悪夢

『大和くん、お注射の時間だよ。ほら』

「……っ、いや、いやだっ……!だれか、たすけ」

必死に走る大和。しかし、注射器を持った大人は背後から早いスピードで追いかけてくる。


 ——————


「う、うわぁぁぁっ!」

 がばり、と大和はベッドから跳ね起きた。

いつぶりだろうか。悪夢を見たのは。

誰かから追いかけられ続け、無理矢理注射をうたれる夢。

大和は注射の針を見るのと薬を飲むのが苦手だ。

何故そうなったのかは大和にもわからないが。


 息を整え、ナイトテーブルに置いてある時計を見る。

午前2時丁度を指している。深夜に起きてしまったようだ。

「どうして、こんな夢を見続けなきゃいけないんだ……」

頻度は減ってきているが、ずっと悪夢を見続けている。

正直言って、とても辛い。

「気分悪い……寝てもまた夢見るの怖いしなぁ」

橘さんに電話をかけてみようか、とも思ったが、今は深夜だ。

きっと寝ているだろう。


「う〜、すいません、橘さん!」

意を決して、大和は橘に電話をかけた。

何度もコール音が鳴り響き、流石に寝ているか、と落胆していた時『もしもし?』と橘の声が聞こえた。

「た、橘さん?」

『ごめんね、ちょっと調べ物してて電話に出るの遅くなった』

「起きてたんですね……」

『うん。それにしても、大和君がこんな時間に起きてるなんて珍しいね』

「それが……その」


 大和が悪夢について話すと、橘は深刻そうに『そうか……』と呟いた。

「はい。また夢を見てしまうかもしれないので寝れなくて」

『私がいたら寝れるかい?』

「え?」

『いや、誰かいたら安心するかなと思って』

「そんな、大丈夫ですよ。橘さんが眠れないじゃないですか」

 確かに側にいてもらえれば安心はするが、橘に迷惑をかけるわけにはいかない。

彼は彼でやる事があるのだから。

『私はいいよ。少し寝たし。それにまだ調べたいことが終わってないんだ。大和君の家でやってもいいかな?』

「わかり、ました」

 大和は橘の優しさに甘える事にし、橘が来るのを待つことにした。


 数十分後。

ガチャ、とドアが開く音がし、橘が家に来た。

「こんばんは、かな?大和君」

「橘さん……すいません、こんな夜遅くに」

「いいよ。それより、体調とか大丈夫かい?」

「大丈夫です。橘さんの声を聞いたら落ち着きました」

それを聞いた橘は、くすり、と笑い「それはよかった」と大和の頭を優しく撫でた。

頭から離れていく橘の手をそっと掴む大和。

「橘さんの手、大きくて、あったかくて、好きです」

「本当に大和君は私の事が好きだねぇ」

「やめて下さいよ、そんなこと言うの」

「ふふ、事実だろう?私も大和君の事、大好きだよ。大切な家族だ」

「そう言えば、何を調べてたんです?」

「ん、ああ。毒を使う殺し屋についてね。何かないかなって探してたんだけど」

『毒を使う殺し屋』と聞いた時、大和が悲しそうな顔をしたのを橘は見逃さなかった。

「ね、大和君。やっぱり何か隠してないかい?」

「隠す?何をです?」

「バーで『毒を使う殺し屋』って言った時、君は悲しそうな顔をしていた。何かあるんじゃないか?」

「……わかり、ません。わからないんです……何故か、悲しくなってしまって」

「大和君が忘れるなんて、珍しいね。何か思い出したら教えてくれると嬉しいな」

「はい」


 再び寝る準備をして、ベッドに潜り込む大和。

橘が側にいてくれるのだ。きっと今日はぐっすり眠れるだろう。

「おやすみ、なさい」

「うん、おやすみ。大和君。ゆっくり休んでくれ」

 少しして、すぅすぅと寝息が聞こえ始めた。

「大和君、無理しないでほしいのだけれど」

大和の様子を見ながらパソコンを起動させる橘。

パソコンの画面には、毒を使う殺し屋の依頼サイトが表示されていた。

「私を殺してくれ、と依頼すればこの殺し屋さんに会えるかな」

会って何かをする、と言うわけではなかった。

ただ単に気になったのだ。自分たちより先に依頼を終わらせた人物が。

橘は覚悟を決め、依頼サイトにある殺してほしい人の欄に自分の名前をうちこんだ。

「この事を知ったら、きっと大和君に怒られるだろうなぁ」

復讐が終われば、自分は死ぬのだからいいだろう。

そう思いながら、橘はパソコンの電源を落とした。

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