第18話 黒
朝ご飯、労働、昼休憩兼昼ご飯、労働、晩ご飯、労働、就寝。これが監獄での一日のサイクル。毎日このサイクルの繰り返し。休日なし、特別なイベントも無し。まさに元の世界のブラック企業そのものだ。いや、昼休憩や就寝時間がちゃんともうけられているだけましなのか?ブラック企業に就職したことがあるわけじゃないからよくわからない。
「昼休憩の時間や必要最低限の就寝時間をちゃんともうけているのはなるべく死傷者を出さないため、奴曰く死ぬことは逃がすことと同意。生かしたまま竜人を苦しませ続けたいっていうグレンダの方針によるものだとよ。だから、医療もそれなりに充実してる。」
……だそうだ。まともな人間の思考回路じゃない。
「……お前、何かとここの内部事情に詳しいんだな」
「まあ、ここから脱出するためにいろんなやつに聞き込んだからな、無理矢理。」
無理矢理って……一体どんな手を使ったんだろうか。
「でも、聞き込みする時間なんてろくにないだろ。いつやってんだ。」
「昼休憩の15分間だ。時間短いから情報を少し集めるだけでもかなり日数がかかる、ここにはもう一年半近くいるがそれでも情報が足りていないぐらいだ。」
「……昼飯は?」
「5分以内に食えば問題無い。」
「……そっか」
まあ普通に考えても一人で聞き込みするよりも二人でやった方が効率いいからな……
*
昼休憩僕達は昼ご飯を五分以内に食べ終え聞き込みを開始することにした。中庭には僕達と同じように昼ご飯を食べ終えた竜人が結構いた。皆一秒でも長く休みを取りたいのだろう。
「で、どういうことを聞き出せばいいんだ?」
「そうだな……まず、あまり脱獄に直接関わるような単語を口に出すんじゃねえぞ。」
「ああ、まあそりゃそうだよな。もしチクられでもしたら元も子もないからな。」
「まあそういうことだ。だから、なるべく遠回しに聞くようにしろよ。それから、連続で同じ日に同じやつから聞くのも止めとけよ怪しまれるから。」
「ああわかったよ……。」
とはいえ、どういう人から聞き出せばいいだろうか。強そうなやつや、血気盛んそうなやつはトラブルのもとになりかねないからなるべく避けたい。
「あいつとかいいんじゃないか眼鏡してて大人しそうなやつ。」
「あ、いやあいつは……」
「なあ、あんた、ちょっといいか……?」
俺はドラネア
「は……何だよお前?なんかようでもあるのかよ……」
あれ?なんか思ってた感じと違う……
「俺はなあ。今すごくイライラしてるんだよ……気軽に話しかけてくんじゃねえよ!!」
そう言うと眼鏡の竜人の男は突然僕の顔を殴打する。
「痛っ、いきなり殴ることはねえだろ!!」
「うるせえ!!なんか文句あんのかよ!!」
くそ、一体どうなってるんだ。だが攻撃自体は別に大した威力ではない。返り討ちにしてやるか……
「サンダー!!」
僕は眼鏡の竜人の男にサンダーをお見舞いしようとする……が、静電気のように微弱な電気が生じただけで相手に届きすらしない。
「……あれ?」
これは……一体どうなってるんだ。もしかして、能力は引き継がれていても魔法は引き継がれないのか……!?リオンからレイラになったときはリオンが使える魔法はレイラも使えたので気付かなかった……
「おら!!何ぼけっとしてんだよ!!」
「ぐおっ!!」
再び僕は竜人のパンチを食らってしまった。くそ……レイラならレイラならこんな奴魔法を使わずとも一撃で倒せるのに……
「おいお前ら!!そこで何やってるんだ!!」
看守の人が騒ぎを聞きつけてこっちにやってきた。殴ってきた竜人は容赦なく拘束され連れて行かれた。
「はあ、何やってんだよお前……」
「ゆ、油断しただけだって。まさか殴ってくるとは思わなかったし……」
「あいつはここに入ってきてまだ早いから、こんな毎日にいらついてるんだよ。狙うならああいうやつだ。」
そう言うとドラネオは図体がでかくいかにも凶暴そうな竜人を指さした。
「いやいや、あいつのほうが危険そうに見えるけど!?」
「……よく見てみろよ。」
そう言われてよく見てみるとその竜人はただぼーっと空を見つめている。たまに頭をかいたりしているがそれ以上の動きはない。
「あいつはここに来て六年……つまり、今の戦争が始まったときからいる古参だ。」
「見た目の割に何というか……ふぬけてるというか……」
「あいつは元々名の知れた戦士だったらしいが、今じゃこの有様だ。ここに一年以上いると竜人は大体ああなる。」
一年いるだけでああなってしまうのか、恐ろしい……あれ?でも……
「そういえば、ドラネオはここに来て一年半以上って言ってたよな、よく平気でいられるな……」
「俺を他の奴らと一緒にするんじゃねえよ、鍛え方が違うんだよ、鍛え方が。それに、俺は早く確かめたいんだ。あいつのことを……」
「あいつって……?」
「……何でもねえよ、ほら早く聞きに行くぞ」
僕らはベンチに座っている竜人に話を聞きにいった。近づいて見てみると本当に恐ろしい風貌をしている。
