第35話 惰性

 もうハーレイが顔を上げることはなかった。


 だからこれで幕引き。

 面倒事は終わったのだ。


 しかしまだうるさく騒ぎ立てる者がいる。


「動くな!一歩でも動いたら聖女を殺す!」


 もう戦う気はないと思っていた魔術師君が、もう一度立ち上がって聖女の首元にナイフを突きつけているではないか。


 それを見てこう思う。


 これ以上は惰性だと。


 僕がこの件で一番興味のあったハーレイはもう片付けた。

 この男に僕の興味を引く何かがあるとも思えない。


 必死な彼を見て失礼だとは思いつつ、僕は心底冷めた思いで彼に向き合う。


「勇者を私の前に連れてこい!」

「連れてきてどうするんだい?」

「殺すんだよ!」

「となると誰が魔王を倒すことになるのかな?」

「魔王などどうでもいい。私は勇者に復讐するためにここまで来たのだ!それ以外のことなど知らぬ!」

「・・・どうしてそこまで勇者を恨んでいるんだい?」

「奴がもっと早くに世界を救わなかったからだ!そのせいで私の恋人は死んだ!貴様にわかるか?目の前で愛するものを失う苦しみが!もうこの苦しみは勇者を殺すこと以外では癒えぬ!」

「あ、そう」


 ほら見ろ。

 ただのくだらない馬鹿じゃないか。


「悪いけど君が勇者を殺すことはないよ。言っただろう?僕にとって勇者の存命は最優先事項だ。ここで聖女が殺されることになっても僕が勇者を差し出すことはない。聖女もそこは容赦してね」


 突然話を振られた聖女だったが、僕の覚悟を悟ってか、彼女も力強く頷いた。


「恨みませんよ、ルイ様。私もあなたと同じです。勇者様を死なせるくらいなら、この命、喜んで差し出しましょう」


 聖女は笑顔でそう答えた。

 ここ最近の仏頂面に比べたら、ずいぶんと良い顔をする。


「ということだからその人質に意味はない。まあできれば聖女にも死んでほしくないからおとなしく返してくれるに越したことはないけど」

「・・・どうしてどいつもこいつもあんな無能の肩を持つんだ。あんな奴に魔王が倒せるものか!私の恋人一人救えなかったくせに!」


 この馬鹿の言い分には一切筋は無いし、はっきり言って相手にするだけ無駄だが、それでも勇者の名誉のために僕は一言だけ彼に言葉を贈ることにする。


「何を勘違いしているのかは知らないけど、君の恋人を守れなかったのは勇者じゃなくて君だろう?目の前にいたにもかかわらず、死なせてしまった無能は紛れもなく君だ。恨むなら自分を恨め」

「何を・・・」


 どれだけ目を逸らそうと、どれだけ必死に言い訳しようと、どれだけ人のせいにいようとも、事実は変わらない。


 きっと彼も分かっているはずなのだ。


 だからこそ動揺した。


「ぐはっ!」


 晒した隙を突き距離を詰めると、僕はそのまま彼の顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけた。


「このパーティーの中で君が一番つまらない。他のやつらは魔王を倒すことだけは勇者と共通していた。君にはそれすら無い。本当につまらないよ」


 意識がすでにないとわかっていても言わずにはいられなかった。

 それほど今の一幕は僕にとって何の面白みもない出来事だったから。


「ふぅ、終わった終わった」


 しかしこれで事件も無事解決できたので、とりあえず良しとする。

 大変人騒がせな代物だったが、とりあえず誰も失わずに事が片付いて何よりだ。


 僕は縛られている聖女に近づき、椅子に固定されていた縄を引きちぎると、彼女を立たせた。


「大丈夫かい?」

「・・・はい」

「怪我もないみたいだし良かったよ」

「・・・」


 聖女は何か言いたげな様子で口を開こうとしているが、なかなかそれを言葉にすることができない。

 彼女にしたらそれは大層大変な作業なのかもしれないが、この後仕事が控えている僕からしたらそれは随分と悠長な時間とも言える。


「じゃあ帰ろうか」


 結局得るものなどないのだから、帰路につくのが最も生産的だろう。

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