第6話 殺人鬼レインコート

 タワーの展望台で、佐々木と東堂が激しい戦闘を繰り広げた日の翌日。高等部二年一組では、生徒たちの視線がある一点に向けられていた。

「ははは、ひでぇ面だな」

 視線の主の一人、玄野が苦笑いを浮かべながら言った。

 その相手とは、昨日の昼間に島で怪物と恐れられる男、東堂敦とやり合った転校生、佐々木翠である。

 佐々木の顔にはいくつもの打撲痕があり、所々が晴れている。まるで誰かによってたかってフクロにされたようだった。

 転校生が初日から喧嘩ともなると、その印象は最悪である。クラス中から、近寄りがたい存在となってしまった。

 しかし、あの無敗の怪物とステゴロの喧嘩をした後とは誰も思わなかった。何故なら、普通は怪物と人間が渡り合うことなどはできないからだ。ましてや、それこそこの程度の怪我で済むわけがない。確実に病院送りとなり、しばらくは入院コースだ。

 クラスメイトは西区にいる不良グループに殴られたのだと思案する。だが、それでもタワーに通えている時点で、一方的なものではないと想像できた。

 初日のイメージとは全く違うが、佐々木もそれなりに腕の立つ人物なのかもしれない、そんな噂が駆け巡るのに時間はかからなかった。

 既にあの怪物、東堂敦がタワーで誰かと喧嘩していたという事実は校内では噂になっていた。同じタイミングではあったが、誰も佐々木がその当事者だとは考えなかった。喧嘩の相手は、今頃どこかで砂になっているものだろうと、勝手に決めつけられる。

「昨日のこと、クラスの奴らには黙っといてやるよ。まあ、東堂敦と喧嘩で渡り合ったなんて話、誰も信じちゃくれないだろうけどよ」

「ありがとう、玄野」

「いいってことよ、助けられたのは俺だしな。まさか、お前があんなに強いとはさすがに思わなかったが」

「まあ、俺も隠すつもりはなかったんだけど、バレたらやっぱ色々と面倒だよな」

「そりゃそうだ、最終的にお前が気を失ったことで東堂は引いてくれたが、普通なら追い討ちかけられてたぜ。だが、東堂もただじゃ済まなかったみたいだな。あの場ですぐ引いてくれたのも、そのせいだろうよ。怪我の具合は多分、お互い同じくらいなんじゃねぇか?」

「どうだろうね。感覚的なものだけど、片腕は折れてたと思うよ、あの人」

「げっ! それマジかよ」

「いや、俺の力じゃなくて、あの人自身の力のせいでね。普段より殴る力とか強かったと思うから、あの人のパワーに腕が耐えられなかったんじゃないかな」

「それでも十分やばいって、あの東堂敦がステゴロのタイマンで腕折るとか、今までなかったぜ? これは天気が荒れるなぁ」

「はは、大袈裟だって」

 佐々木は笑い話として語るが、常人なら普通はトラウマになるレベルだ。そんな彼の化け物じみた強さと精神に、玄野はもう既について行けなくなっていた。

「でも、この顔で校内を歩き回るのはよくなかったかな、みんな俺の方見てたよ」

「当たり前だろ。西区の連中や東堂敦とは、みんな関わらないようにしてんだから。てか、もしかしてもう幼馴染探しに行ってたのか?」

「ああ、ホームルーム開始前に少しね」

「お前、だから朝少し遅れたのかよ。で、どうだった? 幼馴染とは会えたのか?」

 佐々木は寂しげな目で、首を横に振った。

「残念ながら、中等部の方も見たけどいなかったよ。不登校か、それとももうこの島にはいないか、そのどっちかかな」

 この島にはタワー以外に学校がない。つまり残された可能性は、学校に通っていない不登校の生徒か、問題を起こして退学になった生徒のどちらかということだ。だがそのどちらにせよ、あまり良い結果とは言えない。

「不登校の生徒だとすると、地下かもしれねぇなぁ」

「え? ち、地下?」

 顔を曇らせながら言う玄野に、佐々木が疑問符を投げた。

「この島の地下には、人工島を機能を成り立たせる重要機関があるんだよ。だけど今の実態ってのは酷いもんでな、警察の手の届かない無法地帯になっちまってんだよ」

「何だよそれ、どうして警察が対処できないんだよ!」

「一応、この島は東京の管轄だ、事件が起きれば当然動く。でもな、証拠がなきゃ警察も逮捕することはできない。ここだけ特別なわけじゃねぇぞ、都内にだって、知られてても放置されてる施設とかあるだろ? それこそ、暴力団関係とかな」

 警察の捜査の限界、それは旬の過ぎ去った寂れた人工島までは届いていなかったのだ。故に、法が機能しなくなっている。

「そこにもな、未成年の連中を主体とした愚連隊が縄張りにしてるんだよ。そのリーダーや構成員は、タワーを中退した奴がほとんどらしいぜ」

「ま、まさか、そこに彼女が」

「確定とは言えねぇが、可能性はゼロじゃねぇかもしれねぇな。噂によると、リーダーは高校生くらいの女だって話だしよ」

「お、女? 不良集団を、無法地帯で女が束ねてるって言うのか?」

「あくまで噂だ、地上にいる俺らは、地下なんかには行かねぇからな。わざわざ危険な場所に足を踏み入れるほどバカじゃない。まあ、そんな無法地帯だなんて話も、もしかしたら悪い噂ってだけなのかもしれないけどさ」

 聞いていると耳がバカになってしまうような話である。とてもじゃないが、にわかには信じられない。無法地帯など、それこそこの平和な日本でありえるのだろうか。人工島といえど、国そのものは日本なのだ。日本における非現実的な事態など、底が知れている。いや、それこそ酷い勘違いなのかもしれない。表向きは平和であっても、悪の華はどこかで咲き乱れる。

 都内を探せば、無法地帯など腐るほどあるのかもしれない。

「それか、言いたくはないが、もう殺されてるかもしれねぇな」

「はぁ? おい、急に何を言い出すんだ」

 不登校や非行に走るならまだしも、殺されているかもなどという発言はあまりにも飛躍しすぎていた。しかし、佐々木は気づく。何故か死んでいるではなく、殺されているかも、という言い回しの不自然さに。

「お前はまだこの島に来て日が浅いから、何も知らないんだろうな。実は、昨日タワーで言いかけたことなんだが、西区や地下を除いても、この島は安全じゃねぇんだ」

「ど、どういうことだよ?」

「俺もニュースで知っただけだから、正直あまり詳しくはないんだが、この島には殺人鬼がいるんだ。それも無差別に誰かを狙う通り魔、レインコートがな」

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