 何、大丈夫だ! 我がアインリッヒの名は三流国家でも十分に通じる! 」
一方、ルーグの実家であるアインリッヒ家は王国からの脱出を試みていた。
既に王都の秩序は崩れた。貴族である彼らは狙われる理由も、狙ってくる勢力が多すぎる。
だから、アインリッヒ家の自慢の息子、ルーグの弟はこの時代で権力を象徴する自家用車では無く、馬車で移動することで目立たなくしようと提案したのだ。
立派になったと満足げに呟く父。確かに、状況としては家族を守る立派な息子なのだが、軍人であるにも関わらず、部下を置いて王国を見捨てようとするのはどうなのだろうか。
しかしまぁ、別の息子よりかはマシだ。
「へぇ、家族団欒かよ。俺も混ぜてよ」
「き、貴様――ルーグなのか!?」
突如現れた人影に、アインリッヒ家の当主は唸った。
顔に走る弾痕、伸び切った後ろ髪、顔に浮かべる笑みに気品は一切感じられず、感じられるのは鳥肌が立つほどの狂気……だが、間違いない。
ルーグ・アインリッヒだ。
この時点で、王都に居た軍上層部が壊滅しており、その他の要職の政治家達も懲罰部隊の暴走を認知してはいたが、外国に失態が漏れるのを恐れた為隠蔽していた。
だからこそ、ルーグの弟は驚いた。
再度、死地へと送った筈の兄が目の前に居るのだから。
「な、何故……貴様が此処に居る……?
……そうか! 貴様、前線から逃げて来たのだな!?
ふん、逃げたさきがまた地獄とは失笑者だな!
しかし、生憎この馬車は満員だ、とっとと失せろ……いや、いっそ、此処で死ね――!」
この前の恨みもある、ルーグの弟は実の兄を亡き者にする為、腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜いた――いや、正確に言えば、抜く寸前まで行った。
だが、相手が悪かった。
ルーグ・アインリッヒは幾重もの獣を亡き者にしてきた猟犬なのだ。
不敵な笑みを絶えさぬまま、ルーグもまた拳銃をホルスターから抜きさった。
さながら、荒野のガンマン同士の決闘、だが、勝者は分かり切っていた。
頭から噴水のように血を吹き出して派手に倒れたのは、ルーグの弟の方だった。
「あがっああああ! がががが、があががが、あががああが、ああ――」
「雑なやり方で悪いな、愛すべき弟よ。
残念ながら、お前と違って俺は兄弟愛にそこまで熱心じゃないからな」
「エ、エリオット!? ――貴様!」
その場には、アインリッヒ家の護衛を務める使用人も居たが、彼らが担当するのはあくまで強盗とか、暴漢とかの連中だ。大してアインリッヒ家に恩も無かった彼らは一目散に逃げだした。
残されたのは、アインリッヒ家の面々だけだった。正しく、家族団欒だ。
いつも、冷たい筈の夜風が、今日に限っては煮えたぎるような熱風を含んでいた。
対峙し合う家族たち――先に口を開いたのは、当主、すなわちルーグの父だった。
「そ、そうだ! それでこそ我が息子だ、ルーグよ!」
「あ、貴方!?」
夫人は思わず抗議の声を漏らす、それもそうだ。最愛の息子の命を奪った男をほめたたえたからだ。
「ルーグよ、本当に立派になった。
弱者は不要の精神を、身を持って証明するとはな、ハハ、ハハハ……。
な、何か望むことは無いか?」
「……」
ふむと、ルーグは顎に手をあてた。どうやら満更でもないようだ。
「私とて、時代に勝ってきたものだ。此処には多くの財産がある!
どれか……い、いや、全部持っていけ!
その代わり、私達を見逃してはくれないか? 何、家族だろう?私がお前に厳しくしてきたこと、それは愛情だというのは分かってくれるだろう?
……へ、返事をしてくれ。なんだ、何が欲しいんだ!?」
「父上、俺は酔いたいんだ」
「は? 酔いたい……?
そうか、酒か! 持っていけ、この家の蔵には50年もののワインや世界中の名酒が――!」
「違うんだよなぁ、父上。
俺は、いや、俺達はもう酒じゃ酔えないのさ」
当主は説得に夢中で気づかなかった、ルーグの背後、燃え盛る屋敷内の林の影から数名の獣共が集まってきていることに。
獣たちは揃いも揃って不敵な笑みを浮かべ、ルーグの横に立った。
「だ、誰だ!? お前達は!?」
「俺達は、アンタらの天敵種さ。
人とは相容れないどうしようもない一匹狼の集まりだ。
――ルーグ分隊長より、射撃分隊各員へ……お楽しみはこれからだ!」
◇
「へへへ、正しく火事場泥棒ですな!」
「いやいや、元はといえば俺んちだからな。お借りするだけだ、永遠に」
「さっすが、男前だぜ、ルーグ!」
自身が思春期を過ごしていた屋敷、一応は共に生きて来た人々が燃えていくのを見て、ルーグは何度も満足げに頷いた。
感無量、今のルーグは正しく感無量だった。
代償は大きい、もうあの優しかった祖母の元へは行けない。
だが、悔いは無い。いや、満足だ。
世界の中心、永遠の栄華と呼ばれた王都の最期、それは地獄だった。
辺り一面にとどろく悲鳴と嗤い声、そして真っ赤に燃え上がった空。
今まで聞いて来たどんなクラシックよりも素晴らしく、どんな絵画よりも美しい。
二つに一つ、誰かが選らばれ、誰かは選ばれない。
この光景の中で、何人が死に、そして何匹が生まれるだろうか。
ルーグは空を見て、その選ばれた彼らに向けて呟いた。
「……ようこそ、楽園へ」
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