第36話 聖女の気持ち

 行きも夜なら帰りも夜。


 私はルイ様の後ろを黙って歩いていた。


 正直聞きたいことはたくさんあるけれど、その前に合わせる顔が無かった。

 結局私はやらかした失態の責任を、すべてルイ様に押し付けてしまった形になっている。

 もうどうやって謝ればいいのかさえわからない。


 当然私から声をかけることなどできるはずもなく、ただ黙ってその後ろをついていくことしかできなかった。


 肝心のルイ様の方はいつも通りである。

 いつも通り何も言ってこない。


 その沈黙が意味するところはいったい何なのだろうか。


 呆れている?怒っている?

 そもそも私と話す価値すら感じていない?


 こんなことならいっそ、責めてもらった方がまだマシである。

 無能だと罵られてしまえば諦めもつくというもの。


 なんでもいい、それがどんなものであれ、私は言葉が欲しかった。

 前を歩く人の背を見て、その時私は確かに贖罪を求めていたのだ。


 まるで死地へと赴くように、何をどうやって切り出そうかと思い悩む。

 罪悪感と羞恥を押さえつけて、口を開こうと足掻き続ける。


 しかし結局、最初に口火を切ったのは私ではなかった。


「はあ、まったく。君も面倒くさいなあ」

「え?」

「後ろでそんな辛気臭い雰囲気醸し出しながら歩かれたら嫌でも気づくよ」


 急に立ち止まったルイ様はこちらに振り返ると、そう言って一つため息をついた。


「ひとつだけはっきりさせておく。今回の件、君に責任は無い」

「それは違います。私のせいで・・・」

「確かに直接間抜けをしたのは君だけど、そこまで追い詰めたのは僕だ。僕は君が悩んでいるのを知った上で放っておいたからね。正直悪かったとは思っているよ」

「違うんです!」


 聖女らしからぬ大きな声を出してしまう。


 でもそれも仕方のないこと。

 なぜここでルイ様が謝ることになるのか。


「私が醜かったのです。何もできない自分が嫌で、認められなくて、ずっと不満を抱えてました。ルイ様が私に何も求めてこないのが屈辱でした。勇者様の私への優しさが屈辱でした。自分の無能を棚に上げて、あなたたちを恨んでさえいました。挙句の果てに何を勘違いしたのか勝手に突っ走って、最終的に迷惑までかけてしまいました。もうどう償えばいいのかさえわかりません。こんな醜い私など、聖女失格です!」


 ここ最近のすべてを吐き出す。

 見せたくなかった、見たくなかった邪悪な自分を暴露する。

 そうした上で私は裁かれなければならないのだ。


 それが筋というもの。


 だがそれを受けてなお、ルイ様はまたため息をつく。


「一応言っておくけど勇者も、当然僕も君には感謝している。君がいるから彼は無茶な戦いができるんだ。君は十分役目を果たしていたよ。何も恥じることなんてない」

「でも私は納得がいかないのです。どうして勇者様だけあんなに傷つかなければならないのですか?どうして勇者様だけが孤独な戦いを続けなくてはならないのですか?私はどうして彼を助けられないのですか?」

「それは仕方のないことだ。人間一人にできることなんて限られている。だからこそ僕たちは各々のできることを全力でやるしかない。当然そこには得意不得意があって、それぞれに役目がある。世界の理とはそういうものだ」

「では誰も勇者様を助けられないというのですか?」

「こと魔王との戦いにおいてはね」

「そんな・・・」

「それは歴代の勇者全員がそうだった。さっき言っただろう。だからこそ彼らは勇者と呼ばれるんだよ」

「でも・・・」


 何も言い返せない。


 結局私には何もできないことがわかっているから。


 それでも悔しい。

 この胸の内に渦巻くドロドロとした黒いものが消えてくれない。


 私が俯いたのをみて、三度目のため息を吐いたルイ様は一歩私に近づいて口を開く。


「聖女よ、今回の件のお詫びを込めて、特別に君に助言を与えよう」


 突然ルイ様の雰囲気が変わったのを感じて顔を上げる。


 そして視界に入ったその姿を見た瞬間に、私の中にある聖女としての感性が何かを叫びはじめた。

 しかしそれが何かよくわからない。


 ただ、目の前にいる人が発した言葉に、何か得体のしれない力のようなものを感じたのだ。


「君は変に賢いから自分の思っていることを複雑に考えすぎるきらいがある。君が感じてきたもの、考えてきたもの、その他様々なものはすべて一つの原因からきていることにそろそろ気づいた方がいい。実は問題は初めから単純で、そして明快だ」


 その姿に魅せられる。

 この感覚はなんとなく神様からのお告げを聞くときに似ていた。


 そんなはずがないのに。


 しかし私が何かを掴みかける前に、ルイ様の発した言葉がその思考を吹き飛ばした。


「要するに君は勇者のことが好きなんだろ?」


「え?」


 真っ白。


 さっきまで何か大事なことを考えていたのに、そのすべてが遥か彼方に流されていった。


 まるで世界の時間がすべて停止してしまったかのような錯覚に捕らわれ、周りにあったはずの音はいつの間にか消えてしまっている。

 そうして一人だけ世界から置いてけぼりにされた状態になることしばらく、ようやく私は現実に帰ってきた。


 顔を真っ赤にして。


「なななななな、なにを!」

「好きだから魔王領に一緒についていきたいと思ったり、傷ついてほしくないと思ったりするんだろう?それなのに勇者がそういう思いを受け入れようとしないし、自分ばかりに優しくしてくるから憤りを感じるんだ。対等な関係でないことが嫌だったのかな?君が末端で感じていたことまではよくわからないけど、大本にあるのはやっぱり勇者への好意でしょ」

「あ、あわわ、あわわわわわ・・・」


 何を真顔でこの人は語っているんだ!

 私が勇者様を、すすすすす好きとかいったい何の根拠があってそんなことおっしゃられてるんですかねえ?


 まあ確かに、勇者様のことは尊敬してますけど?

 好きとかそういうやつではないですよ?

 そもそも私聖女ですし?

 恋とか知らないですよ?


 全身が沸騰しながら誰に対してしているのかもわからない言い訳を延々続けていたら、さすがにルイ様が口を挟んできた。


 ちょっと今忙しいから黙っててほしい!


「まあまずは自覚するところからだけど、あまり悠長にしている暇もないかもよ?何せもうすぐ勇者は魔王と戦うんだから。もしかしたら無事では済まないかもしれない。言いたいことがあるなら今のうちに言っておくといいよ」


 言いたい放題言ったルイ様はそのままさっさと歩きだしてしまう。


 そこからいったいどこをどう歩いて教会に帰ってきたかをあまり私は覚えていない。

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