第25話 さよなら

「グレンダ様!!一体何が……」


 グレンダの叫び声を聞きつけて看守達がぞろぞろとやってくる。どうやら今の毒針でグレンダの結界魔法が解除されたみたいだ。


「う、うそ……だろ!?まさかこんなことが!?」

「グレンダ様がやられただと……」

「と、とにかく早くグレンダ様をい、医務室に連れて行かなくては……」


 看守の一人がグレンダを医務室にを連れて行こうとする。無駄だ。あの毒を食らって助かるわけが……


「……どけ、くずが。」

「え…………ぐはっ!!」


 グレンダを担ごうとした看守が思い切り突き飛ばされた。……突き飛ばされた?


「……な!?」


 動けるはずがない。あの毒針を食らって動けるはずがないんだ。なのになんで……


「はあ……はあ……」


 なんで立ち上がってんだよ。こいつ!!


「おいおい兄貴の毒食らって立ち上がれるとか……おかしい、だろ……」


 ドラネオも完全に動揺している。


「なにを……驚いているのかな?もしかして勝ったと思ってたのかな?この私がこんなにあっさりやられるとでも思ったのですか?」


 確かにいくらなんでもあっさりやられすぎだろとは思っていたが、でも、それでも……毒針を食らって生きているというのはさすがに……さすがにおかしいって……


「でも、さすがにビックリしましたよあれには……本当にゼノスの瞬間移動だと思いましたもの……ええ……そして私がデコイに気をとられている隙に毒を……毒針を……毒針を……」

「……?」


 グレンダの様子がおかしい、いやさっきからずっとおかしかったが、それとはまた違ったおぞましさがにじみ出ている。


「毒は致命傷になりませんよ。私は……でも……さすがに、さすがに痛いですよ……いたいいたい……いたいいたい……」

「……」

「いたい、いたい……いた……うっ……う、うぐ」

「……?」

「うごあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

「!?!?!?!?」


 その、雄叫びはおおよそ人間から発せられたとは思え無いぐらい醜く、不快で全身の毛がよだつようなこの世の不幸を全てはらんだような

そんな咆哮が監獄中に響き渡った。


「あ、あああ……」


 その声を聞いて震えているのは僕達だけじゃない。看守達もおびえきっている。


「お、お前達は何てことをしてくれたんだ!!」

「……は?な、なんだよ……死んでなかったんだから別にいいだろ。」

「違う、そうじゃない!!そうじゃないんだ……グレンダ様がああなってしまったらもう誰にも……」


 看守がそう言いかけたときグレンダは突然その看守のほうに向かって……いや、まるで凶暴な肉食獣のように襲いかかった。


「う、うぐおっ!!!!」

「な……なに!?」


 信じられないことにグレンダはその看守の首を締め付ける。看守はそれに対して必死に抵抗する。


「ぐ、ぐるしい……だ、だれが……だれ……」


 だが、その抵抗もむなしく看守の男の動きは止まった。……そう、看守は死んだのだ。グレンダの手によって……


「な、なんだってあいつ自分の仲間を……」

「ぐ、ぐおあああああああああ!!!」


 も、もしかしてこいつ……しょ、正気を失っているのか?……王国はなんでこんな危険で不安定な奴を三大魔道士にしたんだ!?


「お、落ち着いてください!!グレンダ様!!」

 

 看守は必死になってグレンダをなだめようとしている。だがときすでに遅し………グレンダは叫びながら黒い風をまとい始める。これは……禁断魔法のブラックサバスか!?グレンダは黒い風をまとったまま看守の方にゆっくりと向かっていく。


「ぐ、グレンダ様!!や、止めて……わあああ!!」


 グレンダは看守の首をつかみ床に叩きつける。何度も何度も……看守の命がつきるまで……


「ぐるるるるる………」


 今度はこっちを見ている。風をまとった姿は竜人なんかよりもずっとモンスターじみている。


「リュウ、ジン……」


 い、今なんて…………

 

「リュウジンハコロス……ママノ……ママノタメニ!!!」


 ママ……だと?


