第20話 罪悪感
僕が魔女の胃袋にに来て一月以上が過ぎた。相変わらず飯はまずいし、娯楽と呼べることは何もなく、労働環境は劣悪だ。だが、この劣悪な環境が僕の脱獄の意思がより強固なものにしてくれる。
「おっリドラ、今日はちゃんと起きられたみたいだな。さて、今日はいよいよ念力使い、ヒュウに協力してもらうわけだが……」
「そのことなんだけどさ。別にそのヒュウって奴に協力してもらわなくても、ドラネオのコピー能力でどうにかならないのか?」
「俺もそれは考えたけどよ。能力をコピーできるのは10分までなんだ。さすがに心もとねえだろ。」
今ドラネオが言ったように能力のコピーはカプセルを飲んでから10分までという制限がある。それ以外にもカプセルを二つ飲んでも、発現する能力は先に飲んだ一つだけなどといった制限もあるがそれについてはおいおい話すことにしよう……
「10分もありゃ看守の懐にある鍵ぐらい簡単にとれるんじゃないか?」
「必要な鍵はここの檻の鍵だけじゃねえんだ。ここから安全に脱獄するためには少なくとも鍵はここの扉の鍵を除いて6個必要になってくる。しかもその鍵を看守一人が全部持ってることはほぼ無い。」
「『ほぼ』ってことは持ってる看守もいるのか?」
「……グレンダ。」
「あの牛骨仮面かよ……」
「そういうわけだからやっぱりヒュウの協力は不可欠ってわけだこの数日間であいつの弱みを見つけることもできたしな。」
本当に大丈夫だろうか。僕の実際に念力使いのヒュウの姿を見たがやつは完全に生気を失っていた。魔女の胃袋に来て大体一年近くといったところだろうか……「あのネタ」があるとはいえとてもこちら側に来てくれるとはとても思えない。いや最悪看守に密告されてしまうかも………そんな不安を感じるながらも昼休憩の時間はやって来る。ヒュウは地べたに座ってただただ空を見上げている。
「おい、お前!」
「……へ?」
「お前だよお前!!」
「は、はい!!な、何かご用でしょうか……」
「ここじゃなんだからよ……ちょっとつら貸せよ」
「は、はい……」
僕らはなるべく看守のいなさそうな場所へと移動した。
「で、何か用ですか?できれば手短にお願いしますよ……」
「お前、手で触れずにものを動かせる……いわゆるサイコキネシスみたいな能力を持ってるんだろ。」
「……」
「しかもその能力を悪用して監獄にあるものをいろいろ盗んでるらしいじゃねえか。」
「ど、どうしてそれを……」
食堂のパンの件以降も夜中にアイズでこいつのことは何度か監視していた。パンのこと以外にも何らかの弱みを握れるかも知れなかったからだ。そして思った通りこいつはパン以外にも監獄からいろいろなものを盗んでいた。
「食堂の貯蔵庫にあるパンに、耳掃除するために救護室にある綿棒を盗み、コーヒーなんかもうまいこと盗んでたよな。」
「うぐぐ……」
「極めつきには看守が持ってるあれな本を使って夜な夜な……」
「あー、あー!!聞こえない。何にも聞こえない!!」
あれな本とは……まあ、女性の絵が書かれているあれ系の本だ。後、ついでにあれするための紙も何枚か盗んでいた。これもアイズを使ってわかったことだ。
「しかも、看守が持ってるあれ系の本ってことは描かれてるのは猿人じゃねえか。」
「あーあー!!あーあー!!聞こえなーい!!聞こえないな!!」
猿人とはまあレイラやカンナ、リアのような普通の人間のことだ。竜人達はそう呼んでいるらしい。まあ、つまりヒュウは別種族のあれな本であれをしていたということだ。しかも敵種族の……
「このことを周りに知られたらどうなるかな……きっと軽蔑した目で毎日見られるんだろうな……」
「そ、それだけは……それだけは勘弁してくれ!!」
こ、これはひどい……もし、僕がヒュウだったら恥ずかしさのあまり5回ぐらいは死ねる。すでに3回死んでるけど……
「黙っていてほしいか?」
「は、はい俺にできることがあれば何でもしますから!!」
「お!今何でもするっていったな?」
「は、はい……」
「じゃあ俺達に協力しろ。」
「協力?なんのですか。」
僕達はこれからしようとしていることをヒュウに一から十まで説明した。
「そ、そんなこと……本気で言っているんですか!!」
「ああ本気だ。」
「脱獄なんてできるわけ無いでしょう!!考え直した方がいいですよ!!」
「できるとか、できないとかそういう問題じゃねえんだよ!!俺達は早くこんなところから出てまた戦場で戦わなければいけないんだ!!それが俺達の……戦士としての義務ってもんだろ!!」
「……!!」
ドラネオの言葉を聞いて何か思うことがあったのかヒュウはだまりこんでしまう。そしてしばらく間を置いた後ヒュウは口を開いた。
「……あなた達はここに来てどれぐらいですか?」
「俺は一年半、こいつはまだ一月ちょいぐらいの新人だ。」
「……新人の君はともかく一年以上いるあなたならばわかるでしょう!!この監獄から脱獄した人間が誰一人いないことぐらい……」
「それは、今までの奴らが甘っちょろかっただけの話だ。俺らは絶対そんなへましない!!そうだろリドラ!!」
「ああ、そのとおりだ。俺達は絶対に失敗しない。だから、協力してくれないか。一緒にここからでよう。」
ヒュウは黙り込んだ後でため息を一つついた。僕はヒュウの顔を見てみる。ヒュウの目からはどこか悲しそうな雰囲気を感じることが出来た。
