第4話 寄生虫

 あの惨劇から一ヶ月以上のときが過ぎた。1カ月前の竜人の襲撃で村は半壊したくさんの人が殺された。だが、少しずつ村は元の活気を取り戻しつつある。この村の人達の精神力は本当にすごい。


 

「おはよう、レイラちゃん」

「……」

「……レイラちゃん?」

「……あっ、おばさん、おはようございます。」


 僕……いや、私はレイラとして毎日を過ごしている。自分でも未だに信じられない。だが、確かに間違いなく誰の目から見ても僕はレイラなんだ……


「もうすぐ聖魔道女学園の入学式よねー、確か全寮制の学校だったかしら。しばらくはこの村には帰ってこれないのよね……」

「でも、多分年に何回かは帰ってこれると思いますよ。」

「あらそうなの。じゃあそのときは家に遊びに来てね。また美味しい料理の作り方教えてあげるから!」

「あ、ありがとうございます。」


 このおばさんも一ヶ月前の竜人の襲撃で弟さんが亡くなっている。だが、そんなそぶりは一切見せることなく笑顔で僕に接してくれる。彼女は本当に強い人だ。


「あと、その、リオン君のことだけど……」


 その名前を聞いて僕は思わず息を飲む。


「あれはあなたのせいじゃないわ、全て竜人のせいよ。だからもう……」

「そんなに心配しないでくださいよおばさん、私はもう大丈夫です。それにリオンのためにもクヨクヨしてられません。」

「そう……レイラちゃん最近元気無さそうだったから心配で……でもこの様子だと大丈夫そうね。」



 そうレイラは何も悪くない。悪いのは竜人と……「杉浦終夜」だ。


「すみません。私そろそろ買い物にいかないと……」

「あらごめんなさい、引き留めちゃって、じゃあ頑張ってね」


 あれから……レイラになってからいろいろ考えた。異世界転生のこと、この能力のこと、そして……リオンのことだ。


 まず異世界転生。これについては全くわからない。別に神様のような人に異世界に送ってやると言われたわけでもない。どうしてこの世界に転生したのかよくわからない……いやもしかしたら意味なんてないのかもしれない。



「お!レイラちゃんいらっしゃい!今日は何買ってく?」

「じゃあこの新緑キャベツと紫にんじんとそれから……」


 次にこの能力「無限転生」についてだ。リオンの糸の能力とは全く違う能力だ。この世界で固有能力を二つ以上持っている人は珍しい。レイラですら能力は一つしか持っていなかった。リオンは二つ以上の能力を持つ珍しい人間……そう最初は思っていた。


「レイラちゃん聖魔道女学園に入学するんだって、いやーさすがアランさんの娘さんだねー」

「父さんにはまだまだ及びませんよ」

「そう謙遜するなよ。でもな本当だったらリオンも魔法学校に入学できたのになあ、本当に残念だよ……」


 ……三つ目にリオンについて、リオンという少年自体は僕が転生する前からこの世界に存在していた。そして無限転生でレイラの体に乗り移ったときの感覚はどこかで経験したことがあるものだった。そこから導き出される答えは……

 僕は……「杉浦終夜」は、「リオン」の体を奪って転生したのだ。


「おーい、聞こえてるかい、レイラちゃん?」

「あ、ごめんなさい。少しぼーっとしてて……」

「疲れているんじゃないか、特訓もほどほどにしなよ」


 この結論にいたったとき僕は絶望した。無意識とはいえ二人も命を奪ったことに、そしてそれを知らずにずっと……いやリオンだったときも薄々気付いていたかもしれない。でもそれを認識するのが怖かった。


「ほらサービスしといたから、頑張ってね。」

「あ、ありがとうございます。」


 このことを知っている人間は僕しかいない、いやいったところで信じる人間はいないだろう。


「あっ、まずい家の鍵がない!どこかに落としたのか?はあしょうがない……ええとたしかスペアの鍵が植木鉢の下に……」


 そしてもう一つ無限転生の特徴として、体を奪った人間の記憶を引き継ぐというものがある。リオンだったころに転生する前の記憶があったのもこれの影響だったのだろう。これのおかげというべきか、せいというべきか、僕は違和感なくレイラとして生活できている。


「あった!よかった、もうこんな時間だし早くご飯作らないと……」


 さらに、記憶だけではなく性格も元の人間に少し反映されていることに最近気づいてきた。これには明確な根拠はない、だが、終夜だったときの僕とリオンだったときの僕。そして今のレイラとしての僕の振る舞いや考え方は全く違う……ような気がする。


「よし!今日のご飯もうまく作れたぞ!おばさんに教えてもらったカレーおいしそうだなあ……」


 最近独り言が多くなった。そうでもしないと孤独に耐えられないからだ。二人で食事をしていた時が恋しい。


「うーん、おいしい!やっぱりおばさん直伝の料理はどれも最高だな。そう思うだろレイ……ラ。」


 俺はいつもレイラが据わっていた方の席を見る。だが、そこに、レイラの姿はない。いや、レイラはここにいる。でも、レイラじゃない。リオンでもない。今ここにいるのはただの第三者『杉浦終夜』なのだ。


「……は、ははは……」


 この事実を確信したとき僕はどうにかなってしまいそうだった。僕は故意ではないとはいえ2人の人間を殺したにもかかわらず何も制裁を受けずに生きている。その事実が……俺をただただ苦しませた。

 死んで楽にもなりたかった。でも、それは出来ない。例え自殺をしてもそれがトリガーとなりまた誰かがこの呪いの犠牲になる可能性がある。だから、僕は死ぬことは出来ないし、それを許されもしない。僕はレイラの寄生虫として生きていくしかないのだ。絶望だ。こんなこんな絶望的なことがあるだろうか?俺の精神はもう、もう……


「……だめだ。折れちゃだめだ!!折れちゃいけないんだ!!」


 僕は自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。そうだ。僕はまだ折れるわけにはいかない。


 僕はレイラの意思を受け継ぎ、彼女の夢を叶えなければならない。レイラは戦争を終わらせることを夢見ていた。その夢を僕は奪ってしまった。だから彼女の夢を叶えること。それが今の俺に出来るせめてもの償いなのだ。


 そして、僕にはもう一つやらなければならないことがある。それは竜人どもを一人残らず……殺すことだ。これはレイラの意思ではない僕個人の意思だ。村の人達を殺したあいつらを……レイラの平和な日々を奪った『共犯者』を……


「絶対に……絶対に……殺してやる!!」

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