第30話 この村で

 あれから私達は霧雨の森周辺をくまなく捜索した。だが、竜人の手がかりは全くというほど見つからない。やはりこの森の中に入っていくしかないのだろうか。だが、それにはかなりの危険を伴うことになる。今の装備では心許ないだろう。


「辺りも暗くなってきたし今日はもう切り上げるか……」

「そんな……私はまだ……」


 カンナは不服そうにしている。


「カンナそんな顔しないで。私達しばらくはここら辺の宿舎で寝泊まりすることになるんですから、そう焦ることはないですよ」

「……」

「俺もしばらくはここらで寝泊まりしてる。何か分かったらその神獣を使って連絡をくれ。俺も何か分かり次第君らに連絡するから。」

「はい、分かりました。」






 私達はレンジさんと別れた後そのまま宿舎へと帰路についた。しばらく歩いてようやく宿舎近くまで戻ってくることが出来た。


「いやあ、まさか魔幻隊の人に協力してもらえるなんて思いもしなかったですね……」

「……そうだな」

「でもなんで魔幻隊のレンジさんが学生隊の私達に協力してくれるんでしょうか……」

「……なんでだろうな」


 カンナはいつも以上に素っ気ない。


「……どうしたんですか?カンナ。なんか元気がないみたいですけど……」

「そ、そうか……?」

「今日は早く休むようにした方がいいですよ」

「別に、大丈夫だって……」

「ダメです!!最近カンナは無理してる気がします。だから……」

「……」

「……」


 私とカンナの間に気まずい沈黙が流れる。


「……すまないな、リア」


 そう一言言うとカンナはそのままそそくさと宿舎の中に入っていった。……私がカンナにしてあげられることは他にないのだろうか?





 



「リドラ!!ほら、リドラ起きな!!」

「う、ううん……なんだよもう朝か……」

「もう朝か……じゃないよ。あんた全然起きてくれないから起こすのに本当苦労したんだよ」

「……ああごめん」

「今日からしばらくはこの村の一員として働いてもらうから、ほらちゃっちゃと顔洗って準備して!!」


 僕はしばらくこの村の住民として村の仕事を手伝うことになった。僕が脱獄囚であることはカナギのおばあさんとミハルさん以外には隠している。この村の住民も半分お尋ねものみたいなものだが、それでも脱獄囚だとばれたら色々とまずい。


「着いたぞ、ここだ。」


 連れて来られたのは村を森にいる獣から守るためにある外壁、だが、その壁は無残に壊されていて本来の役割をまっとうできそうにない。


「派手に壊れてますね……」

「この壁は一昨日森にいる『グラベアー』って奴に壊されたんだ。まあそのグラベアーは私がなんとかして討伐したんだけど。」


 『グラベアー』……ここの森にはそんなやべー奴がいるのか……


「今日はここの壁の修復を手伝ってもらいたいんだ。」

「え?」


 改めて壊された壁の方を見る。壁の破損部位は目測で縦3m横幅は5mほどもある。

  

