兄
結局、昨日は写真の事を考えていたらすぐに翌日になってしまい、あまり眠れなかった。
寝る気にもならず、近所を散歩することに。
社長が嘘をついているようには見えないが、写真に触れた際、確かにお兄さんがいた。
これは、どう言うことなんだろう。昨夜からずっと考えていることだ。
しばらく歩いていると、見覚えのある人とすれ違った。
黒縁メガネをかけた、灰色の髪を持つ男性。社長の写真に触れた時に見た男性とそっくりだ。
「あ、あの」
勇気を出して、声をかけてみる。すると男性は振り向いて、オレに何か用か?と言った。
「えっと、
「そうだが……どうしてオレの名前を知ってるんだ」
写真の事などを話し、軽く自己紹介をする。
「少し、社長の事についてお聞きしたいんですが……」
その言葉を聞くと、彼は深いため息をついてうなずいた。
「わかった。話そう。立ち話もなんだから、お茶でもしながら話そうか」
兄弟は似るものなのか、雰囲気や仕草など、どことなく社長っぽい。
カフェに案内され、一雅と蓮は向かい合って座った。
お客さんは1人もいない。でも、静かな雰囲気で良い店だ、と思う。
「一雅さんは、社長のお兄さんなんですか?」
「ああ。実の兄だ。ただ、昂鷹はオレの事を知らない。いや、違うな。オレの記憶がない、と言った方が正しいか」
「記憶が、ない?」
『消したんだ。昂鷹から、オレに関する記憶の全てを』
店員がコーヒーを持ってきて、テーブルに置いていく。
話を聞くと、一雅さんは記憶を操る能力を持っていて、それを使って社長の記憶を消した、と言うことらしい。
「どうしてそんな事を」
「詳しい理由は言えないが、あいつを救うため、ってことくらいは言えるか」
コーヒーを飲みながら話す姿は、やはり社長と似ていた。
「なぁ。1つ、お願いがある」
「お願い、ですか」
「ああ。昂鷹は、辛いこととか、全部1人で抱え込んじまうんだ。無理しすぎる。だから、自分をもっと大切にしろ、と声をかけてやってくれないか」
その話を聞いて、社長が無理をしすぎて体調を崩した事を思い出す。
大丈夫ですかと社員達に聞かれても、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、とはぐらかしていた。
「昔からそうだった。抱え込んで、辛いのに助けを求めない。泣く事もしない。ずっと苦しみ続けてる」
「社長……」
「蓮。あいつの事、頼んだぞ。あと、くれぐれもこの事は口外するなよ」
わかりました、と蓮がうなずくと、一雅は安心したように微笑んだ。
「一雅さん。お話、ありがとうございました」
「すまんな。心配かけてしまって」
「いえ。少しでも社長のお話が聞けてよかったです」
「そうか。あいつも良い部下を持ったものだな」
突然、一雅のスマートフォンに着信が入った。
「……チッ。またあいつか……ああ悪い、コーヒーの分、そこに置いとくから、払っといてくれ」
一雅はテーブルにお金と何かを書いたメモを置いて、じゃ、と去っていった。
「行っちゃった……でも、いい人だったな」
テーブルに置いてあったメモには、話ができてよかった。コーヒー代2人分は置いたお金で払ってくれ。と書かれていた。
流石に初対面の人に奢ってもらうわけにはいかないので、自分の分は自分で出した。
次会った時に返そう。
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