5月17日水曜 晴れ
ふと見ると、悪魔が押入れから覗いていた。
気づかれたことが分かったらしく、のそのそと出てきていった。
「起こりうる最悪の事態はなんでございますか?」
この悪魔の敬語は時々、なんだか変だ。
「・・・なんの話?」
「今日ある英語の授業のことですよ。あなたにとって、起こりうる最悪の事態はなんでございますか?」
「隕石が降ってくること?地震とか、火事とか?」
「なかなかすごい事態ですね。しかしそれは限りなく無いことに近いでしょうね。今日起こりうると前提を変えても、まずあり得ない。」
「『起こりうる』事態なんだろ?」
「確かに起こりうることでしょうね。私個人は運命を確率論で話すことを好みませんが、こう考えれば、それらが全くもってばかばかしいことがわかります。
この1000日の間に、それが一回でも起こっていなければ、それが今日起こるのは0.1%にも満たないことであり・・・」
「地震ならあったさ。火事だって起こってただろう。消防署の達磨がこけているのをみるのは、両手じゃ足りないほどだ。」
「その中にあなたはいましたか?」
「いなかった。しかしいつ自分にも降りかかるかわからない。」
「それでは、あなたが地震や火事に巻き込まれることは、0.1%にも満たないし、死ぬことは、もっともっとないでしょうね。」
「その理屈だと、僕が死ぬ確率はいつでもゼロじゃないか。」
「ええ、ゼロです。ただし、限りなく近い、でございますが。」
「どうして?」
「確率論に全くのゼロがないからですよ。」
「・・・冗談。言ってみたかっただけで別にそんな心配してないさ。」
起こりうる最悪の事態か・・・。
課題を忘れること?昨日準備したし、今から確認すれば防げる。
予習もした。いくつかわからないことはあったけど、友達に聞いておけばいい。起こるとすれば・・・
「当てられて、変な間違いをすることかな。一昨日みたいにみんなに爆笑されるような。」
「なるほど、それが起こりうる最大のことですか。それなら、ありそうなことではありますね。」
はあ。この悪魔は何が言いたいんだろう。
「もしその心配が当たったとして、それが原因で起こる次はなんでしょう。」
「次なんてない。爆笑されて終わりだし、笑われること自体が嫌なんだ。」
そう、次なんてないだろう。きっと一週間後にまで覚えている人の方が少ないのだ。けれどその一瞬は顔から日が出るほど恥ずかしくって死にたくなる。そのことが今日起こりうる最悪なんだ。
「よくわかっているじゃないですか。笑われて終わりなんです。そのあとは一昨日のように少し復習すればいいのでございますよ。もう少し気楽にいってはどうですか?」
「そんなことわかっているさ。でも嫌なものは嫌なんだよ。別に生死を分けるわけでも、人生の分岐点ってわけでもないだろうよ。でも嫌なものは嫌だ。」
「悪魔と喋っている男の子でも?」
「それは関係があるのかい?」
悪魔は一つ咳払いをしていった。
「失礼。関係ありませんでしたね。不快に思うことから避けたいと思うのは、自然なことでしょう。」
「お前は結局何が言いたい?」
「その最悪が起こらないようにする努力は必要ですが、あなたのそれは見当違いではいらっしゃいませんか?睡眠も立派な対策ですよ。」
時計を見ると、朝の2時だった。こんな時間まで、高々英語の1授業のために勉強していたのか。悪魔の顔がむかつく。想定していた最悪よりも恥ずかしかった。
「・・・もう寝る。」
「今の最悪は、遅刻することですよ。寝坊のなきよう。」
そう言って悪魔は指を鳴らした後、部屋から出ていった。
白の悪魔 願 咲耶 @398kono-hana
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