白の悪魔
願 咲耶
贋作屋の日記
11月20日水曜 小雨
・・・改めて、どうも初めまして。私は悪魔のサラリーマンのオールド・ニックと申します。私の見た目は人の姿と程遠いため、初めて顔を合わせたときに、たいていの方は大変驚かれます。かくゆう私も鏡で自分の姿を見て驚きふるえてしまうほどなので、自分の醜悪さはよく理解しております。街へ出るとさぞ大きな騒ぎになるだろうと思われるでしょうが、実は私たち悪魔は、『仕事の対象となる人間』の夢や幻を通してしか認知されないのです。だからこそ君から声をかけられて、みっともなく取り乱し、大声をあげてしまいました。本当に申し訳ございません。貴方をそれほどまでに驚かせるつもりはつゆもありませんでしたのに。
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「ん・・・。夢か。」
目が覚めると、僕は病室にいた。気絶して病院に運ばれてきたようだった。医師からは、体の以上は見つからず、ストレスによるものだろうと言われた。母はまだ少し心配しているようだったが、僕を家へ帰した後、無理のないように勉強することといい加減部屋を片付けるように言って出て行った。何か中断していた用事があったようだった。
水道水を飲んで二階へ向かう。下から四段め、階段がぎしりとないた。
久しぶりに鮮明な夢を見た気がするが、うまく思い出せない。
散らかった自分の部屋に入って思い出す。ああそうだ。こんな生物が・・・。
「う#〜△●ぷあぁあ!?」
見慣れた部屋の真ん中に、人間の服を纏ったあの生物が立っていた。
「やっぱり。君には幻や夢でなく、私自身が見えるようですね。先ほどはどうも。オールド・ニックと申します。」
そいつは静かに言った。
「夢・・・か・・・?」
「それはどれに対してでしょうか。私も真実でなければ良いのにと思っていたところです。あなたには申し訳ないことをしました。対象となるべき人間ではなかったのに・・・。」
そいつの答えで、僕は病室で見た夢のことを思い出した。
「つまり。つまり、僕が君の仕事の対象になったってこと?」
そいつは大きく頷く。
「その通りです。私はあなたに謝罪しようと思うあまり、うっかりあなたの夢の中に入ってしまいました。本来私たち悪魔の仕事は、何かしらの危機に陥った人間の中で、不徳を犯してしまう心を持つ、つまり不幸の中で良心を保てないものを対象にし、その魂をいただくのです。」
悪魔は本棚を漁り、僕のアルバムを手に取った。
「あなたは・・・大和くん。君は目に見えて不幸という事はないが、羨まれるほどの幸福もない人間ですねぇ。本来であればあなたのような人間は対象になる事はないんです。絶望や悪心の大きい魂の方が欲しいのでございます。しかしまあ、手ぶらでおちおちというわけにもいきませんので・・・。」
「む、これはなんでしょうか?」
悪魔はアルバムの最後のページに挟んであった封筒を見つける。右上がりの、クセのある文字。そこには、僕の字で『遺書』と書かれていた。
・・・小さく、息をする。手を握り締めて、言った。
「お前が悪魔ならちょうどよかった。魂はあげるから、誰にも迷惑がないように殺してくれ。」
悪魔は一つ咳払いをして、ゆっくりと言う。
「これはどう言うわけでしょう。あなたが死にたいと思う理由がわかりません。病や金や情で死のうとする人間は多く見てきましたが、あなたはどれにも当てはまらないようですね。・・・残念ながら、私がいただきたいのは絶望や悪心の大きい魂ですので、今いただくわけにはいかないのです。」
「っっ。」
ほっとした、自分にイライラした。まだ僕は平常でなかったのかもしれなかった。
「馬鹿にするなよ。」
自分を抑えることができなくなって、悪魔を睨み付けて怒鳴った。
「もうたくさんなんだよ。自分を作って生きていくのは。なんだよ、自分らしさって!自分らしく生きるってなんなんだよ!俺に自分なんてないんだよ・・・!
全部人に合わせて。全部人の真似をして。適当に努力して。
自分を持たない人間が、好きも嫌いもないのに、本当はどうでもいいのに。
将来なんか知るかよ!幸せなんか感じねえよ!幸せとか不幸とか、意味わかんねーよ!!!」
「・・・」
「・・・お前はいいよな。やることがはっきりしていて。」
しまったと思った。悪魔の表情は見えない。
「・・・思想ですか。昔は生への材料になったものですが。現在では珍しいことではないのでしょうかねえ。」
悪魔は気分を害したと言うより、不思議がっているようにも見えた。
「申し訳ございませんでした。大和くんを馬鹿にするつもりなんて全く。うむ、難しいですね・・・。そうだ、君にはまず幸せを知ってもらいましょう。落差の激しい方が負の力も強くなるといいますし。それではまた、会いましょう。」
悪魔が不気味に笑って指を鳴らすと、閃光が走った。目を開けるともう悪魔の姿は・・・
あった。バッチリあった。消えて無くなる事はなく、こそこそと歩いていた。
「お前、何してんの?」
「そういえば、あなたには、私自身が見えるのでしたね。なんとも決まりが悪い。ああ、わたし、オールドニックと申します。ニックと呼んでくださいませ。」
そういいながら、手をひらひらさせて出て行った。
僕は頬をつねってしばらく固まった後、部屋を片付け始めた。
遺書は無くなっていた。
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