宿泊
翌日の夕方。
蓮は、橘との約束通り、会社の外の広場で待っていた。
「うぅ……緊張する」
まさか、社長の自宅に泊めてもらえる日が来るなんて。
誰とでも分け隔てなく接し、みんなからとても信頼されている。
そんな社長の自宅に行くのだ。緊張しない方がおかしい。
『待たせてしまったかな』
背後から声がして振り向くと、柔和な笑みを浮かべた橘が立っていた。
「いっ、いえ!今来たばかりですから!」
「ふふっ。さて、行こうか」
電車を乗り継ぎ、しばらく歩くと橘の自宅に着く。
蓮が想像していた家とは違い、ごく普通の家。
「想像してた家と違うかい?」
「え。あ、まぁ……。社長はもっとこう、高級そうな家に住んでいたのかと」
橘はくすくすと笑い、みんなにそう思われるんだ、と言った。
「意外と普通の家、ですね」
「偉い人全員が高級そうな家に住んでいるわけではないよ」
確かにそれもそうだ、と思いつつ、蓮は家に上がらせてもらう。
「適当に座っててくれ。何か菓子でも出そう」
そう言って橘はキッチンに向かった。
大丈夫ですよ、と言ったが、聞こえてなかったのだろうか。
ソファーに座り、部屋を見渡す。
隅々まで掃除しているのか、部屋全体がとても綺麗だ。
家具は白色か黒色のものが多い。
統一性のある、とても素敵な部屋だと思う。
ふと、気になるものを見つけた。
棚の上に飾ってある、1つだけの写真立て。
何も棚の上に飾っていないから、とても目立っている。
近くで見てみると、橘とそっくりの、メガネをかけた男の人が橘と一緒に写っていた。
「お兄さん、なのかな」
社長に兄がいた、なんて聞いた事ないし、どうなんだろう。
少し、見てみようか。
そう思い、蓮が写真に触れると、この写真を撮った場面が見えた。
蓮は、触れたものの記憶や思い出などを見ることができる能力を持っている。
『昂鷹、あまりはしゃぎすぎるんじゃないぞ』
『
『ふふっ。わかった』
ザザッ、とノイズが入り、映像はそこで終わった。
「不思議だな。いつもはもう少し映像が見えるのに……」
写真立てを元の場所に置き、ソファーにもう一度座る。
すると、丁度橘が茶と菓子を持って戻ってきた。
「殺風景でつまらない部屋だろうけれど、ゆっくりしてくれ」
「いえ。いいですね。こう言う、統一性のある部屋。俺、好きですよ」
「そうかい?ふふ、ありがとう。嬉しいよ」
蓮がお茶や菓子を食べている間、橘はずっと写真立てが置かれている場所を眺めていた。
今までに見たことのないような、悲しい顔をしながら。
「社長。どうしました?」
多分、あの写真に何かあるのだろうと蓮は思うが、何も知らないふりをして聞いてみる。
「……いや、なんでもないよ」
橘は、ふぅ、とため息をついて蓮に向き直った。
「あの写真、誰と撮ったんですか?素敵な写真ですね」
「ああ。私もそう思う」
しかし、言葉とは裏腹に、橘の表情は暗い。
その後、蓮は何も聞けないままだった。
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