第10話 西区の狼

 同日、地上西区、風俗街。


 歩道の真ん中で、二人の男が睨み合っていた。

 一人は片腕に包帯をした赤い髪の男、東堂敦。もう一人は、派手な金色の髪をオールバックにし、全身に高級品と思わせる金色の装飾を纏ったメガネの男、阿久津。

「おやおや、こんなところにご用とは、人間相手に怪物のお相手ができるのかねぇ?」

 阿久津が煽ると、東堂は額に血管を浮き上がらせた。

「あぁ? 黙れ、クソメッキ野郎。俺は今日、ここに仕事探しに来てんだ。いちいち絡んでくんじゃねぇよ!」

「くっ、くく、くくくくくっ。なるほど、仕事か。へぇ、あんたを雇ってくれるところなんてあるのかねぇ?」

「真っ当な仕事ならなぁ。だが、ここじゃ割と俺は重宝する。テレクラや風俗なら、代金を踏み倒すバカが多い。そういうふざけた野郎に金払わせるなら、俺は適任だろ」

 要するに取り立て屋である。無職で仕事のあてがない東堂にとって、すがりたい藁の一つなのだ。

「金に困ってるなら、素直に俺の下につけ。お前にならいくらでも出してやるぞ」

「てめぇの駒になるくれぇならなぁ、飢えて死んだほうがマシなんだよ!」

「おーおー、怖いねぇ。まーた俺の勧誘蹴られちゃったかぁ。相変わらず、気に入らない男だねぇ。まあ、今回はあんたに用があって来たわけじゃなくてね。例の、タワーでのことについて聞きたいんだよ」

 阿久津は顎を引き、途端に煽るような態度をやめた。その表情は、まるでスイッチが切り替わったかのように真剣だ。

「あのガキ、いったい何者? あんたの知り合いか何か?」

「んなわけねぇだろ。知るかよ、あんなガキ」

 タワーという単語を出され、すぐにそれが三日前にタイマンを張った学生だと察した。彼が現在片腕を吊っているのも、その少年が原因である。ただ、既にこの怪我も治りつつあるというのだから、この男の回復力は恐らしいものである。

「珍しいな、あんたがよく知りもしない学生を相手に喧嘩なんてよ。見た感じ、そんな尖ったガキには見えなかったが?」

「ちっ、うるせぇなぁ、本当によぉ。ったく、どうしたらてめぇは俺の前から消えてくれんだよ」

「知ってる情報を、全て話せ。そうすれば俺のコネで、仕事くらいは回してやる。西区は、俺の縄張りだからな」

「いるかよ、んなもん。そもそもてめぇなんか信用できねぇ」

「強情だな。まあいい、別に減るもんじゃないだろ? まさかその見ず知らずのガキに、情でも湧いたか?」

「情だぁ? バカかてめぇ、あるわけねぇだろ。ったく、本当にうぜぇな。わかったよ、話せば消えてくれんだろ?」

「くく、もちろん。話がわかるぜ、単細胞さんよぉ」

 もはや、その程度の安い挑発、気にするだけ無駄だった。

 東堂はタバコに火をつけると、周りの目など考えずに膝を曲げてしゃがみ込んだ。

「おいおい、昼間っからいい大人が路上喫煙かよ」

「んな条例、この島にはねぇだろ。歩いてねぇんだからいいんだよ、これくらい」

 そういう問題ではないが、この島ではそもそもこの程度の非行など些細なことであった。

「実はあの日、タワーに面接に行ったら門前払い食らったんだよ。俺が街で喧嘩してるところの映像、面接先に送られててな」

「あー、たしかにそれじゃあ、あんたなんかどこも雇ってくんねぇもんなぁ」

「そしたら一緒に、メモ書きも残されてたんだよ。タワーの展望台で、制服着て待ってるってなぁ」

「なるほど、それでお前はあのガキが犯人なんじゃないかと思い、怒りに任せて喧嘩吹っかけたってことか」

「ああ、だけど今思えば、わざわざそんなこと書く必要ねぇよなって思ってさ。最初はてっきり、あのガキ共が俺に喧嘩を売る気で、あの紙を残したんじゃねぇかと思ったんだよ」

