11月21日 木曜 晴れ
「調子はどう?学校、無理せんでええよ。」
母さんに言われて思い出したけれど、昨日学校で倒れて病院に運ばれたんだった。
その後の悪魔の一件ですっかり忘れていた。
クラスメイトの反応を想像して少し憂鬱になる。
「別に。なんともないよ。」
朝食を済ませた後、自室に戻る。あ、今日英単語の小テストか。なんもやってない。今からでも調子悪いっていってみるか?
冗談。僕は小学校中学校皆勤だけを誇りにしてた。まあ、高校皆勤はもうないけど。教室のドアを開ける。
「敷島おはよう。早く座れ、小テストを始める。」
「おはようございます。」
8時20分。ギリギリの時間だ。断っておくけど、別にクラスメイトと朝昨日の話をしたくないって理由で遅いわけじゃない。いつもこの時間に学校につくよう調節してる。なんとなくだ。
「せんせー。今回もむずすぎません⁉︎」
「毎日声に出して復習やってたら違うぞ三浦。大体、ひとまず前回みたいな一桁を脱しろよ。このクラスで三人だけだぞ・・・」
多分今回も不合格だ。
「前回問11までやったなー。ちゃんと課題やってきたかー?この辺りはよく出るからちゃんとやっておくんやぞ。」
ヌルッと入る事で有名な数学科武智先生。数学科の先生三人の中で二番目にウケがいい。数学は嫌いじゃないけれど、僕はあんまり得意じゃないから、武智先生くらいがちょうどいい。
「はい挨拶。」
結婚してからすごく丸くなった英語科竹中先生。それまでは鬼のように怖い先生だった。僕は今でも怖くて、当てられるたびに硬直する。
今日はあてられなかった。
「はい挨拶してー」
しわがれた聞いてて眠くなるような声の生物科本庄先生。
無駄話が多くてあまり人気のない先生だけれど、僕は結構好きだったりする。今日は、ボツリヌス菌の解説をしていた。
「あいさつしよう。」
いつもズボンをいじりながら話す世界史の石河先生。この先生の授業は誰も当たらないからいい。
・・・。心の中でため息をついた。
これが僕の日常だ。
幸せとか生きてるとか、そんなこと、寝る前の静かな闇に少し考えるくらいで、
面白くもなんともない授業を聞いて、頭に入れて吐き出す作業の中で一度も考えたことなんてなかった。今この瞬間に、この教室で、幸せだなんて考えてる人はいるだろうか。このネフェルティティの胸像の説明を受けてるこの瞬間に?
冗談じゃない。ああ幸せだなって言えば幸せなのか?本当にこの状況が幸せなことなのか?答えは否だろう。現に僕は全然幸せを感じちゃいないじゃないか。
周りを見渡す。みんなペンを持って机に向かっている。
先生の話は続いている。先生は幸せだろうか。先生は、先生になることが夢だったのだろうか。夢が叶った先生は幸せだろうか。
石河先生を観察してみる。教科書と資料集を行き来しながら授業が進んでいく。
今日先生は、一度も声を出して笑わなかった。
笑っていなければ幸せでないのだろうと思う。だって僕には笑っていない先生も、クラスメイトも、幸せには見えなかったのだから。
昨日見た悪魔は本当に存在したのだろうか。
何もない1日、代わり映えのない日常を過ごしている。
いつもと違うのは変わった僕の心持ちだろう。あの悪魔の言葉が引っかかって、幸せとは何かを今日はずっと考えている。いつもだったらそんな事は絶対に考える事はしないだろう。
自分でもびっくりするほど病んでたり、体調が悪かったりすればあるかもしれないが、こんなに静かに、周りを観察して、幸せを探すなんて事は初めての経験だ。でも、見つからない。
窓際の埃が、キラキラと舞っている。
いつもと同じ日常のはずなのに、なんだか違ったように見えるのは楽しいけれど、
別に今日はとくべつなひではない。いつもだって誇りくらい舞っているし、いつもならもう少し教室が騒がしい。そこに幸せがあるかなんて聞かれたら、僕はなんて答えるだろう。
変なことを考えている事は自覚している。そもそもそんな質問をされることなんてないし、されたとして僕は、愛想を振りまいて、うやむやにしてしまうだろう。そんな事、考える方がばかばかしい。
やっぱり僕は疲れているのかもしれない。倒れて、おかしな夢を見ただけで、今日という日は何事もなくすぎているのだ。幸せ云々の無駄な思考も、周りを観察するなんて斜に構えたような行動も、疲れから来るものだろう。
・・・ともすれば、疲れていれば幸せになれないのか?
やめよう。やっぱり疲れている。
今日はなんだかとても疲れた。
部活はよっぽど休もうかと思ったけれど、別に体は元気だし、参加することにした。
部活が終わって校門を出ると、自転車の後ろに見たことのあるなにかがしゃがんでこっちの様子を伺っていた。昨日見た、人間ではない何か。
僕は目を合わせないように自転車を取り出して、家に帰った。
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