「お、終わりだ……」


 看守の一人は絶望した顔でそうつぶやく。


「こうなってしまったら……グレンダ様は目に見えるものを全て破壊し尽くす。ここにいる誰もがそれを止めることg……」


 その言葉とともに……彼の首は思い切り吹き飛んだ。


「や、やべえ……に、逃げるぞ!!リドラ!!」


 僕らは急いでこの場を後にし全力で駆け出した。当然グレンダは僕らを追ってくる。スピードはそこまでではないが、全速力で走る僕らをペースを変えることもなくグレンダは一歩一歩確実にこちらに近づいてくる。


「くそ……このまま逃げ続けてもいつか追いつかれちまうぞ。」


 目的地の監獄の塀近くまでかなり距離がある。全速力で走っても10分、20分……いや、それ以上かかるかもしれない。


「ぐおああああ!!!」


 グレンダは僕達を追いかけながらも目に入ったものを全て破壊し尽くす。それを止めることも防ぐことも僕達には……


「目に入るもの全て……」


 目に入るもの全てを破壊し尽くす……だったら


「な、何やってるんだリドラ!?」


 僕は、いったん逃げる足を止める。そして、グレンダの腕に刺さっている針を念力の力を使って引っこ抜く。


「ま、まさかそれについてる血を使って……」


 僕は針を自分の手元まで引き寄せようとした。……だが、その針は僕の手元までには届かず足下に落ちた。僕は慌てて足下に落ちた毒針を拾う。


「……時間切れか。」


 むしろ好都合だ。念力の能力が時間切れになったってことは別の能力のカプセルを飲めるようになったということつまり、グレンダの血でカプセルを作り透明化すれば……やつから逃げ切れるかもしれない。


「ナイスだ!リドラ。よし、とっとと逃げるぞ。」


 僕達は止めた足を再び動かす。


「はあ……はあ……」


 ドラネオは逃げ続けながらもグレンダの能力のカプセルを作っている。……器用なやつだ。


「よし、出来た!!カプセル二つ分。」

「よしこれを飲んで早くあいつから……いやまだ、だめか。」


 僕のカプセルの効力は時間切れになったがドラネオが飲んだドラネアの能力のカプセルはまだ継続中だ。まだ、カプセルを飲むわけにはいかない。


「……なあ」

「……どうした?」

「別に、俺に構う必要なんてねえんだぞ。」

「え?」

「お前だけがこのカプセルを飲んでここから逃げたっていいんだぞ。」

「な、何言ってんだよ。」

「…………」

「そ、そう言ってあれだろ。先にカプセルを飲ませてどれぐらいの負担がかかるか見るつもりなんだろ。」


 なんせ、王国三大魔道士の能力が入ったカプセルだ。どれだけの負担が掛かるか分かったもんじゃない。


「そうだな……確かにどれだけの負担が掛かるか分かったもんじゃないな。」

「やっぱり、お前そういう……」

 

 僕がそう言いかけたときドラネオは突然、走る足を止める。


「おい、どうし……」

「……ぐはっ!!」

「……え?」


 そしてドラネオは足を地面につけ口から何かを吹き出す。それは、戦場でいやというほど見た真っ赤な液体……血だ。


「……どうやら、時間差できちまったみてえだ……」


 ドラネアの能力のカプセルの副作用……それが今出たっていうことか。


「……ああ、くそ!!」


 僕はドラネオを担ぎそのままグレンダから逃げる。


「げほっ……げほっ……」

「おい、大丈夫か!?」

「まあ、これは……まだましなほうかな……本当にひどいときは文字通り死にかけるし。」

「……」

「こいつを飲むのはそれだけのリスクがついて回るということだ。お前にその覚悟はあるのか?」


 そう言ってドラネオは僕にカプセルを見せる。


「あ、当たり前だ……。もうそれしか方法はないからな。」


 不安がないといえば嘘になる。現に今ドラネオがこうやって血を吐いているのだから……それでも、もうこれにかけるしかないんだ。


「ははは……それもそうだな。」


 ドラネオは会ってから今までで一番のにこやかな表情を見せながらそう言った。


「……でも、俺はもうだめだな。」

「おいおい諦めるのか!?このままカプセルの時間が切れるまで走り続ければ……」

「出来るわけねえだろお前に……俺のこと担ぎながらこのまま逃げ続けるなんてよ。」

「う……」


 ドラネオのいうとおり、ドラネオを担いで走り出してから大分グレンダとの距離の差が縮んでいる。このままドラネオのカプセルが時間切れになるまで走り続けるのははっきり言って無理だ。


「で、でも、お前ここで立ち止まったら確実に死ぬぞ!!それでもいいのかよ!!」

「……」

「兄貴の生死を確かめたいんじゃないのかよ!!」

「……」


 僕は何を言っているのだろう……こいつは、竜人なんだ。こんなやつのことなんて放っておいてとっとと逃げるべきなのに……何で僕は、こいつのことを……助けたいと思ってしまうんだろう。こいつは俺達人類の敵でさっきも人間を殺して……


