第3話 残酷な契約

「よっし、やっと全員揃ったな!」

 なんて呑気なことを言う赤。こいつがリーダーなのか?緑が私たちに向かって続ける。

「なんとか脱出ルートは確保できたから、後はその2人を倒すだけ。」

 上司の舌打ちがハッキリと響いた。だがすぐに顔の部分が僅かに光った。

「フフフ、倒せるなら倒せ。だが今の私はほぼ無敵だ。」その瞬間赤と黄色が人造人間をスマホで倒そうとした。恐らく銃モードにでも変えたのだろう。(よく分からないが、遠くから何か飛ばしてきた)この二発が不運にも命中した。幸い心臓や脳にあたる、メインコンピュータは貫かれなかった。

「それで弱点を狙ったと言ったら大間違いだ。」と彼は嗤った。そして突然の爆音を出す。驚いた5人はしばらく動かなかった。

 その隙に私たちは逃げた。


「なぁジェイ、いや宮滝。悪いが今回の企画によるボーナスは無くなってしまった。そろそろ新しいリップでも欲しかっただろうが、我慢してくれ、なっ。嗚呼、さっきの餓鬼にあちこちを痛めつけられてしまった。頼む。」

 と、ドキューはジェイに負傷部を見せた。すかさず彼女は自らの手を前に出して、両脚を開き、全身に力を込めた。その力によって掌から溢れた光は、上司の身体に届いた。


 これこそ、彼女が無理矢理の改造手術で手に入れさせられた能力だ。


「ありがとうよっ。さて、企画についてだが、実は万が一の時に備えてもう一つ搾取機を持ってきていたのだよ。いやぁ出費が痛かったけどな。今それを持って来るから、マホロバンが来たらこれで対応してくれ。」

 ドキューは1人残った部下の携帯のアプリを指差した。自爆機能付きのそれは、チャイルドニウム搾取計画の責任者が本来持つものだった。何故私に?もしかして部下を置いて逃げるつもり?マホロバンを倒すためだけに私も死ねというの?感情の無い最後の一言を放ったら、上司はさらに奥の倉庫に向かって行ってしまった。


 古く人気の無い何かの店か塾の跡地だったが、なぜか地下にも部屋があったこの建造物は、搾取にはもってこいの環境だった。だがさっき平社員が言ったように、たまに地元の人が前を通ることがあるので、偶然にも子供の声を聞いたら、警察だって飛んでくる。NPOか何かの団体が企画した子供向けのキャンプに向かおうとしていた子供達を誘拐して、今頃本来ならもう着いている所にいないことから、保護者からの不安の声もあるに違いない。それを伝える大人たちは、今頃眠りから覚めて、動けないことを知ることだろう。


 正直、ここに就職する気などなかった。むしろ一つの道具として無理やり働かされている。本当は今頃、卒業後の進路に向かって勉強でもしていたはずだ。勉強、と思って、宮滝彩恵ミヤタキサエのかつての苦しみが思い出された。いや、多分今はそれとは比べ物にはならないだろう。



 彼女が通っていた中学校は、教育関係企業の進力図書の協力校に選ばれた。協力する学校は、選ばれた年の翌年に入学した生徒たちが卒業するまで、進力図書シンリキトショの教材を授業に使う。基本は国数英理社の五教科だが、実技教科や態度にわたってもその企業に指導された。成績も学校に加えて彼らに評価される。特に辛かったのが、総合成績の順位が学年全員に公開されることだ。それに沿うように、学年内では大きく優等生・中位・ちょっと問題扱いされやすい人の3グループに分かれて、思いおもいに纏まって行動していた。


 その中で彩恵は、勉強はできる方だが体育と美術は苦手な方だった。ただ態度においては非常に良く、校内では優等生のグループに入っていた。真面目で努力家、他人にも厳しい彼女は他のクラスメートから嫌われていた。無視・陰口・変なあだ名・冷たい視線は日常茶飯事、酷い時はノートを勝手に見られていて落書きされていたこともあるし、必要なプリントを破かれていたりもあった。そんな中、頼れる友人もいたがそのようなことに対して何も行動は出来なかったようだ。先生はそのことを話したら「それは思い込みじゃない?」とか「優しくしてくれる人もいるだろ」などと言われる。また、栗色の地毛は美しい魅力とは見てもらえず、先生達からも染めていると疑われ、何か彼女とのことであったときは、下級生からも「校則破り」と言われたものだ。


 特に酷かった学年主任は(3年の時は進路指導だった)考えの古い人だった。生徒たちには自分に厳しく、人に優しくするように指導し、特に成績の悪い人たちを悪く言う割に、理科の授業はもはや中学生レベルではない難しさだった。その中でも真面目に聞いていた彩恵のことを彼は特に目をやっていた。しかしいじめのこととなると、決まって


「他人や環境に文句を言うのではなく、自分が変わろうとしなさい。そんなことに目を向けず、誰にでも親切にしなさい。」


 と言う。それを聞いて彼女は、他人に対して心を閉ざし始めた。


 両親はと言うと、出来るだけ彼女の希望に沿った進路を肯定し、心優しい人間になるように育てた。ところが不登校をあまり良く思えず、彼女が登校を渋った時は声を荒げてしまっては後悔することも多かった。又、兄のいた家庭だったので、彼女が遠方の高校に進学したいと言った時は、金銭上無理だと説得していた。彼らはそれを後悔しているのだろうか?

