第27話 焦燥
私はあの日を忘れない。毎晩あの日の悪夢に延々とうなされ続けている。あの日のことを思い出すだけで虫唾が走る。あのときもう少し早く駆けつけていれば……いや、そもそも前線に出ることを止めていれば……だが、後悔しても無駄。彼女が帰ってことはない。帰って……こな……
「先輩!!」
「……ああ、キャロか……どうかしたのか?」
「リア先輩からの伝言です。ガルタが何かを見つけたみたいだからこちらに来てくれって」
「そうか……分かったすぐに向かう。案内してくれるか」
「はい、もちろんです……カンナ先輩」
*
……僕は夢でも見ているのだろうか……僕の目の前にリアの姿がある。待ち望んでいた再会、思わず涙が出そうになる。
「あ、あ……」
そして、僕はリアがいる方に向かって足を一歩前に……
「動かないでください!!」
リアはそう言いながら魔法をすぐに出せるように構える。
「私は学生隊のものです。ここの森に脱獄囚らしき竜人がいるという目撃証言を受けてここに参りました。」
「……え?」
……僕は急に現実に戻されたような感覚に陥った。一瞬動揺したがすぐに冷静になる。そりゃそうだよな……この姿でレイラだって分かるはずがない……思わず名前を呼んでしまったがどうやらリアには聞こえなかったようだ。
「あなたがその脱獄囚ですね?大人しく降伏すればこちらも攻撃しません。ですが、もし逃げたり攻撃したりする動きを見せたら、そのときは……」
どうするこの状況……ここで捕まれば脱獄の苦労は水の泡だ。でもリアと戦うなんてこと……そんなこと僕には出来ない。
「攻撃しないと言うことは素直に降伏すると見ていいですね?」
「……」
「さあ、おとなしくこちらに……」
「あ、あのさあ……」
僕はこの状況を打開しようと思わず口を開いてしまった。
「……なんですか?」
「え、ええっと……あの、その……」
「どうしました?交渉なら無駄ですよ。」
「ち、違う。そ、そうじゃねえんだ……あの、その……」
僕は少し迷ったが、覚悟を決めて会話を続ける。
「久しぶり……じゃん」
「なっ!?」
久しぶりと言われてリアはわかりやすく動揺している。
「ひ、久しぶりって……い、一体何を言って……」
「……リア」
「……!?」
リアは自分の名前を言われてさらに動揺する。見ず知らずの竜人に突然な名前を呼ばれたんだから無理もない。
「あのさあリア、ちょっと話を聞いてくれないかな?」
僕は賭けた。リアに本当のことを話し信じてもらうことに……。そうすれば、僕らは争う必要もないしまた元の生活に戻れる。こんなに素晴らしいことはない。
「実は……」
「あなた……まさか。」
「……え?」
その言葉を聞いて僕は……かすかな希望を見いだしてしまった。
「リ、リア……もしかして僕……いや、私の……」
「あなた、まさか人の心が読める能力を……だから、私の名前が分かるんですか!?」
「な……」
だが、その希望は……ただの虚像だった。
「ち、違うんだリア!!僕は……僕は……」
……だめだ。リアは僕のことを心の中が読める能力を持つ竜人だと勘違いしている。そんなリアに対して自分はレイラだと言おうものならきっと憤慨する、もしくは軽蔑するだろう。もしリアにそんな態度を取られたら……僕の精神はもたない。
「はあ……はあ……」
そうなるともう残された道は……
「それほどの厄介な能力……魔女の胃袋から脱獄できるのもうなずけます。野放しにしておくわけにはいかないですね。」
リアはそう言って慎重にこちらに一歩近づいてくる。僕もそれに従うかのように一歩足を近づけてそして……
「シャイン!!」
「……しまっ!!」
シャインを使い目くらましをしひるんだ隙に逃げる。かなり古典的な策ではあるが、これが最適解だろう。リアは魔法に関しては学園の中でもかなり秀でていたが、運動能力はあまりない。僕の……リドラの脚力であれば逃げ切れるはずだ。
僕は木が生い茂っている方へ向かって逃げ出す。そっちに逃げた方が空から追ってくるガルタをまくことが出来るからだ。
「はあ、はあ……さすがにここまで来ればもう大丈夫……だよな」
十分ぐらいは全力で走っただろうか。ここまで来ればさすがに大丈夫だろう……そう思い一休みするために地べたに座り込む。
「は、ははは……そりゃ、そうだよな……」
心の中でどこか期待していた。もしかしたら、リアやカンナは姿形が変わっても僕がレイラ……いや、『僕』だってことに気づいてくれるんじゃないかって……。それは、ただただ甘ったるい期待だったのだ。
「う、うう……うう……」
僕はその現実を受け入れたくなくて、でも受け入れざるを得なくてただただ泣いた。今までどんな苦難にも耐えてきた。でも、こんなの……こんなのあんまりじゃねえかよ!!
