警察署

 数日後。大和と橘は、例の警察署に足を運んでいた。

「大和君まで連れてくるつもりはなかったんだけどな……」

「何やらかすかわからないので、見張りです」

 本当は橘だけで行く予定だったが、何があってもいいように俺も連れて行って下さい、と大和に言われて、仕方なく連れて行くことに。


 しばらくして、1人の男性が歩いて来た。

彼の名は齋藤椿さいとうつばき。警察官であり、橘と幼馴染。

彼を見て、橘は腰を上げて歩き出した。大和は慌てて後を追う。

「やぁ、椿。元気にしてたかい?」

 橘が話しかけると、椿は露骨に嫌そうな表情を作り、何しにきたんだと低い声で言った。

「少し話があるんだ」

「話?そんな暇はねぇ。さっさと帰ってくれ」

不機嫌さを隠そうともせずに橘と接する彼を見て、大丈夫だろうか、と不安になる大和。

「困ったなぁ……どうしても聞きたい事なんだけど」

 そう橘が言うと、彼は考えるそぶりをしてから諦めたように言った。

「わかったよ。少しだけな」


 向かい合って座り、椿は懐のタバコケースからタバコを取り出して口に咥え、火を付けた。

「そういや、そっちの奴は見ない顔だな。お前の知り合いか」

「ああ、私の秘書をしてくれている大和君だ」

タバコの煙をはきながら何やら思考している様子の椿。

「秘書、ねぇ。……で、聞きたい事ってのは何だ」

「うん。前に、男性が刺されて亡くなった事件があったのは覚えているかい?」

「覚えてるさ。しかし、どうしてそんな事を聞く?まさか、解決できないからって冷やかしにでも来たのか」

「いやいや。そんな事をしに来たんじゃない。こっちもそこまで暇じゃないしね。進展を聞きに来たんだ」

「はぁ、そうかよ。生憎だが何も進展はない。これでいいか?」

「そうか。わかった」


『椿さんっ。これ、頼まれてた書類です』

 明るい声が聞こえて橘が顔を上げると、そこにはターゲットである三浦咲が書類を抱えて立っていた。

「ああ、サンキュ」

「今日もかっこいいですね、椿さん」

「んな事よりさっさと仕事に戻れ」

「了解です」

嬉しそうにしながら戻っていく彼女を見て、椿はため息をついた。


「あの子は、椿の部下かい?」

「部下……まぁそうだな」

椿の歯切れの悪い返事に疑問を覚える橘。

「随分と歯切れの悪い言い方だね。あの子と何かあった、とか」

「お前に言う事じゃないだろ。関係ねぇ。これで話は終わりだ。秘書連れてさっさと帰れ」

「……わかった。大和君、帰ろう」

「えっ。でも」

もっと聞かなくてもいいのかと思いながら、歩き出した橘の後を追う大和。

そんな2人を見つめながら椿はタバコの煙を吐き出す。

「社長、ねぇ。あいつも偉くなったもんだな」


「よかったんですか? 帰っちゃって。近くにいたのに」

「いるって事が確認できただけいいさ。あとは私に任せてくれ」

——何だか納得いかないが、橘さんがそう言うなら大丈夫だろう。

 横断歩道を渡っていると、大和の脳裏に、2人が車に轢かれている映像が映った。

「……っ」

「大和君? どうし、」

「危ないっ!」

橘の背中を突き飛ばし、2人は歩道に転がり込む。

先程2人がいた場所には、ガードレールに衝突した車の姿があった。

「どうして、車が」

「俺達を轢こうとしたんでしょう」

「私達を轢く?」

「ええ。さっき、俺達があの車に轢かれている未来が見えたんです」


 ガードレールに衝突した車は、方向を変えて再び大和達を目掛け走ってくる。

「仕方ない。橘さん、離れてください」

 大和の言いたい事がわかったのか、橘は頷いてみせた。

「……じゃあ、後は任せたよ」


 大和が手につけていた黒手袋を外すと、手にぼぅっと炎がまとわりついた。

「どこの誰だか知らんが、俺達を甘く見ないで欲しいな」

大和が放った炎は一瞬で車を包み込み、燃え広がった。

 おそらく誰かがこの車を操って自分達を轢くように操作したんだろう。

しかし、襲われる心当たりが全くない。

 考え込んでいる大和の後ろから、橘の声が聞こえた。

「やっぱり大和君の炎はすごいねぇ」

「離れててって、言いましたよね」

「すまない。つい気になってしまって」

相変わらずだなと思いつつため息を吐く大和。

「まぁ、いいです。一応聞きますけど、怪我、無いですよね?」

「ああ」

大和は炎に包まれた車に背を向け、先に歩いていく橘を追いかけた。

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