 いや、私が行方不明者として扱われているのは進路が嫌だったからではない。確かに受験勉強はもちろん、企業にまで見られる日々の学習は辛かった。でもそのお陰で公立の難関高への進学という選択が見えていたのだ。(そこで虐められていたら元も子も無かっただろうが)



 あれは公立の一般選考試験を終えた翌日のことだった。


 あれだけ嫌だった義務教育を卒業するまであと1日しかなかった。卒業式に向けての歌の練習というナンセンスな事を体育館で行なっていた。この時はいくら虐めたくても先生が尖った視線をこちらに向けられて折角の静粛な空気を壊すだけなので、誰も彩恵に対して蹴ってきたりする女子はいなかった。だがその後は中学校最後の学年終礼という事で、あらかじめ荷物は教室から持ってきていた。恐らく鞄の中身は無事ではないだろう。そんな彼女の憂鬱には誰も興味を向けず、ただ給食の後だから眠いとか、早く帰って遊びたいという意識の中、まずは生徒指導が話を始めた。

 誰もが真面目に聞いていたようだったが、二人目、三人目と話しているうちに、少しずつ気が緩んできたようで、後ろから彩恵の陰口が聞こえてきた。そうしていると、ステージで話している担任が眠そうに目を細め始めた。そして体を地面に任せて、静かな寝息を立てた。辺りを見回すと他の先生たちも眠り始めた。あまりにもシュールなその様子に、なんで突然寝ちゃったんだ、と一人が放つと次々と思いおもいに喋り始めた。

「えーマジ?もう帰っていいの!?」

「やっば、中学校最高に面白い思い出じゃん!」

「これ校長呼んできた方がいいんじゃない?」

 なんて騒いでいるうちに、一つの怒鳴り声が体育館に響いた。

「静粛に!!」「⁉︎」


 進路指導の教師とスーツにガスマスクを身にまとった数人の人物が、ステージに立っていた。ガスマスク?これから殺虫剤でも振りまく気?

 全員が黙ってそちらを見つめているのを確認し、突然嫌味でも言いたげな、でも何処か純粋な笑みを浮かべて言った。

「よく聞きなさい、ここに入学してから厳しいことばっかり言っていた先生から、最後も厳し〜いことを話します。あんたらに対して、先生はいつも努力、向上を求めていましたね。うん、それはこれからも変わりません。なぜならこの世界は、その成績の良いものしか生かされないからです。元々から優秀な人は残念ながらいません。皆さんが凄いと思う方々は皆身を砕くような努力をされていました。後ろに立っておられる進力図書の皆さんは、生徒に努力をすることによって得られる喜びを知ってほしいと思われて、日々頑張ってくださったのですよ。」

 少しずつだが、嫌われ者の理科教師の顔から笑みが消えていった。同時に、マスクをつけた社員たちは何かを用意し始めた。ただ事ではない、と席に座っていた全員が感じてその内の男子数人が体育館の外へ走り出した。先生は続ける。

「それなのに、なんでこんなに態度も成績も酷かった…、何処へ行こうとしている!!!」

 次の瞬間、ドアが光った。その光は、哀れな3人を呑み込んだ。何事かと戸惑いながら、彼らは非常に強い喉の渇きと眠気を感じた_。


 血溜まりに顔を伏せたクラスメイトを見て館内は悲鳴の大合唱。それに気づいたのか、

「あっそうだった。ここからはみんな逃げ切れないからな。校長も事務員の方も誰1人校内では起きていません。なんでこんなことするかって?それは出来の悪い自分達への罰だと思ってくれて構いません。まあ彼らは運が悪かっただけだ。実際に即死するほどのチンピラじゃないだろ、うん。」


 殺される。成績の悪さだけで、自分達は死ぬ。

 ある生徒は壁を叩いて泣き叫んだ。別の生徒はこのとんでもない展開を受け入れられず、給食を戻したようだ。酸性の液体のツンとした臭いが鼻を通る。別のグループは、どうすればいいのか話し合っている様子だ。

「やっぱりあんたらはほとんどがクズ人間だなぁ。それでは、よろしくお願いします。」

 次の瞬間、ほんわりと何か薬品の匂いがした。体がだんだん重くなる。

「ごめんな、お前はこの学年で成績と恨みのエネルギーのバランスが一番保たれているんだ。」

 理科の先生の声が耳元で鳴った、気がする。誰かが私を持ち上げて体育館の外に出した。館内では、命乞いのか弱い悲鳴が聞こえたかと思いきや、どんどん意識が遠のいていった_。


 次に気づいた時、自分は何処か研究所のような工場のようなところに寝かされていた。まだぼんやりする意識の中、彩恵はただ、少なくとも生きていると思った。なんで助かったんだろう、生きるのはもうたくさんだったのに。そう思いながら、たまたまガラス瓶に写っていた黒髪の少女の顔を覗いた。自分にそっくりだなと思い、無意識に触った髪は、真っ黒だった。少し暗い部屋の中、自分の手が少し光っていることにも気づいた。驚きを隠せない彼女を無視して、1人が部屋に入ってきた。起きていたのに気づいたら、軽く挨拶をしてくれた。どうも女性とみられる。

「どうも改造手術は成功したみたいね。おめでとう、今日から貴女は弊社進力図書の秘書として働いてもらいます。という訳で、早速スーツを着てください。」

 何がおめでとうだ。かつて私を苦しめていたところに就職させるな。第一に私は就職なんて考えていない。そんなことも知らない受付係はあれこれ説明した後、彩恵を教育器具部へと連れていった。



 いくら嘆いても、ここからは抜け出せない。かつての恨みは、まだ確実に存在する。抜け殻には人を抜け殻にする仕事が向いているっていうの?

 突然のフラッシュバックに、目からの雫には気付かなかったようだ。そして、偶然にも1人の若者が、こちらを少し心配そうに見ていたことも。


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