作戦会議

 路地裏に薄く漏れている明かり。

ドアを開け、2人は店に入る。

からんからん、と音が鳴り、カウンターにいたバーテンダーがこちらを見た。


『いらっしゃい、昂鷹。そちらの人は……ええと、大和さん、ですよね』

 見知らぬ人に名前を呼ばれ、大和は戸惑いつつも「そうです」と返事をする。

名乗ったわけでもないのに、なぜ彼は名前を知っているのか。

「ああ、そういえば大和君にはまだ紹介してなかったね。彼は笹間涼介さざまりょうすけ。このバーのマスターだ」

「は、はぁ」

「涼介とは昔からの知り合いでね。たまにここで飲んでるんだ」


 店内を見渡してみるも、2人以外に客の姿は見えない。とても静かだ。

作戦会議をする、と言っていたが、橘はこの店でどうやって作戦会議をするつもりなのだろう。

「今日は飲みに来たんですか? それとも……」

「色々と話したいことがあるんだが、良いかな」

 涼介は無言で頷き、2人を奥のカウンター席に勧めた。

「そういえば、ここに来る前にね。車に轢かれそうになったんだ。大和君が助けてくれていなければ、私は死んでいたかもしれない」

「車に?それは災難だったな……」

そう言って、涼介はワインを2人の前に出した。

いまいち状況がわかっていない大和に対して、優雅にワインを飲む橘。

「大和君も、どうだい?美味しいよ」

「あの、橘さん。どうしてここに来たんです?」

「ん?ああ。ここはね、私達のような裏社会にいる人間が来る所だ。涼介は、ここのバーテンダーだけじゃなくて、情報を渡したりする仕事もしている」

「情報を渡す仕事……」

「危険が伴うから、常に短剣を隠し持ってるんだ」と言い、涼介は大和の前に短剣を置いてみせた。

「おもちゃじゃないのか」

「まさか。本物だよ。おもちゃで身を守れって言うのか」

「……冗談だ」

くすくすと橘に笑われ、大和は罰が悪そうに顔を背ける。

「場が和んだところで、そろそろ本題に入ろう。涼介。この女性を見たことは?」


 橘は胸ポケットから一枚の写真を取り出し、涼介に渡した。

「へぇ。元気っ子って感じの女性だな。この女性が次のターゲットなんだな」

「ああ。名前は三浦咲。警察署で働いていて、過去に殺人をした事がある」

「人は見かけによらない、か。怖いねぇ。で、彼女について、どんな情報が知りたいんだ?」

「過去に彼女が殺害した人の名前、かな。後、交友、恋愛関係とか」

 涼介は頷き、少し待っててくれと言い残して店の裏へと消えていった。


 しばらくして、涼介がメモを持って戻ってきた。

「過去に数回殺人をしていて、被害者は全員女性。中には学生もいる」

涼介からメモを受け取り、内容を確認する。

「なるほど」

「交友関係はまあまあ。まだ彼氏はいない。ただ、好きな人はいる。好きな人は数回変わってる」

「その好きな人の中に、内山蓮という男性は?」

「さあね。そこまでは分からない」

内山蓮?

聞き覚えのある名前を耳にして、大和は橘を見る。

「実はね、この間の昼休憩の時に蓮君から三浦咲についての話を聞いたんだ。娘さんと奥さんが殺されたらしい」

「そう、だったんですか」

「ああ。それでだ。今までの話を聞いて、私はこう仮説を立てた。彼女は、好きな男性の周りにいる女性が邪魔で、殺したかったのではないか、とね」

 確かに、そうかもしれない。

好きな人に振り向いてもらうのであれば、周りの女性は邪魔だろう。


「今回の作戦だが……。まず、私が椿を誘って飲みに行く。そうすると、彼女もついてくるはずだ。見えないようにこっそりね。そこを大和君に、誰にも気づかれないように殺してもらう」

「待ってください。彼女がついてくるって確信、無いですよね?」

「いや。彼女は絶対に椿についてくる」

「うーん……」

 どうしてそう言い切れるのだろうと腑に落ちない大和。

「できるかい?」

「……橘さんの説明には納得いかないですけど。やりますよ。仕事ですから」

ワイングラスを眺めながら答える大和。

そんな大和に、橘はこう言った。

「ねぇ、大和君」


『君は、私を殺せるかい?』


「……は、い?」

「君は今、仕事だからやる、と言ったね。なら、私を殺せと言う依頼が来たら、私を殺せるのかなと思ったんだ」

そう語る橘の顔は、とても悲しげだった。

「そんな事……できません」

か細い声で返答する大和に、力なく微笑む橘。

「すまない。今の発言は、忘れてくれ。少し酔っているのかもしれないね。そろそろ帰るよ。ご馳走様」

 2人分のお金を置いて、橘は店を出て行った。

大和もその後を追うように店から出て行く。


 店の周りを見るが、すでに橘の姿はなかった。


 ——君は、私を殺せるかい?

橘は、どう言う思いであの言葉を言ったのだろう。

考えてみても、何もわからない。


 もやもやとした気持ちのまま、大和は帰宅した。

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