 その話を聞いて違和感を覚えた阿久津は、訝しげに眉をひそめた。

「おい待て、もしかして二人いたのか? その制服のガキは」

「ん? ああ、いたよ。そのうちの片方を掴み上げたら、もう一人のガキが止めに入ってな」

「それがあの、化け物みてぇに強いガキだったってことか」

 何かに気付いた阿久津は、目を細めて虚空を眺めた。

「てか、なんでてめぇがそのこと知ってんだ? 制服だのガキだの、やけに詳しいじゃねぇか」

「く、くくく。そうか、お前は知らないよな。実はあの喧嘩、撮影されてたんだよ。その動画が、俺のところに送られてきた。見るか?」

 阿久津は白色のスマホを取り出し、東堂に例の動画を見せた。さすがにここまで金色では統一されていない。

「んだこれ、誰が撮ってやがったんだ!」

「撮影者に関しちゃ、大方の見当はついたな。目的は不明だが、どうもあんたじゃなく、このガキをどうにかしてほしいみたいだ。さぁて、忙しくなるぞ」

「クソがっ! まさか俺を怒らせたのも、あいつの仕業か?」

 単細胞で脳みそ筋肉な東堂も、動画の撮影者、ならびに自身の面接をダメにした人物の正体に気づいた。

「こうなったら、見つけ次第ぶち殺してやる。あのクソ野郎っ!」

 まだ吸い切っていないタバコを手で握り潰し、東堂は息を荒くして立ち上がった。

「おっと、怖いねぇ。にしても、そいつはこの島の人間か? お前を怒らせるなんて、常人の思考じゃないぜ?」

「それ、てめぇが言うか?」

「くっくっく、たしかに。お前のことを一番怒らせてるのは、俺かもしれないな」

「かもじゃねぇ、お前だよ」

「でも、もしかしたら更新されるかもしれないぜ? この動画の撮影者と、俺に送りつけてきた奴が同一人物なら、そいつがやろうとしてることは相当やばい。黒幕気取って、裏から俺たちを操ろうとしてるのかもしれねぇ。俺が言うのもなんだが、あんまり露骨に動かないほうがいいぜ? 野郎の思う壺ってこともあるかもしれねぇ」

 珍しく、阿久津が東堂に忠告した。彼らの関係を一言で表すなら、まさに犬猿の中である。西区で顔の利く阿久津は、いくら大金を積んでも己に下ることのなかった東堂を面白くないと感じ、何度も裏から手を回し、彼の仕事を潰してきた。しかし当の本人である東堂は、その事実をまだ知らない。

 東堂からしてみれば、何度も嫌な態度で勧誘を迫ってくる面倒なチンピラ、という印象だ。大金さえ払えば人が動くと思い込んでいるこの男を、東堂は本能的に嫌っている。

「知ってるか? 九龍会にもこの動画は送りつけられてるんだぜ? 多分、ボトムにもな」

「そういや、ついさっき東区の公園で、ボトムのガキどもに絡まれたな。パーソナルマークがあったから、間違いねぇ」

「連中も、例の動画のガキを探すのに必死ってわけだ。まあ、俺には他にも探さなきゃならないガキが増えたけどな」

 阿久津はスマホを指でなぞり、自分の部下たちにメールを送った。

 すると全く同じタイミングで、送り主から電話がかかってきた。阿久津は軽く首をひねりながら、スマホを耳元へと運んだ。

「どうした? メール、まだ見てねぇだろ?」

『い、いや、そそ、そうじゃなくて、で、ですね。じ、実は今、ビルの裏が大変なことになってるんですっ!』

 電話先の部下は、声を震わせていた。そのせいもあってか、内容がいまいち伝わらない。しかし、何やら大変な事態だということだけは伝わった。

「あ? んだ、どうした?」

「うるさい! 少し黙ってろ! 聞こえない! おいお前、もう一回言え! いったい何があった!」

 珍しく、阿久津が声を荒げた。その彼らしくない様子に、東堂にも僅かな動揺が走る。

『し、死んでるんです! うちの構成員が、ビルの裏で、腹刺されて死んでるんですよ!』


「な、なんだと?」


 その瞬間、阿久津から血の気が引き抜かれた。

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