第32話 逃げるか、それとも……
霧雨の森……この森は昔から存在していた森ではない、ここらを仕事場にしている老年の猟師によると元々は周辺の森と何ら変わらない森だったらしいが……ある日何の予兆も無く深い霧が現在の霧雨の森に当たる地域に現れたらしい。そしてその森には周辺の森とは異なる生き物が生息し始めたという。
その後もこの森には様々な噂が流れていた。大国がこの森でやばい実験をしているだとか、悪霊がこの森に潜んでいるだとか、竜人達がここを根城にして王国に攻める機会を伺っているだとか……
この森の詳細なことはこれ以上は分かっていなかった。そう今日までは……
「ここからは敵の逃げ場を無くすため集落に攻め込む。各自俺が指示したように分かれてくれ」
竜人から聞き出した集落へのルートは二つ。その二つのルートを使うことでしか森の外から集落へと向かうことが出来ないようになっているらしい。裏を返せばこの二つのルートから攻めれば集落にいる竜人達の逃げ場はなくなるということだ。
「こっからは別行動ですね……カンナ。」
「……そうだな。」
そのチーム分けだが私とカンナは別のチームになっている。レンジさん曰く人数や実力などを加味した上で一番いい組み合わせとのことらしい。
「その……」
「……ん?どうした?」
「その何というか……」
こういうとき……なんと言えばいいのだろう?『あまり無茶はしないで』そう言葉をかけたあの子は無残にも死んでしまった。もし、違う言葉をかけていれば今も彼女は生きていたかも知れない。そう考えると、私は軽い気持ちで言葉をかけられなくなった。特にこれから戦いに行く人には……
「ごめん……」
「ごめんって……何で謝るの。」
「……」
結局私はカンナに何も言うことは出来ずカンナは別部隊の人達と一緒にこの場を去って行った。
「それじゃあ行こうかリア君。」
「……はい。」
レンジさんが私に声をかける。ここからはカンナのいる部隊と分かれて行動することになる。ちなみに私はレンジさんが率いる部隊で行動することになっている。
「心配か?カンナ君のこと。」
「正直……不安です。」
カンナとチームが分かれてしまうのは不安だ。カンナは今かなり不安定な状態でいる。本当だったら今回の作戦にも参加させるべきではないのだと思う。だが、私はカンナを止めることは出来ない……
「そう心配するな。彼女は弱い魔道士じゃない。魔力も体力も一般の魔道士の倍以上だ。そう簡単にやられたりしないよ。」
「そう、ですね……」
確かにカンナは戦場で第一戦を戦えるほどの実力は兼ね備えている。でも、私が心配しているのはそういうことじゃないんだ。私が心配しているのは……カンナの心だ。
*
二方向から魔道士達が攻めに来る……人数はそこまでではないが、奴らは現役の魔道士部隊。対してこちらは戦争から一線を引いた者達の集まり、普段彼らは村の防衛のためにおのおので訓練まがいのことをしてはいるが、今も現役で戦争に参加している魔道士に太刀打ちできるのだろうか……
僕達村人側は三つの部隊に分かれている。そのうち二つはこの村にたどり着くための二つのルートそれぞれから攻めてくる魔道士に対抗するための部隊そしてもう一つは……
「分かってるねみんな!!ここが村の最後の砦だ!!ここを突破されることがあれば私達の村は終わりだ。気を引き締めていきなよ!!」
森の外から村に入るための二つのルートはどちらも今いるこの場所を通ることになる。そしてここの地点からをまっすぐ進むと村の入り口前にたどり着けるというわけだ。そしてここを通らなければ村の入り口にたどり着けない。ミハルが言うようにここは最後の砦となるわけだ。
「ミハルさん!!ミハルさん!!大変です!!」
「どうしたエイギル?そんなに慌てて……」
「……イルハ達がやられたそうです。」
「……!!」」
エイギルは切羽詰まった様子でそう話す。
「まさか、こんなに早くやられるなんて……さすがに想定外だ。」
「あっちにはエリーもいるのに……くそ!!なんで!!なんでこんなことに!!」
エイギルはかなり動揺している。
「落ち着けエイギル!!今は嘆いてる暇はないだろ!!それでもお前は誇り高き竜人の戦士か!!」
「分かってる、分かってるってそんなこと……」
「エリーは……簡単に死ぬやつじゃない。きっと無事だ。だから……」
ミハルの言葉は……ただの気休めだ。どんなやつでも死ぬときは本当にあっけなく死ぬ。僕はそれを実際に「経験」している。
「落ち着くんだエイギル!!落ち着ついて状況を話せ!!」
「……う、うぐ……」