「前にもそんなこと言ってたやつがいたなあ。そいつは俺と同じ部屋でよ……お前達みたいに俺の能力に目をつけて一緒に脱獄しようって誘われたんだ。もちろん断ったけど。」
僕達以外にも同じようなことを考えていた人がいたのか。まあ当然といえば当然か……
「でも、俺が断った後もそいつは少ない時間を使って脱獄のための計画を立ててたんだ。あいつ、『俺の脱獄を手伝わなかったことを後悔させてやる!!』って息巻いてたなあ……でも、あいつは結局脱獄することが出来なかった。それどころか散々痛めつけられて……最期は首を切られてさらし首にされていたよ……」
「…………」
「あいつの計画は三年以上かけて綿密に作られていた。元々そいつは司令部にいたやつでさ俺の目から見ても計画はなかなかのものだったよ。もしかしたら本当に脱獄できてしまうんじゃないか。そう少し思ってしまうぐらいに……それでも、脱獄することはかなわなかった。」
そんなに準備に時間を使っても脱獄することができないのか……
「それに、ここから出たとしてどうするんだよ!!俺らが作った装置は俺らの同胞を殺してるんだぞ!!とても奴らに顔向けできねえよ……」
「……」
……さすがのドラネオもなにも言い返せない。彼もそのことについて全く意識していなかったわけではないのだろう。
「……俺は脱獄に参加しない。別に今日のことを言いふらしても構わない。俺にはここから出ようと思う気力も勇気も無い。この能力があってもお前らの足手まといにしかならねえよ。」
どうやら協力してもらうのは無理そうだな……だがどうする、こいつに計画のことを知られてしまった。もし、こいつから情報が漏れてしまったら……
「わかったよ、そこまで言うんだったら無理に参加してくれなくていい、もちろんお前のしたことも口外しない。でも、一つだけ頼みを聞いてくれないか……」
*
そして、今日も労働を終わらせて就寝前……
「なあ、本当にこれでよかったのか?」
「お前もわかるだろ……あいつに協力してもらうのは無理だ。多分てこでも動かねえよ。」
「ちげえよ、あいつがもし情報を漏らしたらどうするんだって聞いてんだよ。」
「確かにもれるかもしれないな……」
「だったら!!」
「だからって同じ竜人を……同胞を殺すわけにはいかねえだろうが……」
「……」
同胞……同胞か…… 俺は元々竜人じゃない。無限転生で不本意にも竜人なってしまっただけだ。だからヒュウを殺したとしても罪悪感なんてこれっぽっちも起きない……はずなのに何故だろう……なんか心の奥底がモヤモヤする。これも無限転生の……リドラの体を乗っ取ったことによる影響なのだろうか?
「……なあ、今日あいつが言ってたことどう思う?」
「言ってたことって?」
「俺らが作ってる装置が同胞を殺してるって話だよ。」
「ああ、そのことか……」
「俺もさあ……たまに考えることがあるんだよ本当に戻ってきてもいいのかって……」
まあそうだろな。僕がもしこいつらと同じような立場だったら……自分の作った装置がカンナやリアを殺してしまったら……考えるだけでも気分が悪くなる。
「でも、例え周りから非難されたとしても、それでも俺は兄貴達の所に……」
……兄貴
「やっぱり……お前、兄さんがいるのか。」
「え、ああ、そうだけど……」
「……どんな兄さんなんだ?」
「……お前から
「まあひとことで言うと……めんどくさい兄貴だよ。やたら礼儀を重んじる性格でさ、戦争でもそれをいちいち気にするせいで味方からもひんしゅくを買うことも多くてさ……」
「…………」
「でも戦士としての実力は本物なんだよな……剣術だけだったらゼノス兄にも負けず劣らずの実力なんだぜ!!すげえだろ!!」
「……まあ、そうだね」
「でも、俺がここに入ってきて間もないころに兄貴が死んだって聞かされてさ……信じられないんだ。兄貴があんな平凡な猿人の村で戦死するなんて……だから俺はここから出て兄貴が生きていることをこの目で……確かめたいんだ。」
「……」
僕は、こいつの兄貴の、ドラネアの最期を知っている。だが、もちろんそのことを説明したところで何か意味があるわけじゃない。だから僕は何も言わない。
……気づいてはいた。こいつがあのときレミ村を襲った兄弟の一人だってことを……こいつは村をめちゃくちゃにした張本人にっくき敵だ。脱獄の協力の件が無ければそのことに気が付いた時点で事故とかに見せかけてこいつのことを殺していただろう。
だが、その憎しみとは別に、ほんの少し、ほんの少しではあるがこいつの兄を殺した負い目があるというのもまた事実だ。ドラネオはレイラのことを殺そうとした。だから、このことに負い目を負う必要性は全くない。そう、杉浦終夜は思う。だが、レイラは……僕の中にいるレイラはそう思えないみたいだ。全くどんだけお人好しなんだこいつはと自分のこと……いや、自分だったもののことながらあきれてしまう。
「リドラはさ……」
「なんだ?」
「リドラはここから出たら何かやりたいことというか……目的とかあるのか?」
……やりたいことか。
「……やりたいことはないな。でもやるべきことはある。」
「……なんだ?」
「………復讐だよ。」
「……そっか。」
……ドラネオは僕からそれ以上のことは聞かなかった。
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