12月1日 金曜 曇り

あの日から悪魔を毎日のように見かけるようになった。どうやら彼は、自分の顔さえ隠せば見つからないと考えているらしく、不格好に足をはやしたゴミ箱や、腕の生えた電柱に好んでなりすました。声をかけると驚いて逃げた。


あまりにもよく出会うので、だんだん恐怖心が麻痺してきたらしい。もちろん近づかれるのも嫌だし、視界に入るのも気味が悪いけれど、見つけてもそこまで驚く事はなくなった。


制服つけて教室に現れた時はすごくびびった。いろんな意味で。

周りのみんなからは、突然ビビる僕に驚いて、誤魔化すのに苦労した。まあ、確実に不思議ちゃん認定入ったなと思ったけど。


あれはなかった。多分どっち着ても似合わないしもともと性別の概念が悪魔に存在するのかは知らないけれど、どっちかにしてなおかつちゃんと着て欲しかった。あれはない。体の形が人間のそれとは違うのはわかるけれど、あれはなかった。



幸せという言葉に敏感になっていたものの、悪魔と出会う以外は、普段と変わらない生活を過ごしていた。



ある日の学校の帰り、悪魔に声をかけられた。


「君もそろそろ自分が幸せであることに気がついたのではないですか?

・・・考える機会があれば自分の暮らしでの幸せに気がつくというものです。」


悪魔は誇らしげだったが、僕はわざと目をそらして言った。


「確かに幸せについて考えていたけれど、自分がどれだけ呆けて生きているのかに気がついて、悲しくなってしまったよ。結局僕は幸せではないんだろうか。」


「どうしてそう思うのでしょうか。」


悪魔は首を傾げる。

ためらってから言ってみる。


「幸せに気がつかないことは不幸だ。」


「ああ、なるほど。」


悪魔は笑っていう。


「それはあなたの言葉ではないですね?」


「そういう人間もいらっしゃいますね。しかし幸せな人とというのは、意識をしていようがしていまいが関係ないものでございます。もともと幸せも不幸せも目見に得るほどのものは稀ですから、気が付かなくても仕方がないです。目に見えないものを意識しがちですが、それほど難しく無駄なことはありません。現状に満足することも大切ですがね。」


そう言いながら悪魔は、目の前を飛ぶ羽虫を捕まえた。

確かに実態のないものに固執することは、疲弊するし、先を見通す妨げになるかもしれない。でも。


「でも。失ってから幸せだったことに気がつくのは不幸じゃないか?」


僕がそういうと悪魔は、手に持っていた羽虫の羽を一枚ちぎると地面に落とした。悪魔と僕は、モゾモゾと動く羽虫を見つめながら話を続ける。


「誰でも皆、持っていないものに惹かれるものです。たまたま過去の自分がそれと同じものを持っていて、羨んでしまった・・・。それは不幸ではなく、一つの欲の形です。どんな人にも起こりうるものなんです。


羽を失った虫は、静かに草場の奥に進んでいく。少し暗くなった公園で親子が遊んでいた。


「幸せを知らないことなんて、死ぬ理由になりませんよ。」


悪魔は僕の遺書を取り出して破いた。僕は何も言わなかった。



二人は無言で歩き、やがて家の前まできた。

悪魔は一つ咳払いをして言った。


「それでも君には、幸せを知ってもらわないといけないのです。大丈夫。あなたならきっと・・・なれるでしょう。要は一つの過程なんです。」


それではまた、と言って悪魔は闇の中に帰っていった。


幸せ。それはどんなものだろう。みんなは知っているものなんだろうか。

僕だけがわからなくて、ふわふわしているのだろうか。


あの悪魔は過程だと言った。その先に何があるんだろう。

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