薫風のページェント
放課後、家に帰ろうとしていたら、突然クラスメイトの男子から声をかけられた。
「心春さん、一緒に帰らない?」
「えっ!なんでっ!?」
驚きすぎて、机に足をぶつけた。
「相談したいことがあるんだ」
彼の名前は陽斗くん。
高校に入学した時からずっと好きだったんだけど、もうびっくりするくらい、ぜーんぜん接点がなかった。
まさか2年の今になって、一緒に並んで帰る日が来るなんて……
今は5月。通学路の桜並木の下は、青葉の薫りに満ちている。
季節を問わず、こうして二人で並んで歩くのは初めてだった。
私の頭のてっぺんは、彼の肩よりちょっと上ぐらい。
少し頑張らないと追いつけないぐらいの歩幅。
甘いような柔らかいような匂い。
……そっか、私、こんなことも知らなかったんだなぁ。
桜の木が並ぶ広い歩道には、私たちの足音と、さわやかな風の音だけが聞こえていた。
すると、少し歩いたところで陽斗くんが、私の好きな優しい声で話しかけてくれた。
「それで、心春さんに相談したいことなんだけど」
「な、な、何かな?」
急に話しかけられたからドキッとしちゃった。
「あの……好きな人いるのかな?」
「えっ?」
「結菜さんに」
「結菜!?」
もう!ビックリして損した!
……ってこれ、超ベタな勘違い展開だよね。
でもそっか……陽斗くんは結菜のことが好きだったんだ。
結菜は友達やっててもすごくいい子だし、気が利くし、ハキハキして明るいし……
……私に勝ち目はないなぁ。
「結菜からはそういう話、聞いたことないけど」
「そっか。それじゃ答えられないよね」
あれ?これだともう相談が終わっちゃうんじゃない?
だったら……
「だったらさ、私、聞いておこうか?」
「いいの?」
「それとなく聞き出してみるよ」
「ありがとう!」
……ねぇ陽斗くん、そんなに嬉しそうな顔しないでよ。
こんな顔を見ちゃったら、私はもう演じるしかない。
この並木の下だけは、恋のお手伝いをする親友役になりきろう。
必要ならば二人の間を往復する恋の配達員役も買って出よう。
だから私はこんな台詞を口にした。
「明日のこの時間に報告するね」
それから私は毎日、この時間、この並木の下の舞台で、演技をし続けた。
「今は好きな人はいないみたい」
「今は恋より部活の方が大切だって」
「今はクラスメイトとしか思っていないって」
演じてはいるけれど、伝える内容はちゃんと結菜に聞いた事実だけ。
陽斗くんは、結菜の後ろ向きな返事を聞いた上でもなお、前向きだった。
きっとこの先、私が陽斗くんの話をすればするほど、結菜も陽斗くんの魅力を知っていくだろう。
そうなったらすぐに、結菜の「今は」という言葉は外れてしまうに違いない。
そんな結末がわかっていながらも、私は陽斗くんを励まし続けた。
「陽斗くんなら大丈夫!」
「陽斗くんなら好きになってもらえるよ!」
「陽斗くんならできるよ!」
「陽斗くんなら……」
こうやって演じ続けることが、陽斗くんの幸せにつながると思ったから。
例えこの関係が、このまま終わったとしても、幸せになって欲しかったから。
――そして、この劇の終わりの日が訪れた。
「俺、明日の放課後、結菜さんと話すよ」
私は結菜にたくさんの想いを届けたし、陽斗くんにもたくさんの想いを届けた。
きっとこの告白は上手くいくだろう。
だから私は、この劇の最後の台詞を、最高の笑顔で演じきろう。
「陽斗くん、応援してるよ!」
その台詞に、陽斗くんは何も言わず微笑んだ。
翌日、放課後になり、私は一人で校門を出ようとした。
ふと校庭の隅の方を見ると、陽斗くんと結菜が二人で話をしていた。
見てはいけないと思いながらも、どうしても目を離すことができなかった。
二人は向かいあい、伏し目がちに話をしているようだった。
しばらく何かを話したところで、陽斗くんが結菜に頭を下げた。
私はそれを見届けて、静かにそこから去った。
――久しぶりに並木道を一人で歩いた。
目の前に、まるで白昼夢のように、並んで歩く私たちの姿が浮かんだ。
いつもこの時間は、二人で歩いていたな。
いつも嬉しそうに笑っていたな。
いつも青い葉っぱの匂いがしていたな。
……でも今は、一人分の足音しか聞こえてこない。
明かりが消えた舞台には、私以外誰も登場人物はいなかった。
その時、青葉がザワッと鳴ると、後ろから小さな風が吹き抜けた。
振り返ると、そこには陽斗くんが立っていた。
「一人で帰るなよ」
そう言って、いつもように微笑んだ。
陽斗くんは、ゆっくりと私の前まで近づいてきた。
私たちは初めて正面から向かいあった。
「……で、告白は上手くいったの?」
あの様子だったら、上手くいったのだろうけど……
「告白は……してない」
「そうなの?じゃあ何を?」
「結菜さんには、心春さんのことを聞いてたんだ」
「私のこと?」
「心春さんには、好きな人がいるんだよね」
「……」
「それが俺だったら良かったんだけど……」
もはやカーテンコールを迎えていた私に演技は無理だった。
私はもう嘘はつけない。
だから、たくさんの想いを込めて、本気の言葉を返した。
「それ……陽斗くんのことだよ」
その瞬間、木漏れ日がスポットライトのように二人を照らした。
光が降り注ぐ陽斗くんの顔は、あの時よりももっと嬉しそうな最高の笑顔だった。
祝福に満たされた二人の横を、爽やかな初夏の風が通り抜けた。
「でもさ、陽斗くんって、まだ私のこと何も知らないよね」
「そうなの?」
「うん、ぜーんぜん、何も知らないよ」
私はいつものように陽斗くんの隣に立つと、並木道の匂いに包まれながら、肩を並べて歩き始めた。
リナリアの小さな庭 薪木燻(たきぎいぶる) @takigiiburu
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