第17話 玄野優

 現在。


「ごめんねぇ、せっかく感動の再会だったってのに、ぶち壊しちゃってさぁ」

 鳴り響いた三度目の銃声とともに、硝煙の匂いが鼻腔を刺激した。


 向かい合う雨生と佐々木の間を、一発の銃弾が駆け抜けていったのだ。銃弾はコンテナにめり込み、小さな銃創を作り上げていた。

弾丸が発射されたと思う方向に、佐々木は目を向ける。そこには、一人の少年が立っていた。右手に銃を構え、その銃口からは僅かな硝煙が漏れ出している。

 その少年の名を、佐々木は知っていた。


「く、玄野……」


 佐々木が思わず口に出すと、少年、玄野優は白い歯を見せて笑った。


「よぉ、佐々木。お前とタワー以外で顔合わせたのは、今日が初めてだな」

「やっぱり、生きてたのか、お前」


 震えた声で、佐々木は訊いた。


「へぇ、お前『玄野優』が殺されたって話、知ってたんだな。つうかその言い方だと、生きてることには気づいてたのかよ。あーあ、ほんとどこで狂っちまったのかねぇ、俺たちの計画はさぁ」


 銃を構えた少年は、東区で殺されたはずの『玄野優』だった。

 髪も目も背格好も、佐々木が知っている通りのからそのものだ。しかし、何故か雰囲気がまるで違っていた。


 佐々木の知る軽薄でひょうきんな『玄野優』はそこにはなく、冷酷なオーラを纏った少年が、こちらに拳銃を向けていたのだ。


「あの場でレインコートとエンカウントしたのは、やっぱりまずかったな。そのせいで、色々と予定外のことが起きちまった。まあ、計画通り抗争に発展させることには成功したがな」


 ペラペラと油紙に火がついたように語る玄野。


「なぁ、玄野。全部、お前が仕組んだことなのか?」

「やっぱ、ちゃんと殺さないとダメだな。化け物も怪物も殺人鬼も、放って置くと何もかも潰しちまう。せっかく俺たちが月日をかけて、今日のために積み重ねて来たっていうのによぉ」


 佐々木の問いに、玄野は答えなかった。独り言をただ永遠と繰り返し、会話そのものを成立させない。


「こいつ一人じゃないよ、佐々木くん。計画は全部、『玄野優』っていうグループが立てたんだ。目的は、単純な縄張り争いの激化ってところかな」

「え? な、なんだよその……グループって」

「あーらら、もうそこまでバレちゃってんの? 厄介だなぁ、携帯の中身も見られたうえに、俺たちの正体まで掴まれてるとは。ちゃんと銃の腕、もっと練習しとくんだったぜ、不意打ちで外してちゃ世話ねーよ。ふっ、ふふふ」


 玄野は肩を竦めながら、小刻みに体を震わせて笑った。


「なんなんだよ、どういうことなんだよ。もう俺、わけわかんねぇよ」


 髪の毛をくしゃくしゃとかきむしる佐々木。一連の発端がクラスメイト、玄野優の仕業だとはわかっていたが、グループ『玄野優』という言葉の意味は全く理解できていなかった。


「おい玄野、お前なんだよな? 俺と東堂さんを戦わせて、その情報をヤクザや愚連隊に売ったのは」

「ん? ああ、そうだよ。お前が都内で化け物って呼ばれてることも、最初から知ってた。だからお前を使って、ボトムやウエストの連中を釣り上げたってわけ。普通に考えてさ、全部が偶然なわけねぇだろ? なんでお前が島に来た初日に、あの怪物と喧嘩するようなことになるんだよ。何がなんでもできすぎだろ」


 玄野はよく滑る舌で、呆れながら話した。


「東堂の面接ぶち壊して、タワーの展望台に来るよう仕向けたのも、お前を展望台まで誘ったのも、全部計画のうちさ。他の愚連隊や暴力団から俺たちが取り込んで、この島で最強のチームになるためだよ。まあ、その辺はもうわかってるみたいだけどよ」

「ああ、全部あの人に、東堂さんに教えてもらったよ。俺と東堂さんの喧嘩が撮影されてたことも、その撮影者が玄野以外ありえないってこともね」

「そう、ここまでは予定通りだった。計画が狂い出したのは、そこの女だ。お前が十年間追い続けた、人殺しの女だよ」


 わかりやすく目を細め、玄野は雨生を睨め付けた。その様子から、不機嫌の意思が嫌でも伝わってくる。


「こ、この子が?」

「あれ、人殺しってことには驚かないんだな。もしかして、知ってて好きだったのか? おいおい、女の趣味悪いぜ、お前。まあ、それは別にどうでもいいか。その女は、俺の仲間を殺したんだよ。ボトムに潜入させてた、玄野優の一人をな」

「ど、どういうこと?」


 佐々木は目を丸くした。それは理解するのに、簡単ではないことだった。玄野優の一人、まるでそれは、玄野優が複数存在しているかのような言い方だった。


「これ、見なよ」


 雨生が佐々木に、携帯電話を手渡した。

 開かれている連絡先一覧に目を通すと、佐々木は「え?」と声を漏らした。


 そこにはなんと『玄野優』と書かれた名前が数人、違う番号で登録されていたのだ。名前のすぐ右横には、一番、二番、三番などといった番号が記されている。


「これが玄野優の正体だよ、佐々木くん」

「まさか、全員が同じ名前を?」

「ええ、そうよ」


 今までになく低い肉声で、雨生は答えた。


「玄野優という名前を全員が名乗り、色々な組織に潜入して暗躍していたの。全ては、内部から愚連隊や九龍会を潰すために」

「ふ、ふははっ! やめてくれよ、せっかく裏で暗躍してるのに、全部バレたらダサいじゃん。ほんと、ついてなかったよなぁ。路地裏で君に五番が殺された時点で、最悪な方向に傾いちゃったよ。そのまま殺して放置してくれればいいのに、わざわざ携帯なんて覗いて、俺たちに接触してくるんだから。ちょっと、好奇心強いんじゃない?」

「でも結果的に、首を突っ込んだのは正解だったかな。おかげで佐々木くんにも会えたし」


 雨生は本当に、心から嬉しそうに微笑んだ。人を殺すことでしか得られなかった十年前の思い出が、今目の前にある幸せ。それを心底噛みしめていた。


「残念だな、その幸せももう消える運命にあるんだから。だってお前ら、ここで俺に殺されるんだぜ? 佐々木はどうも抗争を止めようとしてたみたいだが、もうそれも遅い。既に闘いは始まってる。邪魔な怪物も一番が仕留めたところだろうしな」

「えっ! と、東堂さんを? そんなの、無理に決まってるだろ」

「はぁ、それが無理じゃないんだよ。あいつと同居してたのも俺たちの仲間だ。怪物のくせに、あの野郎は妙に義理堅いからな。きっと好きを見せる。それに、こっちにはチャカがある。いくらあいつが怪物みたいに強くても、所詮は人間だ。腹に鉛玉ぶち込まれれば、いずれ死ぬ。そしてお前もだ、佐々木」


 瞬間、思わず押し黙ってしまうほどの殺意が、玄野から放たれる。


「俺にここで殺されて、お前も終わりだ。五番と九番が殺されたのは想定外だが、ここには俺含め、三人の仲間がいる。さすがの化け物でも、この状況はどうにもならねぇよ」


 玄野が合図すると、佐々木たちの背後から新たに二人の少年が現れた。玄野よりは歳上に見えたが、それでも二十歳前後と思われる風貌だ。その手には玄野と同じタイプの拳銃が握られていた。


「九龍会の幹部も潰したし、もう俺たちに逆らう奴らはこの島から消え去る。そうすれば、俺たちの天下だ。ほら、想像してみろよ。街を歩けば、連中が俺たちに膝ついて、道開けてくれるんだぜ? ボトムもウエストも、全部俺たちが食い殺してやったんだからなぁ! ふっ、ふふ、ふはははっ!」


 玄野は高らかに笑った。勝利を確信し、己が理想とする未来のビジョンをイメージしながら。


「さて、長話ももう飽きたな。早いとこ、お前らには死んでもらおう。最後に礼だけ言ってやるよ、佐々木。お前のおかげだ、全部なぁ」


 勝ち誇った表情で、玄野は引き金へと手をかける。その時だった、彼のポケット中で、携帯がブルブルとバイブ音を鳴らし始めたのだ。


「おっと、ウエストに潜入させてる六番から連絡だ。恐らく、連中が共倒れしたって報告だろう。ちょどいい、お前ら聞かせてやろう。俺たちの勝利報告をな」


 玄野はスピーカーをオンにし、電話に出た。


「おう俺だ、七番だ。どうした?」

『ろ、六番だ。い、今そっちはどうなってる? レインコートは仕留めたのか?』

「いや、まだだ。今から三人で、よそ者の化け物と一緒に仕留めるところだよ」

『なに悠長なことしてんだっ! バカがっ! おいやべぇぞっ! 計画は失敗だっ!』

「はぁ? おいおい、いったい何を言ってやがる。計画は全部上手く行ったろ、ウエストとボトムは予定通り潰し合ってるし、九龍会の幹部だって殺した。それも全部、愚連隊の抗争の一部に見せかけた。なのに何で、計画が失敗なんだよっ!」


 玄野は額に青筋を浮かべ、表情をみるみるうちに曇らせていく。


『一番のバカが、あの怪物を仕留めそこなったんだよっ!』

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