第27話 失態の代償
久々の三人旅。
ただ彼と共に戦えることが誇らしかった。
もう一人寂しく教会で彼を待つだけの身ではない。
勇者様のお役に立てる。
そう思って昂ってしまった私を誰が責められるというのだろうか。
たがここで私は思い出すべきだったのだ。
人は分不相応なことをしてはいけない。
己が領分を踏み越えれば、人は容易く破綻する。
もし私がもう少し賢ければ、もっとマシな結末にたどりつけたかもしれないというのに。
――――
目的地の火山に到着する頃には、遠目にもその姿を捉えることができた。
ドラゴン。
古来より語り継がれる伝説の魔物。
全長二十メートルはあるのではないかというその巨体は鱗に覆われており、体から生える大きな翼はその巨体をさらに大きく見せていた。
牙も爪も巨大で鋭く、もしそれが体を捉えようものなら人間など簡単に蹴散らされてしまうだろう。
だがそんな暴力の塊のような存在を前にしても、勇者様が恐れた様子はない。
彼は腰から剣を抜くと、一直線にその怪物へと向かっていった。
その後姿を、私とルイ様は見送る。
今回私たちは完全に後方支援だ。
よっぽどのことが無い限り戦闘には参加せず、戦闘終了時に勇者様の無事を確保するのが主な役目となっている。
だから私たちは岩陰に隠れ、大人しく勇者様の勝利を祈っていた。
「グルァァァァァァァァァ!!!」
ドラゴンは勇者様の接近に気付くとその巨体を持ち上げ、耳を切り裂くような咆哮をあげる。
それが戦闘開始の合図となった。
勇者様はドラゴンの口から吐き出された炎を掻い潜りながら、目にも止まらぬ速さで敵との距離を殺していく。
そして剣の間合いに入るや否や、斬撃を放った。
一撃、二撃、三撃と、一瞬の交錯の中で勇者様の剣がドラゴンの体を切り刻む。
しかしさすがというべきか、ドラゴンの表皮は固く、その剣は鱗をうすく剥ぐに止まった。
攻撃を跳ね返された勇者様に、今度はドラゴンの追撃が迫る。
彼は特段焦る様子も見せず、ドラゴンが振るう腕や尻尾を器用にかわして再び距離をとった。
仕切り直しである。
ここまでの出来事が瞬く間のことではあったが、かろうじて私にも目で追うことはできた。
そして素人の私が見た限りでもわかることを述べるのならば、この戦いは持久戦と言えるだろう。
ドラゴンの一撃は重い。
一度攻撃を食らえばそれで終わってしまう。
一方勇者様の方は、ドラゴンの体力を地道に削っていくしかない。
勇者様がドラゴンの防御を削り切るのが先か、ドラゴンが勇者様に一撃を入れるのが先か。
これはそういう戦いだ。
この綱渡りを渡り切ってようやく、勇者様は勝利する。
今目の前で繰り広げられている戦いは、おそらく勇者様が魔王軍幹部との戦いでも繰り広げている類のものなのだろう。
毎回傷だらけになって帰ってくる彼の姿を見る度に、その戦いの凄絶さを想像して私は胸を締め付けられてきた。
そして今ようやく、同じ舞台でそれを目の当たりにしている。
想像通り、いや、想像以上に激しい戦いの中に勇者様はいたのだ。
直撃はしないまでも、攻撃が皮膚をかすめ、火の粉が肌を焼く。
次第にボロボロになっていき、それでも勇者様は戦い続けていた。
その傷を癒してさしあげたい、少しでもその痛みを和らげてあげたいのに、何もできない自分がもどかしい。
「あ・・・」
そうして今すぐにでも駆け出していってしまいそうな気持ちをなんとか押し殺して、戦闘を目に焼き付けていたその時、ついに均衡が崩れた。
ドラゴンの尻尾の一振りが勇者様を捉えたのだ。
剣で防いだとはいえ衝撃に耐えきれず、勇者様は吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられる。
それでも勢いは止まらず、ずいぶんと長い間地面を転がって、勇者様はようやく動きを止めた。
運が悪かったのは、勇者様の吹き飛ばされた方向に私たちがいたことだろう。