「見つけましたよ……」
「!!」
どうやら嘆いてる暇すら神は僕にくれないみたいだ。
「これ以上逃げるのは止めてください……私だって無駄な争いはしたくないんです。たとえ、あなたが竜人だとしても……」
嘘だろ?かなり複雑な順路で逃げてきたのに……どうやってここまで追ってこれたんだ?
「ど、どうしてここが分かったんだ……」
「……こっちに来てジャイナ」
リアが呼ぶと何か小さな羽が生えた蛇のような生物が土の中から姿を現した。そしてリアに近寄っていく。
「この子は『ジャイナ』この子がいる限り貴方は逃げることは出来ません。例え森の中でも……もう諦めてください。もうじき仲間もここに来ます。あなたに逃げ場はありませんよ」
ジャイナ……初めて見るな。こいつもリアの神獣なのか……こいつが僕の後を追ってきたってことなのか……だが、どうやってリアに場所を伝えたんだ?くそ……分からない……
「リアさん、こんなところで何をして……な!!こいつはまさか……」
「ギアス!!、トリマ!!ちょうどいいところに!!」
増援まで来やがった……しかも2人も……くそ、万事休すか……
「……ーン!!」
「……今、なんか動物の鳴き声が聞こえないか……」
「何言ってんだ、今はそんなことよりこの竜人を……」
「ヒヒーン!!」
「な、なんだこいつは!!」
どこからともなく馬に乗った女がこちらにやってくる。木々に囲まれた森の中にもかかわらずそれはもうすごいスピードで……
「乗れ!!」
女はそう言うとこちらに手を差し伸べる。バンダナで口元を隠しているため顔はよくわからないが、この状況……どうやら彼女の言うことを聞くしかなさそうだ。
他の魔道士が動揺している隙に僕は女の背中につかまるようにして馬に乗る。
「しっかり捕まってろよ!!」
女はそのまま馬を走らせる。森の中にもかかわらずものすごいスピードで。だが、彼女の乗馬技術はものすごいもので僕を乗せているにもかかわらず木にぶつかる気配は様子は一切無い。だが、一つ懸念すべきことがある。
「だめだ、このまま逃げてもジャイナに居場所が……」
「それなら問題ない。」
「……な、なぜ言い切れるんだ!!」
「私はジャイナを……神獣のことをよく知っているからだ」
「一体どういう……」
「話は後だ!!とにかく今は逃げることに集中するんだ」
「……」
*
「ちくしょう……見失っちまった……」
「一体何だったんだあいつは……」
「……あの脱獄囚の仲間なのかな?」
「そんなまさか、さっきのやつは我々と同じ普通の人間なんですよ!!竜人の仲間なんてことあるはずが……」
たしかに……さっきの人は竜人ではなかった。だが、事実彼女はあの脱獄囚を助け出した。……それに、なぜだろう……あの人、どこかであったことがあるような……
そんなことを考えていると誰かがこちらに来る気配を感じる。私やギアス、トリマは警戒態勢に入る。
「やっと見つけたよ……大分探したんだぞ……リア」
「……カンナそれに、キャロも……」
「どうしたんですか。リア先輩……言ってた場所から大分離れてますけど……」
「ごめんなさい……」
「何かあったのか?」
「俺達さっきまで竜人を追ってたんだよ!!なあ、トリマ!!」
「ああ、しかもあいつ手配書の竜人とかなり似てたんだ……」
「嘘……脱獄囚らしき竜人がいるって言う証言は本当だったんですか!!それでその竜人は……」
「……すまん」
「逃げられちゃったの……」
「突然馬に乗った奴がやってきてさあ、しかもそいつ竜人じゃなくて、普通の人間で、それで……あっちの方ににげちまったんだよ」
「……要するに脱獄囚に仲間がいたってことですか?しかもその仲間は竜人じゃなくて私達と同じ人間」
「そうそう、そういうことだよ!!」
学生隊の後輩三人がそんな話をしているなか。カンナは私に話しかける。
「……なあ、リア。ジャイナで敵の場所を特定出来ないのか?」
「それが……ジャイナがあの二人を追ってるんだけど、なんか様子がおかしくて……」
ジャイナは、「音」を頼りにして敵を追跡することができる。敵の位置を特定すると随時、超音波(一族の人間だけが聞こえる音)を使い敵の場所を私に知らせてくれる……はずなのだが、どういうわけかその超音波が来ない……
「あれ?あの蛇って……もしかしてジャイナじゃないですか」
キャロが指さした方を見ると。たしかに、ジャイナがおびえた様子でこちらを見ている。私がジャイナの方を見るとジャイナはすごい勢いで私の方に向かっていきじゃれついてきた。眼は少し涙目になっている。
「ジャイナ、一体どうしたんでしょうか……いつも、あんなにたくましいのに……」
キャロは不思議そうに私に尋ねる。たしかに、いつものジャイナはとても勇敢でどんな危険も顧みず的を追跡する。だが、今のこの状態……原因はおそらく……
「……多分『音』の影響だと思う」
「音?」
「ジャイナには苦手な音の周波があってその周波数の音を聞くとパニックになるの……」
「その周波数って簡単に出せるものなんですか?」
「音魔法のノイズを使えば出来るけど……その周波にするのには結構こつがいるしそもそも、その周波を知らないと……」
この弱点を知っているのは……おそらく一族の人間だけ……まさか、一族の人間の誰かが……いや、そんなことあるわけが……
「とにかく、今は一度戻ってこのことを報告すべきではないでしょうか?」
「それもそうね……脱獄囚の仲間がどれだけいるのか分からないし……」
みんなもキャロの意見に納得している様子だ。ただ一人カンナを除いては……
「私はもう少し竜人を探してみるから……みんなは先に戻ってて」
唐突なカンナの発言にみんなも驚きを隠せない。
「まさか、一人で探しに行くつもりですか!!竜人の仲間がどこに潜んでるかもわからないんですよ!!危険すぎます!!」
「だけど、報告しに行ってる間に遠く逃げられたらどうする。それこそ取り返しのつかないことになるぞ」
「それは、そうですけど……」
「大丈夫、危険だと思ったらすぐに戻ってくるから……じゃあ、行ってくるよ。」
カンナはそう言った後そそくさと脱獄囚が逃げていった方に向かっていってしまった。
「あ、カンナ先輩!!待ってください。私も一緒に……」
「待って、キャロ!!……私がカンナについて行く。だから、みんなは隊長にこのことを報告して」
「え、でも……」
「大丈夫、私がちゃんとカンナを連れ戻すから。だから……おねがい」
「……わかりました。リアさんも気をつけてくださいね……」
私はそのまま三人と別れてカンナを追った。カンナは学園の中でもトップクラスの脚力を持っているため短時間で大分距離が離れてしまったが、ジャイナの力があればすぐに場所を特定できる。
「……カンナ。」
……カンナは、あの日から変わってしまった。レイラを殺されたあの日から……普段学校では気丈に振る舞っていたが、どこか、前のカンナではなくなっている感じがしていたた。
第二回の学生隊に志願し戦場に向かったときにその違和感は確信に変わった。竜人と対峙してその竜人を殺すとき彼女は……笑っていた。
竜人が憎いのは私だって同じだ。だが、カンナはまるで復讐に囚われているように感じる。まるであのときのレイラのように……
復讐の連鎖は続いていく。例えこの戦争が終わったとしても……きっと誰かがそれを断ち切らなければいけないのだろう。だがそんなこと一体誰に出来るというのか……私には分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます