第44話 奇跡
「世界を救う?不可能だ、貴様では足りぬ」
邪神は俺の咆哮を鼻で笑う。
しかしその時微かにだが、邪神の瞳の奥底に、今までにはなかった感情を見た気がした。
「だがその大言壮語の責任は取ってもらおう」
急激に膨れ上がる邪神の魔力。
さきほど中断した魔法を再び唱え始めたようだ。
「何度でも立ち上がると言ったな。では試してみようではないか。我が攻撃に、いったい何度耐えられるかな?」
次の瞬間、放たれた魔力の奔流が俺に襲い掛かる。
「うおおおおおお!!!」
負けじと俺も聖剣から斬撃を解き放ち、邪神の魔法に向ってそれを叩きつける。
二つの力が俺と邪神の間で衝突し、嵐を巻き起こした。
しかし拮抗したのは一瞬だけ。
無情にも黒い波が光を食いつぶし、そのまま俺を呑みんだ。
全身を駆け抜ける痛みが容赦なく体を蝕み、今にも膝が折れそうになる。
それでも俺は一歩も引かない。
攻撃に晒されながらも、その場で踏みとどまり、もう一度魔力を練り上げ、次の攻撃に備える。
「倒れぬか。ならば次だ」
そう言って、邪神は二度目の攻撃を開始した。
――――――
その戦いにおいて勇者に勝ち目などなかった。
だからこそこうして僕が魔王城へと赴き、代わりに奴を倒すつもりでいたのだ。
僕が直接手を下すことは極力避けるのが世界救済における原則なのだが、時にはそれが破られることも当然ある。
この間の聖女拉致事件などがいい例だ。
僕にしかできないのなら僕がやるしかない。
正直嫌だけど仕方がない。
今回のこれもそうである。
このままでは世界が滅んでしまう。
信念と使命を天秤にかけて、前者をとるほど僕は我儘ではない。
僕が信念を貫くのは前提として、世界を救うことができるという絶対条件下においてのみだ。
ゆえにこういう緊急事態の時は、非常に遺憾ではあるけれども、僕が戦わざるをえない。
こんなつまらない結末なんて誰も望んでいないのかもしれないけれど、本来の目的を見失うわけにはいかないのだ。
勇者には悪いけど、僕が決着をつける。
そう思って僕はここに参上した。
しかし未だに僕は傍観者でいる。
だって勇者はまだ立っていた。
まだ戦っていた。
勝てるはずのない戦いの中で、それでも懸命に足掻いていた。
彼ならば邪神と相対したその瞬間に、彼我の戦力差がわかったはずだ。
この戦いがどれだけ無意味なものであるかわかったはずなのだ。
だから僕にはわからない。
なぜ彼がまだ諦めていないのか。
だけど理由は何であれ、満身創痍となっても世界を守るために戦っているその姿は美しい。
思わず見惚れてしまうほどに。
とてもではないが勝手に手を出していい状況ではなかった。
それは神にだって許されないことだ。
別に彼が敗北しても僕がいるのだから世界が滅びることはない。
ならば今だけは、せめて今だけは、彼の思うがままに戦わせてあげるべきだろう。
その先に何があるのか、それを見てみたい。
そう思って僕はその戦いを見つめている。
そしてもう何度目ともわからない衝突が巻き起こった。
邪神の魔法が勇者の魔法を撃ち砕き、その余波が勇者に襲い掛かる。
傷つき、血反吐を吐き、悲鳴を上げるが、決して勇者は倒れない。
何回も何回も、僕はその光景を繰り返し見せられていた。
そしてもう数えるのも億劫になってきたその時である。
ふと違和感を感じたのだ。
もうとっくに力尽きてもおかしくない勇者。
それでも倒れない勇者。
戦い続ける勇者。
勇者?
「ジョブが・・・無い?」
この世界に存在する者すべてを定義づけているジョブとレベルという概念は、使徒が見ればすぐに判別できるようになっている。
でも今いくら彼を見つめても、それがわからない。
レベルはちゃんとそこにあるのに、ジョブだけが消えてしまっていた。
これはあり得ないことだ。
神が定めし法則を歪めることは僕にだってできやしない。
それなのに今この瞬間、目の前にいる勇者だった男はその法則に従っていないではないか。
「何が起こっている?」
理解不能だ。
そんなことは起こりえないはず。
しかしその不可解が、今現象として僕の目に観測されていた。
そもそもよく考えてみればこの状況は最初からおかしい。
悪く言うつもりはないが、勇者ごときが“邪悪なる魔”の攻撃を前にしてそんなに長い時間耐えしのぐことなどできるわけがないのだ。
というより奴が今使っている攻撃魔法なら、勇者など最初の一撃で消し飛ばされている。
だがあの男は未だ倒れていない。
「これは・・・」
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
「君はまさか・・・」
僕は思わず息をのむ。
事ここに至って最後に残された可能性が、冷え切った僕の心に火を灯しだした。
極稀に、使徒は“奇跡”を見つける。
神が使徒に与えなかった真理。
“原典”に記されない法則。
使徒が知りえない理はいつだって存在する。
でも使徒自身がそれを見つけることはできない。
なぜなら僕たち使徒という存在は原典に従うことしかできない存在だからだ。
もしそれを見つけられる者がいるとしたら、それはその世界に住まうもの自身しかいないだろう。
神に最も近しい存在である僕たちにはできなくて、神から最も遠いところに存在する彼らにできること。
何も知らない、無力で、愚かな存在である彼らが、それでも自らの意志だけを頼りに辿り着く真理。
それを奇跡と呼ばずしてなんと言おう。
「ああ、神様・・・」
彼のジョブが新たに浮かび上がる。
勇者と刻まれていたそこに、全く別のものが刻まれる。
その名は“守護者”。
今僕は、人が生まれ変わる瞬間を目の当たりにしているのだ。
原因はわからない。
こんな事象は原典に記されていない。
でも目の前に現実として現れたのならば、それは間違いなく真実なのだろう。
使徒も届かぬ神の法則に、人の身でありながら手を伸ばす偉業。
神より与えられた役目に逆らい、自ら望んだものになる。
ああ、素晴らしい。
神にしてはなんとも粋な計らいか。
「はは、あーはっはっはっは」
声を上げて笑ってしまう。
これだから世界の救済はやめられない。
いつだって僕を楽しませてくれるのは彼らなのだ。
その意志が、信念が、誇りが、世界を救う。
僕が力を使っていたのなら、決して起こりえない奇跡。
これこそが僕の報酬、生きる意味。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、守護者アレスよ!最後の最後で君は辿り着いた!自らの意志で答えを見つけ出したんだ!ああ、僕は今日という日を記憶に刻もう!君は奇跡を手に入れた!」
高らかに僕は詠う。
最後は自らの力で希望を勝ち取った青年に向けて、精一杯の賛美を込めて。
間違いなくこの瞬間は、一つの伝説になるだろう。
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