第4話 灯と彩恵

「「あっ…。」」

 思わず敵とハモってしまった。よく見ると彼女は自分と年は近く見える。ヤバイ、こいつも倒したほうがいいのかな。しかしその目は明らかに普通の人間そのものだった。


 マホロバンの掟その1。 この組織は国には知られていない。したがって一般人を攻撃したら犯罪とみなされてもおかしくない。一般人は峰打ちに済ませて、後は警察に任せること。


 それを聞いたとき、畠田灯ハタケダトモスは笑わずにはいられなかった。なんでここで警察を使うんだよ、警察にできないことをするのがヒーローじゃん。

 しかし今、その意味がわかったような気がした。

 女がこちらに気づいたようだ。

「若旦那様、こちらで何をされていますか。」

「お前、ここに勤務して何年目だ?」質問を質問で返した。

「この前2年目を迎えたところでございます。御用がございませんでしたら、お立ち去りを要求致します。」

「なんか…、嫌々働いているところを見てさ、ちょっと昔の俺を思いだしちゃってさ。」

 予想はついていた答えを出してきた。「それは私とは関係ないことです。」

 ムッとした顔を彼方に向けて、また沈黙に沈んでしまった。

「でもさっき、死にたいって言ってたじゃん。あれは嘘には聞こえなかった。」

 沈黙を破った俺は、彼女の目が大きく開いたのを見逃さなかった。


 マホロバンの掟その2。敵であれども時には助ける。但しその人物が何を考えているのかが分かりづらい時は止むを得ない。進力図書の一般社員は一般人として接することも忘れずに。


 うわ、とんでもないことしちまった。この方一応会社員だから、敬語で話さないと。

「ところでお姉さん、先ほどの演説の件ですが、貴女の子供の教育への意気込みは大変熱心に聞こえました。そのような熱意がどのように来られたのか、お伺いしても宜しいでしょうか?」

 一瞬だが彼女の口角が上がった。そして答えた。

「中卒でも、質の良い学力を持っていたら生きていける、逆に大卒でも学力が低かったら生きていけない、という事を子供達に体で分かってほしいからです。こう見えて本来なら、今年で高校3年生になる筈だったので…。」

 そう言いかけて、ドキューの部下は声を詰まらせた。

「なるほど、要するに俺の一個下で今年18歳になるんだな?」

「…はい、正直ここは子供だけでなく社員にも非情な職場です。例えば週7日出勤で午前8時半から午後9時までの勤務時間、有休は研修旅行で使われます。仕事始めは元旦に休めるか否か、年末は休みなんてありません。保険には一応全員入っておりますが、真面まともな対応はしてくださいません。しかも社員の子供には強制的に弊社の通信講座を受けさせます。それを拒むと強制的に辞職させられます。最悪…、先程の同僚のような姿で一生を過ごす羽目に…。」

 でも、と言いたげな瞳を天井に向けて彼女はそう続けた。

「もう十分だ、ありがとう。お嬢ちゃんそれ明らかに労働基準法に触れているから今すぐ辞めるべきだ。金なら他の職場で稼ぐべきだ。それとも、何か、ここじゃないと出来ない、最悪の職場で叶えたい夢でもあるのか?」

 ぼんやりとした表情のまま、でも強い気持ちをぶつけられる羽目になった。


「働きたくて、じゃなくて、私は実験体。働かされて、上司の都合に合わせて生かされる。役立たずになると、そこで最期です。」


 そう言うと、その社員は右掌を灯に差し出した。手相を指差すと、シワがJを書いている。こんな手相もあるんだと、呑気なことを考えていた。

「私の別の名前は、青少年学力体力向上委員会人造支援部『JUNIOR《ジュニア》』第一号、ジェイと申します。」

 青少年学力体力向上委員会人造支援部とは、進力図書独自の部署で、チャイルドニウム搾取中に取れた副産物を利用して、俺らが倒すべき、ティアーバカダの「製造」を行っている。その中でもJUNIORは、生身の人間の状態を保ちながら、ティアーバカダとして働く、「新種」の社員なのだ。彼女の「J」は、その事を証明していた。

 そう、ティアーバカダになったら、人間としての命はなくなるのだ。


 ジェイの能力は、「回復」なんだそう。回復させたい相手に掌を向けて、全身に力を込めると、骨折や大量出血もある程度落ち着かせられる、とのことだ。だが一歩間違えると、自分の体力を全部使い切って、彼女自身の生命に大きく影響する。それを知っていながら、自分のことは後回しに、何人もの社員を支えていたらしい。


「それって、やりがいはあるのか?自分は満足なのか?」

「やりがいはあります。」と作り笑いをジェイは灯に見せた。

 彼は何か言おうとしたが、やめておいた。

「こら君、うちの部下に何を気安く話しかけているんだ。」





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