血を吐いた勇者様を間近で見て、もう私は自分を抑えることができなかったのだ。
「勇者様!」
気が付いた時には走り出していた。
今こそ私の力で勇者様の手助けをする時だと思ったから。
しかしその判断は結果として間違いとしか言いようがない。
勇者様の元まで向かおうとした私を、ドラゴンの視界が捉え、標的が変わった。
そして無防備に走っている哀れな弱者に向けて、無情にも炎が放たれる。
己が身を焼くその炎に抗う術など当然持ち合わせていない。
目の前に広がった死の訪れに対して、私はただ立ち尽くし、それを見上げることしかできなかった。
「・・・」
ああ、死ぬのか。
正直悲しいとも、辛いとも思わなかった。
強いて言うなら、虚しいだろうか。
何の意味もなく、世界の役にも、勇者様の役に立つこともなく死ぬということが虚しいと感じた。
でもこれでよかったのかもしれない。
どうせもう私などいてもいなくても関係ないのだ。
だったらここで消えたところで何も変わらない。
きっと勇者様なら世界を救ってくれる。
それだけを信じて、私はここで退場しよう。
そう思って目を閉じた。
死を受け入れるように。
「防御魔法:勇者の盾!」
だが終わりは遮られる。
痛みを持ってして。
「うおおおおおおおお!」
目を開くとそこには勇者様が立っていた。
さっきまでボロボロになって血を吐いていた人間が、今また傷つきながらも私を守ろうと戦っている。
いくら魔法で防いでいるとはいえ、まったくの無傷というわけにはいかない。
防御を貫通した負荷が勇者様を襲うのだ。
「そんな・・・」
こんなことは望んでいない。
私は勇者様を助けたかっただけなのだ。
傷つけたかったわけじゃない。
せめて誰にも迷惑をかけずに終われればよかったのに。
どうしてうまくいかないの?
どうして、どうして、どうして・・・。
「師匠!」
「はいよ」
ふいに体が浮かび上がり、勇者様の背中が遠ざかる。
見上げればルイ様が私を抱えて戦線を離脱していた。
それを確認すると同時に勇者様も動き出す。
即座に防御魔法を解き、炎を浴びながらもドラゴンへ向かって一気に突っ込んだのだ。
突然炎の中から現れた勇者様にドラゴンは反応することができず、鱗を剥がされ防御が薄くなった首へと斬撃が届く。
そして勇者様はそのまま剣を振り切った。
一瞬の静寂のあと、ずるりとドラゴンの首が落ちる。
轟音とともに巨体が崩れ落ちたのを確認してから、勇者様もその場に倒れ込んだ。
「あ・・・」
自分の喉から掠れた声がこぼれ出るのをどこか他人事のように感じながら、私はその光景を目に焼き付ける。
救いたかった存在を傷つけてしまったその光景を。
「さて、ようやく君の出番だ」
ルイ様に抱えられたままだった私は、勇者様の元まで連れていかれると、地面に降ろされた。
頭が真っ白になっている状態で、それでも最後に残された使命感だけを頼りに、私は這いつくばって彼に近づいていく。
「回復魔法:癒しの光」
全身ボロボロだが、その中でも火傷が一番ひどい。
つまり私が原因だ。
「・・・よかった。怪我はないみたいですね」
しばらく私が回復魔法をかけていると、勇者様が意識を取り戻し、そう言った。
またこれだ。
いっそのこと怒られた方がまだマシというもの。
それなのにこの人は自分のことじゃなくて私のことを心配している。
私のせいで大怪我したようなものなのに。
心がざわつく。
また何かが胸を締め付ける。
こんなことなら私なんかついてくるべきではなかった。
あのまま教会でお留守番でもしておけばよかったのだ。
「勇者様・・・」
後悔と懺悔がいつまでも渦のように頭の中を駆け回り、それが形となって私の頬を濡らしていく。
いったい私はどうやってこの失態を償えばいいのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます