第45話 ただ勝利だけを求めて
もうどれだけの時間が経っただろうか。
何度目ともわからない攻撃を受けて、その度に痛みを背負って、それでも俺はそこに立っていた。
どこかにあるはずの勝利を探して、戦い続ける。
なんとも酷で、辛いことか。
それでも俺はこの戦いを望んだのだ。
世界を救うため、己が願いを叶えるために。
だから俺は倒れない。
どれだけ敵が強大であろうと。
「まだ倒れぬか、まだ絶望せぬか、まだ抗うか!」
途中から見え隠れしていた邪神の激情が、ここにきて暴れ始めている。
もはや奴は強者の余裕を失っていた。
「黙って戦えよ。こっちはもうお前と話すことなんてないんだから」
「・・・そうか。ならばもうよい。我もいい加減貴様の悪足掻きには飽きた。もう殺してやる」
邪神の魔力がさらに増大する。
明確な殺意が俺を貫いた。
だがもう震えることはない。
こちらも魔力を練り上げるだけのこと。
そう思ってこれまでと同じように、俺は剣を振り上げた。
その時である。
「まったく、無茶をしすぎだ」
ふいに声が聞こえた気がした。
ついこの間までよく聞いていたのに、もうずいぶんと懐かしく感じるその声が少しだけ心を温かくさせる。
しかしそれが聞こえてくることはあり得ない。
ここは魔王城。
孤独な戦場には誰も立ち入れないのだ。
そう思って邪念を払おうとしたら、今度は実体を持って俺の目の前にそれは現れた。
「少し僕が時間を稼ごう。君は休憩だ」
その人は俺の肩を軽く叩くと前に出た。
俺が攻撃を止めたせいで邪神の魔法を相殺するものが無くなり、黒い奔流が直接こちらに向かって襲い掛かってきている。
しかしどういうわけか、その魔法はこちらに届く一歩手前で見えない壁のようなものに遮られ、せき止められた。
壁が作り上げた境界線よりこちら側は風一つ起こっていない。
ここにきてようやく今自分が認識しているものが、決して虚構などではないということに気づかされた。
なによりその綺麗な白髪を見間違えるはずもない。
そう、俺がこの世界で最も信頼する人が、今目の前に立っていた。
「なんだ貴様は?」
「悪いね、邪神。僕は彼と少し話がしたいから、君はそこでおとなしく待っててくれ」
「・・・不愉快だな。我々の戦いに水を差すなど万死に値する」
「ふっ、笑わせるな。これは戦いではなく、蹂躙だろう。散々彼を弄んでいたくせに、何を今更むきになっているんだい?」
「なんだと・・・」
「まあいいや。別に暴れたいのなら好きに暴れとけばいいさ」
そう言って背中を向けた師匠に邪神が魔法を放つが、それらすべてが先ほどと同じように何かに阻まれてこちらに届くことはなかった。
後ろの喧騒などどこ吹く風か、師匠がゆっくりと俺に向き直る。
なぜこの人がここにいるのかわからない。
そもそもどうして邪神の攻撃を易々と防いでいるのかもわからない。
聞きたいことはたくさんあった。
でも俺の心の中に最初に浮かんだものはそういう疑問などではない、もっと別のもの。
こんな状況になっても何も変わらないその姿を見て、思わずほっとして、安心してしまったのだ。
本当は怖かった。
どれだけ強がったって恐怖を完全に打ち消せるはずもない。
俺はただそれを見ないようにして、勇気を振り絞っていただけ。
しかし師匠を見た瞬間に、作り上げてきたその強がりが剥がれ落ちそうになる。
「よくここまで頑張ったね」
「師匠・・・」
そう言われた瞬間、思わず泣きそうになった。
決して表に出すことを許されなかった弱音が溢れ出るのを止めることができない。
「師匠・・・、俺は結局ダメだったみたいです。俺ではアレに勝てません。俺は世界を救えませんでした」
「・・・」
「俺はどうしたらいいんでしょう?勝てなくて、でも負けることもできなくて、ただこうして立ち止まることしかできない。俺は・・・」
師匠は別に慰めるでもなく、責めるでもなく、ただ黙って俺の言葉を聞いていた。
その表情は相変わらず読めない。
何を考えているのかもわからない。
失望しているのだろうか。
それとも呆れているのだろうか。
なんにせよ、俺はただそれを受け入れるしかない。
だって俺は失敗したのだから。
逃げるように視線を下げる。
弁明することなど、もうなかった。
やがて口を開いた師匠は、非常な結論を告げる。
「確かに今の君ではまだ足りない。限界まで振り絞り、さらには限界を超えてまで強くなったにも関わらずだ」
その言葉が胸に突き刺さる。
認めたくなかった事実が、今現実となって俺に牙を立てた。
俺は唇を噛み、俯き続ける。
視線を上げるなどできるはずもない。
「何を不貞腐れているんだい?」
でもそこで師匠はふいにそう言った。
思わず上げてしまった視線の先で、彼は笑顔を浮かべている。
俺は初めて触れた師匠の感情に目を見開いた。
「言っただろう?君は確かに限界を超えたんだ。僕に奇跡を見せてくれた。それに比べたら少し足りないことぐらい、些細な問題だ」
言葉を返せないでいる俺の手をとって、師匠は楽しそうに言葉を続けた。
「誇るといい、アレス。君は戦う資格を得た。道を切り開いた。それは間違いなく、君自身の意志によって掴み取ったものだ」
よく意味はわからなかった。
いったいなにをもってして、師匠が俺の戦いを称えてくれているのかわからない。
でも本当になんとなくだけど、師匠のその言葉で、俺は報われたと思った。
ただ痛みを背負うだけで、無意味だと知りながらも足掻いたこれまでの戦いが、意味のあったものだと師匠は言ってくれる。
あのとき諦めずに叫んだ俺の意志が、何かに届いたのだと教えてくれる。
それだけで俺は恐怖なんか吹き飛ばせた。
俺も自然と笑顔をこぼす。
そんな俺を見て満足したのか師匠も嬉しそうに笑っている。
「ゆえに僕は君のその意志に応える。世界の命運を、君に託すよ」
そう言って師匠は手を掲げた。
「“原点開帳”」
次の瞬間に起こったのは、この世のものとは思えない現象だった。
師匠の周りに見たことのない文字のようなものが次々と浮かび上がり、空間を駆け回る。
その意味不明な、しかしそれでいて幻想的な光景に、俺は息をのんだ。
師匠が本当は何者で、いったいこれから何をしようとしているのか、俺なんかにはわからないことだけど、今目に映っているこの光景だけは、きっと生涯忘れることのできないものになるだろう。
「コマンド:レベルブースト。守護者アレスのレベルを82から123へレベルアップ!」
師匠が叫ぶと同時に、光の柱が俺を包み込む。
体が燃えるような感覚に襲われるが俺は逆らわない。
理屈がわからなくとも理解はできたから。
力が漲ってくる。
これまでに感じたことがないような全能感に包まれていく。
これはきっと師匠からの贈り物だ。
それが意味するところは単純明快。
師匠は俺に機会を与えようとしている。
何もなかったところに、何かを生み出そうとしている。
「さあ守護者アレスよ、これで舞台は整った。行ってくるがいい。今君は名実ともに世界の守護者になった。胸を張って戦い、勝利しろ。そして世界を救うんだ!」
ここまでしてもらっておいて、負けるわけにはいかない。
俺は師匠に笑顔で答える。
「はい、師匠!行ってきます!」
もう一度剣を握りしめ、一歩前に踏み出す。
目指すは勝利、立ちはだかるは世界の滅びそのもの。
だけどもう恐れることはない。
だって少なくともこの世界に一人、俺の戦いに意味を見出してくれた人がいるから。
いつの間にか消えてしまった境界線を踏み越えて、俺は邪神の前に躍り出る。
ここからはもう本当に最後の戦いだ。
「待たせたな、邪神。それじゃあ再開といこうか」
「黙れ、勇者。我の興味はもう貴様にはない。そこをどけ」
「散々いたぶっておいてつれないこと言うなよ。ようやくお前と同じ土俵に立てたんだから付き合え」
「・・・同じ土俵?笑わせるな、弱者風情が。よかろう、そんなに死にたいならまずお前から終わらせてやる」
そう言って邪神は魔力を練り上げ始めた。
こちらもそれに呼応するよう剣に魔力を集結させる。
「邪神、先に言っておく。正直もう体がもたない。俺に撃てるのはたぶんこの一撃だけだろう。だからこの一撃にすべてを込める。これでお前を倒せなければ俺の負けだ。だからお前も全力を出せ」
「もとよりそのつもりだ。これ以上貴様に割く時間はない。我も持てる最大の力で貴様を討つ」
互いに限界まで魔力を高める。
最終決戦の最後の一撃にふさわしいだけの力を込めて、真正面から正々堂々挑もう。
これで幕引き。
泣いても笑ってもこれがこの戦いの終わり。
これまで積み上げてきた思いを、願いを、祈りを、この一撃にぶつける。
「では行くぞ、邪神!」
「来るがいい、勇者!」
踏み込み、そして剣を振り下ろす。
瞬間、放たれた光の激流が邪神に向って駆け抜ける。
そして邪神から放たれた黒い闇とぶつかり、爆発した。
互いの魔法がせめぎ合い、食らい合う。
どちらも一歩も引かず、ただ全力で敵を倒そうと力の限りを尽くした。
果たして最後に立っているのはどちらなのか。
精も根も尽き果てて、薄れゆく意識の中で、俺はただ勝利だけを求め続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます