第15話 島に秩序と平穏を

 人工島、中央公園。


 タワーの前では、武器を持った若者たちが睨み合っていた。


 その中央に立つのは、全身を黒で統一した、十代半ばと思われる黒髪の少女。

 地下街を縄張りとする愚連隊、最下層ボトムのリーダー、新渡戸。


 向かい合うのは、頭の上から足の先まで金色の装飾を身につけた、二十代前半と思われる金髪の男。

 人工島西区で幅を利かせている愚連隊、ウエストグールのヘッド、阿久津。


 二人は歳さえ離れているが、もはや他人とは言い難い関係にある。互いが互いを意識し、小競り合いはもはや日常茶飯事。


 しかし、決して隙や弱味などは見せてこなかった。そんな二人が今、ある冬の日を思い出すかのように向かい合っている。


 数ヶ月前、ボトムとウエストの頭同士で決闘が行われた。二人が対面し合うのは、その日以来である。


「どうしたの? 自慢のうざフェイスが、包帯で見えないわよ?」

 

 新渡戸が鼻で笑うと、後ろにいる彼女の仲間が堪えきれずに腹を抱え始めた。


 阿久津は顔全体に包帯を巻き、見えているのは目と鼻と口だけだった。僅かに覗く包帯の隙間から、痛々しい火傷の痕が目に入る。


「くく、てめぇらのせいだろうが。人のオフィスに火炎瓶投げ込みやがってよ。おかげでこのザマだ。覚悟できてんだろうな、クソアマ」

「何のこと? 被害妄想も甚だしいわね。火炎瓶とか、言ってる意味よくわかんないんだけど」


 惚けるつもりはなかったが、新渡戸は小馬鹿にするように肩をすくめた。


「あーあー、これだから喧嘩を覚えたガキってのは怖い。自分たちが少年法にある程度守られてるからって、加減ってもんを知らねぇな。九龍会に手を出してただで済むとは、さすがに思ってねぇよなぁ?」

「はぁ? 九龍会? それって、あんたのバックにいる暴力団のことでしょ? そりゃ、私だって怖いけどさ、仲間の命取られて黙ってるほど、優しくもないんだよねぇ」


 その瞬間、彼女を囲むボトムの構成員たちが、雄叫びを上げ始めた。

まるで軍勢のように、携える武器を高らかに空へと向ける。


「だからってさぁ、殺しはまずいんじゃないの? ま、あーなっちゃ誰かなんてわかんねぇけどよ。俺たちウエスト構成員で済む話じゃねぇぞ?」

「あのさぁ、もしかして九龍会の名前チラつかせないと、怖くて喧嘩もできないの? いい加減さぁ、そういう狐みたいなことやめたら? もっと自分の凄さで語りなよ、クソメッキ」

「く、くく、くくく。やっぱ、てめぇとはちゃんと、決着つけねぇとダメだな。ったく、何もわかってねぇ。権力、金、それがこの世の中で最も強い力なんだよ。てめぇもすぐに、俺の下につかせてやる。今、ここで序列はっきりさせてなぁっ!」


 阿久津はスタン警棒を取り出し、仲間たちを後ろへと下げる。

それを見て、新渡戸も仲間に手を出すなと合図をする。


 これは二人の決闘だ。トップ同士で、どちらが上かをはっきり示す。愚連隊の抗争では、この手のタイマンはよくある。


 二人にとって、これは二度目の決闘だ。

 自然と、数ヶ月前の冬の日を思い出す。あの日は乱入してきた東堂敦に横槍を入れられ、決着がつくことはなかった。


 まさに、今日は冬の日のリベンジである。

どちらが真の最強かを、決める闘い。

当然、ルールは何でもありだ。

 先に手を出したのは、新渡戸だった。自慢の身体能力を活かしたアクロバティックな動きで、阿久津の懐に蹴り込む。


「おぉっと」


 左腕で攻撃を防ぐと、今度は阿久津がスタン警棒を振り下ろす。当たれば一瞬で気を失ってしまうほどの威力を持つ、彼にとって十八番と言っていい武器だ。


 だが、新渡戸はそれを紙一重でかわし、振り下ろされた手首を握って、そのまま阿久津の身体を捻り倒した。


「うおっ、いってぇ。ったく、てめぇよぉ、本当に女なわけ? 胸とかないし、実際はチビのクソ野郎なんじゃねぇの?」

「それ、地雷ね」


 立ち上がった阿久津の鼻柱に、新渡戸の拳が打ち込まれた。


「おいおい、俺の服が汚れちまうだろうが」

「もう汚れてんでしょ、あんたのその腐った根性でさぁ」


 鼻から血を流しながら、阿久津は口の端を上げて白い歯をこぼす。

マゾなのかと疑ってしまうほどに、彼は楽しそうだった。


「乗ってきたねぇ。さてさて、まぁだ本番には程遠いよ?」

「私だって、やっとエンジンかかってきたところだから」


 互いに煽りながら向かい合う、東堂にも負けず劣らずな、二匹の怪物。

 再び二人が身構えた、その時だった。

どこからか、雄叫びのようなものが聞こえてきた。

 それは何故か聞き覚えがあって、本能的に一番聞きたくないと感じる声だった。


「……な、なんだ?」

「これって、まさか……」

 

 公園の入り口に視線を向けると、そこには見慣れた赤髪の男が立っていた。腹部も髪と同じ深紅に染め上げ、零れ落ちる潜血が、足元に緋色の跡を刻んでいる。


「待たせたな、クソメッキ、クソアマ」


 それは人工島にいる者なら誰でも知っている無敗の怪物、東堂敦だった

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