仕事
「大和君。ちょっと」
大和が橘に呼ばれたのは、昼休憩の時だった。
「なんですか?」
「依頼の件、彼女の情報について少し調べてみたんだ」
そう言って橘は大和にノートパソコンを見せた。
画面には、三浦咲についての情報……ではなく、警察署のホームページが表示されている。
「警察のホームページ……?」
「彼女、警察署で働いているらしいんだ。詳しいことはまだわからないけれど」
依頼を受けてから短時間でそこまで情報を得る事ができるのは、橘だからこそできる事だろう。
社長の仕事の速さには毎回驚かされっぱなしだ、と大和は思う。
「警察官ですか。これは大仕事になりそうです」
「うん。まぁ、大仕事ばかり回されても困るけどね」
苦笑まじりにそう言われ、確かにそうですね、と返した。
「もう少ししたら、彼女の近くを探ってみようと思う。警察署に用事もあったし、ちょうどいい」
「相手は警察です。気をつけてくださいよ」
分かってるよ、相変わらず大和くんは心配性だね。と言いながら席を立つ橘。
「どこへ行くんです?」
「昼休憩の後に少し社内を見回り。何かあったら後で教えてくれ」
バタン、と社長室のドアが閉まり、はぁ、と大和はため息をつく。
「気をつけてくれないから言ってるんですよ……まったく」
* * *
売店でおにぎりとカフェラテ、大好物のチョコレートを買い、会社の外の広場にあるベンチに腰を下ろす。
「大和君が動きやすいように計画を立てる必要もある……依頼人はできるだけ早く、と言っていたようだけれど」
おにぎりを頬張りながら、今後の予定を考える。
どうすれば大和君が迅速かつ丁寧に任務をこなすことができる?依頼人が裏切る可能性は?
警察に疑われないようにするためには?
様々な可能性を考え、臨機応変に対応できるようにする。
『……社長、橘社長!』
突然名前を呼ばれ、肩がびくり、とはねた。
持っていたカフェラテを溢しそうになる。
「な、何だい?急に」
「何回も呼んでたんですけど。全然気づいてくれてなかったんですね」
彼——
「すまない。少し考え事をしていたものでね」
「社長って、いつもここで昼休憩してるんですか?」
「気分によるかな。社長室で食べることもあるし」
「ふーん」
「……内山君。何か悩み事でもあるのかい?私でよければ話を聞かせてほしい」
「え……?」
「思い詰めたような顔をしていたから」
橘が蓮に顔を向けると、蓮は力なく微笑んだ。
「はは、やっぱり社長には敵わないですね。でも、大丈夫です」
橘はそれ以上悩みについて深追いしなかった。
誰だって、聞かれたくないことの1つや2つくらい、あるだろう。
「無理はしないようにね。とても心配だ」
「……社長は、幸せそうで、いいですよね」
ぽつり、と蓮が呟く。
少しして、はっ、となり、すいません、と謝る蓮。
「いや、大丈夫だよ」
しばらくして、不意に蓮が口を開いた。
「俺、つい最近までは妻と娘と3人で暮らしてたんです。ずっと幸せに暮らせるって、信じてたのに」
「何か、あったのか」
「俺の妻と娘が、殺されたんです」
「殺された、か。警察には言ってないのかい?」
「……はい。言ったら、俺も殺されるから。それに……俺の妻と娘を殺したのは、警察の人だったんです」
悔しそうに唇を噛み締めている蓮を見て、橘はどうすることもできずに、そうか、と言うことしかできなかった。
「女性でした。名前は『三浦咲』。おかしいですよね。わざわざ自分から名乗ってきたんですよ」
その名前を聞いて、橘は驚く。
まさか、ターゲットの名前を社員から聞くことになるとは、思っても見なかった。
「……社長。俺、これからどうしたらいいんでしょう」
少し考えて、橘はこんな提案をした。
「しばらく私の家に泊まるかい?一人でいるよりはずっといいんじゃないかな」
「いいんですか……?」
「ああ。明日、泊まる用意をして帰りにここで待っててくれ。案内するよ」
「社長、優しいですね。ありがとうございます」
蓮は先ほどとは打って変わって、嬉しそうに微笑んだ。
「いやいや。じゃあ、私は戻るよ」
近くのゴミ箱に食べ終わったゴミを捨てて、橘は社内の見回りへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます