第31話 迷い

 脱獄囚リドラに遭遇してから一ヶ月近くの時が過ぎた。脱獄囚リドラは未だに見つかっていない。リドラが見つかってすぐに警戒網を張られたので遠くに逃げたとは考えにくい。まだこの周辺にいるのはほぼ間違いないが……魔道士がいくら探しても見つからない。


 この森の大体の場所は調べ尽くした。後、めぼしい場所と言ったら霧雨の森ぐらいしか無いのだが……霧が深い上に危険な生物が多数生息している。そのためなかなか奥深くまで捜索することができないのが現状だ。


 そんなどうしようもない状況が続いたある日突然レンジさんから連絡が来た。どうやら私達に直接会って話したいことがあるそうだ。私とカンナはレンジさんと待ち合わせした宿舎の客人室に向かった。


「まさか本当にかの有名な魔幻隊の方がリドラの確保に協力してくださるとは……いやあ心強い限りです」

「いえいえそんな……お、どうやら来たみたいですね。」

「はあ、はあ……ごめんなさい遅れてしまって……」

「いやいや、俺もちょうど来たところだから大丈夫。それより今日は君らに話があって来たんだ。隊長殿には申し訳ないですが席を外してもらえますか?」


 そう言われると中隊長はそそくさと部屋を後にした。


「それでレンジさんその要件というのは……」

「霧雨の森の捜索についてだ」

「それって、やっぱりリドラは霧雨の森の中にいるんですか!!」


 カンナは声を荒げてレンジさんに聞く。その表情に余裕はない。


「昨日とある竜人を捕獲した。」

「もしかしてその竜人は……」

「いや、リドラじゃない、だがそいつから興味深い話を聞けてな……どうやら霧雨の森の中に竜人達が集落を作っているらしいんだ。」


 竜人達がこの王国の領土に集落を?一体何が目的で……


「それでその竜人は親切なやつでさ……村がどこにあるかも教えてもらったんだよね……あと村にどんな人が住んでるかとかその他諸々その中に名前を変えてはいるがリドラと思われる人物もその集落で最近暮らしている……らしい。」


 私はその言葉を聞いて思わず息をのんだ。レンジさんはまるで知り合いに聞いたような口ぶりで話しているが、そんな大切なこと簡単に話してもらえるはずがない。つまり……そういうことなのだろう。


「場所も特定して後は魔幻隊総出で乗り込むだけ……といいたいところだが、魔幻隊は今、ディオナ山脈の戦いにかなり人員を割いてるからあまりこっちに人を呼べなくて困ってるんだ」


 彼が何を言いたいのか……私はなんとなく察しがついた。


「だから、君らにその村の制圧に協力してもらいたいんだ。」


 やはりそうか……レンジさんはなぜか私達の実力を買って協力を求めてくれている。少し不自然なぐらいに……


「で、どうだ。協力してくれるか?」

「……」


 どうしたものか……リドラに関して気になることもあって捕まえに行きたいのはやまやまだが、この人の意図が読めない以上簡単に引き受けるのは気が引ける。でも、脱獄囚の居場所が分かっているのに何もしないのは……優柔不断な自分の性格が恨めしい。


「……やります。」

「……!!」


 カンナは口を開いた。その眼差しは何かを覚悟しているように見える。


「私に出来ることがあれば何でもやります。だから、一つお願いしてもらいたいことがあるんです」

「……なんだい?」

「それは……」





 この村に来て一ヶ月と少し過ぎたある朝、今日は仕事が休みだったため少し遅めに起きてみると村の様子が少しおかしいことに気づいた。

  

「まだ、見つからないのか……」

「あいつはこの村でもかなりの古参だからあの森の中で迷ってるとはとても思えないんだが……」

「いや、いくらあの森の中になれているとはいえ油断すれば右も左も分からなくなるだろ……」

「みんな落ち着いて!!今カナギのばあちゃんが必死にジーンを探してる。今までだって婆ちゃんの能力でなんとかしてきたじゃない。だから今回もきっと大丈夫!!」


 ミハルが必死に村の人達を落ち着かせ用としている。だが、村の人達が落ち着く様子がない。


「ミハルさん……」

「あ、レイド。今日は緊急事態が起きたから壁の修復作業はお休みってことで……」

「行方不明者が出たって聞いたけど一体誰が……」

「……ジーンよ」


 ジーン……一緒に壁の修復作業をしていた竜人のおじさんだ。ジーンは真面目で石橋をたたいて渡るという言葉が似合うぐらい慎重な竜人だ。いくら霧雨の森とはいえ彼が簡単に迷うとは思えない。


「いま婆ちゃんが必死に能力を使って探してるけど、全然見つからないんだよね……」


 ここの村の村長であるカナギ。彼女の能力は水晶眼ゴッドノウズ。水晶を駆使して森の中だあればありとあらゆる場所を例え霧の立ちこめるこの森の中でも把握できる能力だ。今までもこの能力を使い森の中で迷った村人を何人も助けたらしい。


