第5話 新たなる火種
同日、夜。人工島某所。
建設途中で放置され、上層階の鉄骨が剥き出しのままになっている廃ビル。その廃ビルの下層階のワンフロアのみ、他の階と違って人間の生活感が存在した。机や電気、さらにはソファなどが備えられ、今はある集団の溜まり場となっていた。
そんな廃ビル内で男が一人、自身のパソコンに送られてきた映像を見ながら、頬杖をついていた。
そこに映っているのは、島でも有名な無敗の怪物、東堂敦。そしてもう一人、タワー高等部の制服を着た、見慣れない少年。
二人が、タワーの展望台で両者互角の殴り合いを繰り広げている。
最初、男は何かのトリック映像かと思った。理由は、東堂敦の存在だ。
この男は、島で最強の怪物と称されるほどの強者で、武器を持った男たちが集団で襲いかかっても倒すことができないレベルの人物である。そんな男が、ステゴロの喧嘩で、しかも高校生相手に、何度も床によろけるほどの一撃を食らわされている。
これをリアルな映像だと信じるのは、さすがに無理があった。しかし、何度見てもトリック映像には思えない。もし何か仕掛けがあるのだとしら、この動画を作成した人物は、相当な腕の持ち主ということになる。
現実的に考えて、あの東堂敦と互角に闘える人間が現れたとするのが自然だ。だが、そんなことがありえるのだろうか。見たところ、映っている少年は特に際立って体格がいいわけでもない。平均的、むしろ喧嘩など言った荒ごととは無縁に思える普通の少年だ。
男は今一度、画面の前で顔を歪ませる。にわかには信じられないことだ、これほどまでに強い高校生が存在するなど。
そこそこ腕が立つ程度なら、探せば量産型の兵器のごとく大量生産されている。だが、東堂敦は違う。まるで奴は、暴力が服を着ているかのような男、一人でさえ厄介だった存在だ。
しかしながら、絶対にないとは決して言い切れない。
この島は、非現実によって形成されているような場所だからだ。不可思議なことが起きても、大抵は説明がついてしまう。
男は懐から紙タバコを取り出し、フィルターを口に咥えた。おもむろに火をつけると、一口だけ吸って灰皿に置いた。
するとビルの外から数人の男たちが現れ、タバコを吸っている男の背後に列を組んで並んだ。
「すぐにこのガキを見つけ出せ、新渡戸の奴に先越される前にな」
「わかりました、
阿久津、と呼ばれた男は、もう一度タバコを口に含んだ。金色に輝く髪をオールバックにし、高そうな金縁のメガネをかけている。首からは黄金色のチェーンをぶら下げ、指にも金を主体とした指輪がはめられている。ジャケットの下からは豹柄のシャツがのぞいており、全体的に金色が目立つ格好だ。背後に立っている男たちには、阿久津の髪から漂う整髪料の匂いが鼻に刺さる。髪質が柔らかいため、普段から大量の整髪料を塗りたくっているのが原因である。
物や金を湯水のように使うスタイルは、その風貌によく似合っている。その見た目は、金儲けにしか興味のないインテリヤクザそのものだ。
「このガキを手懐ければ、東堂敦への強力な駒になる。あの怪物には無意味だったが、こいつはまだガキだ。なら、金の力に屈服しないわけがない。どんなに強かろうと、俺の手駒にしてやるさ。この実力が、インチキなしのガチだとしたらな」
タバコの煙をうまそうに吐き出しながら、阿久津は白い歯を見せる。その一つ、口を開いた時にギリギリ見える奥歯は、男の身に付けている装飾品とお揃いの金色だった。
「でも阿久津さん、例の通り魔についてはどうします? 今月に入って、また二人目、いや正確には三人目の被害者が出たとか」
「ふん、たかが人殺しだろ? 気にすることはない。それにあんな目立つ格好をしてるんだ、時期に捕まる」
阿久津はパソコンの隣に置かれた新聞に目を落としながら、鼻を鳴らして答えた。無差別に人を殺す輩など、世界には溢れ返るほどに存在している。気に止めるだけ、時間の無駄だ。男はそう割り切っていた。
「やっぱボトムの誰かっすかね?」
後ろに立つ金髪の配下とおぼしきスキンヘッドの男が、独り言のように呟いた。
「さぁな、どうでもいい。どうせ、この動画に映ってるガキを探し出せば、ボトムの連中だってどうにでもなる。まあ、新渡戸のバカがこの話を耳にしたら、やつもこのガキを血眼になって探すだろうよ。なんたって、己にとって強力な武器になる。そして手に入らなければ、東堂敦に並ぶほどの、厄介な障害になるからな」
「そんなやばい奴、俺らでどうにかできますかねぇ?」
スキンベッドから、不安げな声が漏れる。
「問題ないさ。人間は誰しも、金の魔力に落ちる。てめぇらや俺が、そうではあるようにな」
阿久津は懐から、福沢諭吉が描かれた日本で最も価値のある札の束を取り出し、机の上にずしりと置いた。
「てめぇらで好きに使え。ただその代わり、しっかりと仕事はこなしてもらう。だからもう何も考えるな、いいから動け、早く」
食い気味に急かされ、配下の男たちは金を持って廃ビルを飛び出して行った。
すると入れ違いに、背広に身を包んだ強面の男が、すぐ横の革張りの椅子に腰をかけた。
強面の男は非常に背が高く、二メートル近くはあると予想できる巨体だった。顔の右半分に、額から頬へと大きな火傷の痕を持ち、目元をサングラスで隠している。
「どうしたんですか?
「いちいち聞くな、わかってるくせに」
「例の動画、百瀬さんも見たんですね」
「ああ、ご丁寧に
「ええ、俺のパソコンに、どっからかわかりませんが勝手に送られてきてましたよ。動画作成者さんは、どうも俺たちに動いてほしいみたいですね」
「そうみたいだな。まあ、九龍会としても願ったり叶ったりだ。まさか、あの怪物のやり合えるガキが現れるとはな。見つけ次第、手綱握っとけよ」
百瀬と呼ばれた強面の男が、阿久津に睨みを利かせる。彼が所属している九龍会は、都内に根を下ろす暴力団である。
この男、百瀬は九龍会の武闘派幹部として幅を利かせ、この人工島に設けられた支部を任されている。
阿久津との関係を一言で表すなら、いわゆるビジネスパートナーというやつだ。
百瀬は阿久津が束ねる組織を、クスリのシノギとして利用している。簡単に言えば、阿久津の率いる連中は、九龍会の管轄下に置かれている下部組織なのである。
「任せてください。必ず、動画のガキを見つけて献上いたしますよ。くく、くくくく」
廃ビル内に、阿久津の汚い笑い声が響いた。
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