休息

「実験施設に行く為の準備をしてきてほしいんだ。行く日付とかは後で連絡するよ」

そう橘に言われた日の夕方。黒澤は家で1人立ち尽くしていた。

準備をしろ、と言われても、何を準備すればいいのか。

「身体でも鍛えておくか……?」

一応人並みより少しは体術等扱えるが、ローグにそれが通用するか、と思えば通じないだろう。

きっとあいつは息子である律を盾に使ってくるはずだ。

「橘に電話してみよう」

橘からもらった電話番号に電話をかける。

数コール鳴った後、橘が電話に出た。

『もしもし。黒澤君かい?』

「ああ。準備って何をすればいいんだ?身体でも鍛えればいいのか」

電話ごしにくすくすと笑っている橘の声が聞こえる。

『ふふっ。準備って言っても、何もする必要は無いよ。強いて言うのなら、休むんだ。きっと君は、疲れているはずだから』

「疲れてなんか無いぞ」

『息子くんの為に、ずっと走り回っていたんだろう?知らないうちに疲れを溜め込んでいる可能性もある』

「そう言われるとな……わかってないだけなのかもしれない」

『身体を動かすのが好きなら、そうすればいい。何か他に趣味があるなら、そっちをやってもいい。気分転換しておいで』

どうして橘は、全くの他人な自分をここまで気遣ってくれるのか。

しかも一度は殺しかけたと言うのに。

『あ、そうだ。もしよければ、一緒にどこか行かないかい?』

「へ?」

『大和君もいるし、みんなで』

「いやいや、俺はあいつに嫌われてるぞ」

『大丈夫だよ。大和君は話せばわかる人だから』

「そう言う問題じゃない……」

『じゃあ合流場所はメールで送っておくから』

そう言うと橘は通話を切ってしまった。

「拒否権無しかよ」

黒澤は仕方なく身支度をすませ、メールで送られてきた場所へと向かった。


 待ち合わせ場所に行くと、もう2人は来ていた。

「待った、か?」

「俺は別に黒澤がもっと遅く来てもよかったんだが」

「こら、大和君」

「フン」

ぷい、とそっぽを向いてしまった大和を見て、やっぱり俺は嫌われてるな……と黒澤は思う。

「ごめんね。大和君、本当は楽しみにしてたんだけど」

「いや、いいよ。無理してそう言われても困る」

「う〜ん……」

「で、どこに行くんだ?」

「黒澤君が行きたいところに行こうかなって」

「俺の行きたいところ?本屋かな」

こうして一行は本屋に行く事に。


書店に入り、あたりを見渡す黒澤。

小説コーナーを発見し、そこへ向かう。

「久しぶりに来たな、書店」

思い返してみれば、焦ってばかりで休息を全く取っていなかった。

橘はこの事を言っていたのだな、と思う。

静かに本を眺める時間は、黒澤には幸せな時間だった。

「何読んでるんだ」

「おわっ!?びっくりした……急に話しかけるなよ」

「何読んでるか聞いちゃダメなのか」

少し不機嫌そうにそう話す大和。

「急に話しかけるな、って言ってるんだよ」

「橘さんに手を出したやつが何を言っている」

「……俺の読んでる本は小説だよ。ミステリー小説。『柊』って人のミステリー小説は先が読めなくてすごくドキドキする」

「へー。ミステリー……橘さんとは違うんだな。橘さんはビジネス書をよく読んでいる」

「お前は何か読むのか?」

「俺は滅多に読書はしない」

「そうなのか。なんか勿体無いな」

読書は気分転換にもなるし、知識も増える。

だから黒澤は読書が好きだ。

「同じような事を橘さんにも言われた」

「まぁ、人の好きはそれぞれだからな。とやかく言う気はない」

「そうか」


 しばらく書店で本を見ていた一行。

外を見れば、空は暗くなっていた。

「そろそろ帰ろうか。在真君も、少しは気分転換出来たかい?」

「あ、ああ。ありがとうな」

「ふふっ。よかった。施設には明後日に行く予定だ。それまでゆっくり休んでくれ」

「わかった」

 2人と別れ、帰路に着く黒澤。

いよいよだ。律を助けられる。

ずっとローグに苦しめられていたんだろう。

「……待っててくれよ、律」

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