「もしかして、森の外に出たんじゃ……」

「……竜人のジーンにとって森の外より中の方が安全だってことは分かってるはずなんだけどなあ……」


 霧雨の森は、王国では立ち入り禁止区域に認定されているほど危険な森だ。それなのに、ここの人達にとっては森の中よりも外の方が危険とは何というか皮肉なもんだな……


「僕に出来ることはないですか?ほら、僕、アイズも使えますし。」

「うーん……でも、そうなるとリドラのこと村の外に出すことになっちゃうじゃん。そうなると婆ちゃんが……ねえ?」

「ああ……」


 確かにカナギのおばあさんがそれを許すとは思えないな。


「まあ、とにかく今日は部屋で休んでて。何か進展があったらすぐに伝えるからさ。」

「……分かりました。」


 僕はとりあえず自分の部屋に戻った。




「……暇だな。」


 部屋に戻ったが……特にやることがないのでミハルに借りていた本を取りベッドに寝転びながら読む。


「……結構面白いなこの本。」


 本のタイトルは「逃避行」。椅子に座って呼んでみたがなかなか面白い。内容は追われている身の主人公がひたすら逃げ続けるというシンプルなものだが、主人公の心理描写がうまく描かれているので呼んでいて飽きない。それに、今の自分の状況に重なるものもあり感情移入してしまう。僕は時間を忘れてこの本を読みふける。


「……ん、なんだこれ?」


 本を読んでいると一枚の写真が挟まっていることに気がついた。写真にはミハルと幼い少女、この子は……大分雰囲気が違うがどことなくリアの面影がある。おそらく小さいときのリアだろう。そして、もう一人、ミハルと同い年ぐらいの男……何故だろうこの男どこか見覚えがある。


 そんなことを考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。誰か来たようだ。ドアを開けるとそこにいたのは一緒に仕事をしているエイギルだった。


「緊急事態だ。大至急カナギのばあさんのところに来てくれ。」


 エイギルの口調はいつものひょうひょうした感じではなかった。


「何かあったんですか?」

「詳しいことは集合場所に来てからだ。早く準備しろ。」


僕はそう言われるとすぐにカナギの家に向かった。カナギの家にはミハルやレーンにレイギルそれ以外にも腕に自信がありそうな村の人達が多数集まっていた。


「カナギさん急に呼び出して一体何があったんですか?」

「……どこかの部隊とおぼしき集団がまっすぐこの村に向かってきている。」


 周りのみんなはざわつき始める。この村に誰かが攻めこんでくること何て今までなかったからだ。彼らにとってはこれまでに無いぐらいの異常事態なのだろう。


「この村にってまさか……あの森の中は村の者でも道に迷うぐらいなんですよ。きっと何かの間違いですよ……」


 村人の一人がそうカナギに訴えかける。


「そう思いたいのは分かる……だが、事実奴らは正確なルートを通って確実にこちらの方へと向かってきている。」

「……!!」


 カナギの言い方からしてこの村の位置がばれていることはほぼ間違えないだろう。


「くそ、どうして村の位置がばれたんだ?……まさか!!」

「そ、そんな……」


 皆が同じことを考えているだろう。……ジーンだ。現在行方不明の彼の口からここの場所が漏れたとすればジーンが行方不明なことも合点が行く。ただ彼の性格からしてこの村を裏切ったとは考えにくいが……いや、拷問されて無理矢理聞き出されたと考えればさすがに……


「どこから漏れたかを詮索している場合ではない!!今は、奴らから村を守ることだけを考えるのだ!!」

「……!!」


 カナギは動揺している村人達の不安を取り除くためにに喝を入れる。


「そ、そうっすよね……犯人探し何てしてる場合じゃないっすよね……」

「このままうだうだ悩んでいたら私達の村が……」

「そうだ……お前ら!!俺達の村を……俺達の居場所を命をかけてでも守り切るぞ!!」


 カナギの一喝によって皆の士気が高まる。さすが二種族をまとめているだけのことはあるな。皆は早速戦闘するための準備をし始める。……僕も何か準備をするべきなのだろうか……


「あ、あのさあ……レイド?」


 ミハルが僕に声をかける。


「ミハルさん……どうかしたんですか?」

「なんか悪いねこんなことに巻き込んじゃって……」

「……」


 正直この状況、僕はどういう立場に立てば良いのか分からない。彼らに協力すべきなのか、それとも……


「これ、もっといて。」

 

 そう言って渡されたのは……これは森の地図だろうか?どこに行けば何があるかまで丁寧に書かれている。


「これは……」

「……この地図にはここから竜人の国までの道筋が書かれている。これを使ってこの村から出ろ。」

「……え!?」


 突然ミハルにそう言われ僕は戸惑いを隠せない。


「い、良いんですかこんなもの……俺に渡して」


 こんなものを渡したことがカナギのおばあさんにばれたらただではすまないだろう。


「本来、君はこの戦いには関係ない人間だからな。そんな君をこの村の戦いに巻き込みたくないんだよ……」


 ミハルは少し悲しげな表情でそう言う。

 

「……関係ないって。この前、『君は村の仲間だ』とか言ってたくせに……」

「い、言っていたはエイギルだろ。私は、そんな風には思っていない……」

「……やっぱり嘘をつくのは下手みたいですね。」

「う、嘘じゃないし。本当に思ってないし……」

「……」

「……私達はさ、もうこの村で暮らしていくしかないんだ。でも、君にはアルバドラでやらなきゃいけないことがあるんだろ。だったら……今がチャンスでしょ。」


 ……確かに村がごたついている今、この村から脱出するのであればこれ以上無いチャンスだろう。


「でも……」

「とにかくこれ渡しとく……これからどうするかはあなたの判断に任せるから……」

「あ……」


 そう言うとミハルはその場を去って行った。確かに僕は完全に巻き込まれた身だ。だが、ミハルに危機を救われたのも事実だ。本当なら村人達を助けるべきなのだろう。でも、戦いに巻き込まれればまたあの忌まわしき能力が発動してしまうかもしれない


 僕は、僕はどうすれば…………どうすればいいんだ…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る