「ははは……お前いいやつだな。」

「……な!?」


 突然、ドラネオにらしくないことを言われて僕は困惑する。


「こんないいやつを犬死にさせたらきっと……兄貴に怒られちまう。」

「……え?」


 そう言うとドラネオは突然暴れだしドラネオを担いでいた僕の手を無理矢理振り払う。


「おい!!一体何を……うごっ!!」


 そして僕の肩を下りた後間髪入れずに俺の首根っこをつかみ無理矢理口を開かせる。そして……ドラネオは無理矢理カプセルを俺の口の中へ突っ込み飲ませられた。


「げっほ、げっほ……何しやがんだてめえ……」

「……これで、一緒に逃げられなくなっちまったな……」


 そうドラネオが言うのとほぼ同時、グレンダはこのごたついた状況を見てチャンスだと思ったのだろうか、突然スピードをあげてこちらとの距離を一気に詰めてくる。


「まずっ……」


 ドラネオにカプセルを無理矢理飲ませられ動揺していたこともあり僕はその突撃に対してすぐに反応出来なかった。避けられ……ない。


「ぐっ……」


 僕が身構えるとほぼ同時に横から思い切り『どん!!』と肩を押される。それによって僕は床へと体が着く。その結果僕はグレンダの攻撃を間一髪のところで避けることができた。


「……な!?」


 ……だが、代わりに、ドラネオが……


「あ、あ……」


 ドラネオの体がグレンダの手によって壁にめり込まれていた。その全身は傷だらけでぶらんと力が抜けたような状態になっている。……死んでいるかもしれない。


「なんで……」


 こいつ……僕のことをかばったのか?俺のことを突き飛ばして……


「ぐるるる……」


 グレンダは僕のほうを見る。今度は僕を狙うつもりだろう。……戸惑っている暇はない。あの能力を使うしかない。


「……空虚エンプ


 僕がそう言うとグレンダは当たりをキョロキョロし始める。能力が発動したみたいだ。


「うぐぐ……うぐぐ……」


 グレンダは必死に僕の居場所を捕らえようとする。その隙に僕はドラネオを抱きかかえる。


「……」


 問題はこの後どうするかだ。ドラネアは全身傷だらけで血も流れてる。このしたたる血……それが血だまりになりこちらの場所を特定する目印になってしまう。だから、ドラネアを抱えたまま逃げるのは……


「……!!」


 ……そう思ったそのときドラネオがめり込んでいた壁がガラガラと崩れ落ちる。壁の向こうは外に繋がっていた。ここは三階のため高さは結構ある……でも、迷っている暇はない。僕は意を決してドラネオを抱えながら壊れた壁からジャンプした。


「ぐっ……」


 バランスを崩して僕は地面に衝突する。一応グライドも使おうとしたがどうやら、エンプは魔法と併用できないみたいで使うことが出来なかった。


「……グレンダには、気づかれて……ないのか?」


 看守曰くあの状態のグレンダは動くもの全てを破壊するということだった……裏を返せば動かなくなったものには興味を無くすということ。だから、ドラネオが消えても動とも思わないということなのか……?いずれにしろこちらを追ってくる様子はない。


「とにかくはやく塀の外に……」


 僕は一刻も早く塀の外に出ようとドラネオを担ごうとする……だが、


「……ぐっ!!」


 僕がドラネオの方へ向かおうとしたとき自分の足が負傷していることに気が付いた。地面に衝突したときに強く打ったのだろう。


「く、くそ……」


 それでも僕は前に進み続けた一緒にここから……「魔女の胃袋」から脱出するために……


「はあ……はあ……うっ!」


 僕は担いでいたドラネオと共にうつ伏せになって倒れてしまった。それでも僕は……


「もう止めろ。」


 ドラネオがボソッとそう口にした。


「……」

「カプセルの効果時間のことも考えろ。」

「……」

「その状態で俺を担ぎながら10分以内に出られると思うか?」

「……」


 ドラネオの言うことは何も間違っていなかった。このままでは二人で逃げようとすれば二人とも捕まってしまう。だから、この状態、最善の行動は……一人で逃げることだ。


「でも……」

「諦めろ、リドラ。」

「え?」

「お前ごときの力じゃこの状況で俺を助けること何て出来ない。だからもう……諦めろ。」


 ドラネオは僕に冷たくそう言い放った。僕には分かっていた。この言葉は決して僕を非難するために言ったのではないということが……でもその言葉は静かに僕の心を突き刺した。救うどころか命を奪ってしまったレイラと重なって……


「でも……でも……」

「おいそこのお前達ここで何をしている!!」


 話しているうちに僕達は看守に見つかってしまった。しかも十人近く僕とドラネオはぼろぼろ……エンプ一つでどうにか出来るような状況ではないことは間違いない。


「……」


 道は……最初から一つしか用意されていなかった。僕は……


「き、消えた……だと!?」

「おい、何がどうなってんだ……早く探せ、探せ!!」


 僕は……諦めた。

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