「先輩お疲れ様です。」
「ん、ああなんだドラネオか……今日はどうしたんだ一体……」
「いや暇なんで世間話でもしようと……あ、こいつは新入りのリドラです。ほら挨拶しろ。」
「あ、こんにちはリドラです。今後ともよろしくお願いします。」
「ああ、よろしくね。」
見た目とは裏腹にとても物腰が柔らかそうな返事をする。
「で、どうですか最近なんかありましたか」
「なにかっていわれてもねえ……あっ!そうだ」
「なにかあったんですか」
「今日の朝ご飯のパンが俺のだけ少し大きかったんだよ!!これってすごいことだよなあ!!」
「ま、まあそうですね……」
すごくどうでもいいな……まあ、この監獄には娯楽と呼べるものが一つも無いからこういうことでしか楽しみを見いだせないのだろう。正直、僕もいつこうなるかわかったもんじゃない。
「ええと、他には何か無いんですか」
「他ねえ、そう言えば……最近なんか食料が少し減ってるとかなんとか……」
「食料が減ってる……?」
「ああなんか、食事係の人が看守にそんなことを愚痴ってるのを聞いたんだよね。やだよね。これ続いたら俺らの飯に量も減っちゃうかもしれないし、ただでさえ少ないのに……あっ!ち、違うんだ別にここの食事に文句があるわけじゃなくてその……。」
「別に誰にも言いませんよ。」
「そ、そうかい。なら、よかった。」
先輩の竜人はほっとしたような表情を浮かべた。
「じゃあ、俺そろそろ労働の時間だから。」
「あ、そうですか……じゃあまた。」
「ああ、またな……」
先輩はその場からとぼとぼ歩きながら去って行った。
「……あっ、やべ俺らもそろそろ時間じゃねえか早く行かねえとペナルティがつくぞ」
「もうそんな時間かよ……はあ、めぼしいことはあまり聞き出せなかったな……」
「お前がもたついたせいだからな。」
「……」
「まあいいさ、成果が何もなかった訳じゃない今日はまだましなほうさ」
その後は昨日と同じ作業の繰り返し。結局そのまま一日を終えることになった。
「はあ、今日も今日とて流れ作業、ほんとにしんどい。頭おかしくなりそうだ……」
「おいおい、まだ2日目だぞ。そんなんじゃ一年どころか一ヶ月ももたねえよ。それにしんどいと思ってても口に出すんじゃねえよ聞いてるこっちも言ってる本人もよりつらくなるだけだぞ」
「ああわかったよ、で、今日の収穫は食料が少し減ってるってことだけか、何が原因だろうな。」
「さあな、原因を確かめたいのはやまやまだけど、食堂に行ける時間が限られてるからな……」
ここの脱獄における問題点は行動できる範囲と時間が限られていることだ。食堂に行く時間は朝、昼、晩含めて二十分もない。かといって、今から食堂にも行くこともできないし……ん、いや待てよ……
「別に食堂に行く必要は無いよな。」
「は?なに言ってるんだ。食堂に行かないでどうやって確かめるんだよ?」
「俺の能力、アイズって言うんだけどさ。この能力には透視効果があるんだ。それを使えば……」
「お前、そんな便利な能力持ってたのかよ……早く言えよな!!」
「別に隠してた訳じゃねえ……ていうかお前だって俺に自分の能力言ってねえじゃねえかよ!!」
「わかった、わかった。後で俺の能力も説明するから……とりあえず食堂を確認してくれ」
僕はアイズを使い食堂の厨房ほうを見てみる。特に変わった様子はなさそうだが……僕はいったんアイズを解除する。
「おい何ですぐに解除するんだよ!!」
「うるさいなあ、これ結構大変なんだよ!!」
レイラだったころは結構長く使えた。特殊能力は魔力とは別に精神力を消費して使用することが出来る。レイラは魔力の量はもちろんのこと精神力も化け物じみた量を秘めていた。だが、それに比べてリドラはその精神力が圧倒的に低い。だから休憩を挟む必要があるのだ。
「よし!魔力が回復した。もう一回確認してみる。アイズ!!」
もう一度食堂の厨房を確認してみる。やはり別に変わったところは……いや、まてよ……あれはなんだ!?
「どうした!何かわかったのか!」
「集中してるから静かに……」
これは……一体どういうことだろうか。パンが浮いているしかもひとりでに動き出しているではないか。これは特殊能力なのだろうか?パンはそのまま空中を移動し続け囚人がいる牢屋がある方に向かっていった。看守の人もまさかパンが空中に浮いているとは思っていないので全く気づかない。パンはそのまま牢屋の扉の隙間をすり抜けた。この牢屋にいる囚人は……
「はあ、はあ……」
「どうだ、何が原因だったかわかったのか?」
「どうやら、囚人の念力みたいな能力によるものらしい、でもそんなのわかったところで……」
「何言ってんだよ!!これはすごい収穫だぞ。その能力の持ち主を上手くでしょ。ていうか、どう説得すんだよ?」
「まあ、そこは俺に任せとけよ、さあ!明日に備えて今日は寝るぞ」
「お、おお……」
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