「これを二人でやるんですか?それは、いくらなんでも……」

「そんなわけ無いでしょ……ちゃんと他にも人が来るって。ほら噂をすれば来たみたいだよ。」


 そう言うと若い人間の青年と竜人のおじさんがこちらに向かってきた。


「おお、こいつが昨日この村に来たっていう……ええと確か……」

「レイドよ。」

「そうそうそんな名前だったな……よろしくなレイド。」


 レイドはこの村での僕の名だ。しばらく僕はレイドという名前で生活を送ることになる。


「俺達の自己紹介がまだだったな俺の名前はエイギルこっちの眼が細いおっさんがジーンだ。」

「……。」


 ジーンはエイギルに紹介をされるも何も言わずそのまま壊れた外壁がある方へと向かった。


「ははは……相変わらずだなあのおっさん。すまんなレイド。あの人結構人見知りだからさ……」

「ああいえ、僕は別に気にしてないですから……それよりこれでもう全員……ですか?」

「いや、もう一人いるはずなんだけど……」


 もう一人……?周囲を見渡すがそのもう一人の姿は見えない。


「あいつねぼすけだからな……もしかしたらまだ起きてすらいないかも……」


 エイギルがそう言うと同時に竜人の女が全速力でこちらに向かってダッシュしエイギルにドロップキックを食らわせた。


「ちゃんと起きてるわよ失礼ね!!」

「うわ!!ビックリした……なんだよ脅かすんじゃねえよ」


 そこにいたのは竜人の女だった。


「なによ、人を幽霊みたいに言ってあんた本当に失礼ね……あらこの人が噂の……」

「リ……レイドです。よろしくお願いします」

「ふーん、なんかあんまり頼りにならなそうね……」

「は、はあ……」

「私の名前はエリー。まあせいぜい私の足を引っ張らないようにしてよね」


 な、なんなんだ。あの態度……


「まあ、気にするなよ、ただツンツンしてるだけでそんなに悪い奴じゃないから。まあ、ツンデレってやつ?」

「ツンデレじゃないから。」

「はいはいごめんごめん。」


 そんなこんなで僕らは壁の修復作業に取り掛かった。


「ええっと、これをこうして……こうですか?」

「ううんと多分それでいい……」

「……違う。」

「え?」

「このままだと壁が壊れやすい。だからこうした方がいい……」

「そうか……ありがとうジーン。」

「……うむ。」


 ……なんか変な感じだ。人間と竜人が一緒に仕事をしている。この村の外では考えられない光景だ。


「ねえ、エイギル。」

「……なに?」

「これ……」


 そう言ってエリーはエイギルに水を渡す。


「お、さんきゅ」

「……」

「なんだよ。どうした?」

「……さっきはごめん。」

「え、なにが?」

「ドロップキックはさすがにやり過ぎた。」

「……ああ、さすがにあれは痛かったなあ……もしかしたら骨折れちゃったかも……」

「そ、そんな……」


 エリーはエイギルが骨を折ったと聞いて動揺する。


「おいおい、冗談だっつうの。」

「じょ、冗談って……マジトーンで言うから本気にしちゃったじゃないの……」

「はあ、相変わらず単純だなお前は……そんなんじゃ、いつか悪い男にだまされちまうぞ。」

「う、うっさい!!」

「ぐほっ!!」

「あ、ごめんつい……」

「つ、ついじゃない……だろ……つい……じゃ……」


 そんな、夫婦漫才が目の前で繰り広げられた。


「あのミハルさん……」

「どうしたんのリド……じゃなかったレイド。」

「なんかあの二人結構仲よさそうにみえるんですけど……もしかして……」

「お、鈍感そうに見えて結構鋭いね君……そうなんだよあの二人最近結構良い感じでさあもしかしたらもしかしちゃうかもなんだよね。」

「にんげ……猿人と竜人がですか……」

「ここの村じゃそんな珍しいことじゃないよ、言葉さえ分かれば……いや分からなくても愛し合うことは出来るのよ。」

「……え、何んですかそれ。」

「……今のは忘れて」


 「言葉さえ分かれば」か……


「そういえば、竜人の言語と猿人の言語って同じなんですよね……住んでる場所や人種もちがうのに……」


 ミハルはその言葉を聞くと少し悲しそうな顔になった。


「知ってる?200年以上前はね王国と竜人の国アルバトラは同じ国だったって……竜人と猿人はこの村みたいに仲良く暮らしていたって」

「……え?」


 そんなこと女学園の歴史の授業で習わなかったし本でも見たことないぞ……


「……は、初めて聞きました。」

「まあ、昔の話だし今じゃこの戦争において都合の悪い情報だからそのことに関連する書物はほとんど無いし知らないのも当然なんだけどね……」


 この世界でもそういう情報操作じみたことをしているのか……まあ、戦争中なんだし、こんなことがあっても何ら不思議じゃないよな。


「当時、二種族は互いに手を取り合って暮らしていたのになんでこうなってしまったんだろうね……いつの間にか二種族は互いにいがみあい、国は二つに分かれて、そして今……」

「この戦争に至ると……」


 この戦争がなぜ起きているのか……それについて考えたことが無いわけではなかった。だが、レミ村を燃やされてから、レイラが死んでからそのことを考えることはなかった。


「なんか湿っぽい話になっちゃったねさ、そんなことよりも早く壁の修復を終わらせよ。」


 そして、僕らは壁の修復作業を続ける。それはいつ終わるかも分からないような途方もない作業だった。でも、不思議とそこまでつらくはなかった。魔女の胃袋での劣悪環境だったからだろう。時間はあっという間に過ぎていく。



「はい、今日の作業はおしまい!!明日に備えて早く休むように!!酒を飲むのはほどほどにしてね!!じゃあ解散!!」

「ふー、おわった……」

「お疲れさまあ……」


 日もすっかり傾き皆疲れきっている。


「いやあ、こんな夜はいっぱいやりたいですねえ。皆さん!!」

「もう相変わらずだなミハルさんは……でも、私も久々に飲みに行きたいかも。」

「俺も俺も!!」

「……うむ。」


 どうやらみんな酒場へ飲みに行くみたいだな。


「よかったら、レイドも一緒に飲みにいかない?」

「いいんですかミハルさん?僕よそ者ですけど。」

「よそ者って……そんな風に言うなよ。今日だって村のために働いてくれたんだからさ。もう、君はこの村の仲間だ。」

「エイギルさん……じゃあ、お言葉に甘えて」


 僕はエイギルやミハルに連れられて村の酒場がある方へと向かった。酒場には竜人、猿人が互いの種族も気にすることなくどんちゃん騒ぎをしている。異様な光景ではあるが、これがこの村の普通なのだろう。


「うっめえなあ!!酒!!酒うっめえなあ!!」

「ミハルさん飲みすぎ……」

「うむ……」


 少し前の僕だったらこの光景を許さなかっただろう……だが、魔女の胃袋でのドラネオとの協力、この村の存在……そして、無限転生によるリドラの記憶、思考の引き継ぎ……これは僕が竜人に対する考えを変えざるを得ないものだった。


 そして今、僕はどうするべきなのだろうか?いっそここで暮らしてしまうのもありかもしれない。戦争が続いている外よりもここで平和に暮らしていれば無限転生も発動しないのだから……


「レイドこれを……」


 ジーンはそう言って僕に酒を渡す。


「ああ、ありが……」

『な……され……な』

「……!!」

「……どうした?レイド。」

「今……誰か声が……」

「……」

「……いや、なんでもない。」


 気のせい……か。





 


 






 





















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