ミハルにそう言われエイギルは必死に正気を取り戻す。そして口を開く。
「イルハたちA班は敵の襲撃によりほぼ壊滅状態。敵の部隊も何人かはやられているみたいだが撤退する動きはないです。どうやら俺らも覚悟を決めた方が良いみたいだ。」
いよいよ戦いが始まる……僕は、未だに決断できていない。ここでみんなと戦うべきか……それともどさくさに紛れて逃げるべきか……
「まだ、迷ってるのか?」
ミハルが僕に声をかけてきた。
「また……俺の心の中を読んだんですか?」
「別に心の中を読まなくたって顔を見たらバレバレだよ」
今の僕はそんな迷ってそうな顔をしているのか……
「本当に悪いと思ってるんだ。初めはただ村のことをどうにかしたいって言う一心でここにつれて来ちゃったけど、まさかこんなことにまで巻き込んじゃうなんて……」
やはり、ミハルさんは僕をこの村につれて来たことをかなり後悔しているようだ。
「今更なんですけど……ミハルさんが言ってた僕を使ってアルバドラにこの村の存在を認めさせたいって話。結構無理がないですか?こんな時代なのに……」
このことを僕は前々から疑問に思っていた。一ヶ月村で暮らして来て分かったがカナギは外部に情報を漏れることをかなり警戒しているような人だった。いや、カナギだけではなく他の村人たちも……それにもかかわらずこの案をミハルがカナギに提案した理由は一体何なのだろうか?
「……結構限界なんだよねこの村。外部から隔絶されてるから交易とかもできないし経済面でいろいろと不都合なことが多いんだよ。最初は村の人達が頑張ればどうにかなる程度だったんだけど、段々それが膨れ上がってきてて……まあとにかく色々あるんだよ色々!!」
他の村や町は一見盛えている見えても戦争による不安が拭えない感じがしていた。だから、戦争とは無縁であるここの村の人達は不安や心配が無いように見えていたのだが……
「それに、今回のことがなくてもこの村の存在が明るみに出るのは時間の問題だった。霧雨の森には色々と噂も外の人たち流れていたし……そしてこの村の存在は王国にとってもアルバドラにとってもよく思われない。すぐにこの村を潰しにくる。」
「まあ、それは……ん?だったら余計に……」
「でもね、そんな時にこんなことをジーンから聞いたの、アルバドラの司祭にね。竜人と猿人の共存を望み共存のために活動している竜人がいるっていうことを……」
「……な!?」
そんな活動をしている竜人がアルバドラに……?
「そんなまさか……そんなことしてる奴をアルバドラの重鎮たちが放っておく訳が……」
「その人にはね、とても強大な力を持っているんだって、アルバドラの最終兵器になり得るぐらいに……だから、重鎮達もその人を監視、軟禁はしているんだけど殺すことは出来ないらしいんだ」
「……何でジーンがそんなことを知ってるんだ?」
「ジーンは村から出てアルバドラ付近の情報収集を年に何回かしてたんだよ。」
「でも、その情報って確証はあるんですか?」
「この情報を聞いた後……婆ちゃんに何気なくこのことを話してみたんだ。そしたら、婆ちゃんはその噂の人物に心当たりがあるって口にはしなかったけど……見えたんだ。」
「……ジャッジアイでですか……。」
カナギのおばあさんが?さっきまでは都市伝説を聞くような気持ちで話を聞いていたが、なんか一気に真実味を帯びてきたぞ……
「詳しいことは教えてくれなかったんだ……そんなのにすがっても無駄だって言われちゃったよ。それでも諦められなくてね」
「で、魔女の胃袋から唯一脱出した英雄になるであろう僕にその人とのつながりをもちこの村の存在を認めさせたかったって訳ですか……」
かなりめちゃくちゃな案ではあるが逆にそれはこの村がそれだけ追い詰められていたということなのだろう……
この村の防衛システムである「霧」これはカナギの魔法で水の魔法を応用させたものだそうだ。霧はこの村の人達を長らく守ってきた。ここに入ってくる人達は森の中で迷い村にまでたどり着くことは無い。
それでも村人達は真に安心することは出来ないのだろう。自分達がイレギュラーな存在である以上王国やアルバドラが攻め込んでくることが常に頭によぎってしまう。彼らは恐怖から逃れることが出来ない。僕が見てきた彼らの平和は……彼らが安心するために作られた偽りの平和だったのかもしれない。
だが、例え偽りの平和だったとしても彼らは戦わなければならない。彼らの居場所はこの村だけなのだから……
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